19:同居の約束
「侯爵家から見たら、俺は死んでも構わない邪魔者さ」
セシルの足が止まる。頭ではそういう事があるだろうと分かっていても、現実に聞くには、気持ちのいいものではない。
流れるまま、二歩進んだデュレクが立ち止まり、振り向いた。
灯篭が等間隔で並ぶ石畳の上で、数歩の距離を置き二人は向き合う。
「俺は、平民として前線に志願したんだ。
貴族からなら、最初から役職がつくだろう。そういう後ろ盾なく、飛び込んだってわけさ。
侯爵家のあり様を邪推すれば、俺がそのまま前線で死んでくれればいいとほくそ笑んでいたと思うよ」
目の色が違うだけで、親が兄弟を差別する。嫡出子であっても、小さな違いで生きる価値がないという烙印を押す。非嫡出子が認められないだけでなく、目の色を優先するあまり、嫡出子でも大人のさじ加減で、命を脅かされる。
血統を重視する弊害は、非嫡出子だけでなく、嫡出子まで及ぶ。それはセシルも、身に染みてよく分かっていた。
「昨日、俺が宿に泊まったのも、実家の空気を吸っていられなかったからだ。どんな魔族生の生物が放つ悪しきものより、実家の空気の方が俺の肺を焼く。
こちらに戻る条件として、同居は勘弁を、筆頭にあげたぐらいさ。
兄貴に頼んで用意してもらった借家も、契約が今日からだった。昨夜はやむなく宿を探してて、セシルと会ったのさ」
「そんな事情があったのか……」
「知らないのはお互い様だろ。綺麗な子爵家の目を持つセシルも、人に言えない事情があって宿探ししていたんだろう」
「まあな」
くぐもった声で答えたセシルは、言葉を詰まらせる。震えた肩が心持ち後ろへ引く。
口角をあげたデュレクは、愛嬌のある笑みを浮かべる。セシルが初めて会った時と同じ顔だった。
「今日は家に帰るのか、それとも宿に泊まるのか」
「……宿だな」
「実家には戻らないのか」
「戻らない」
「これから、ずっと宿に泊まるのか」
「いいや、家を探す予定だ。一週間の宿暮らしは覚悟している」
「子爵家の正当なお嬢様が選ぶ道じゃないよな」
「デュレクと一緒だ。私にも私の事情がある。実家には二度と帰らないと啖呵を切って出てきた、戻る予定はない」
そこまで言う気は無かったが、デュレクの境遇に共感を得たセシルはつい答えてしまう。
デュレクの目に憐れみがよぎる。
互いの境遇が近しいという甘美な空気が二人の間を抜けていく。
「昨日みたいに二人部屋しかなかったらどうするんだよ」
「それは……、二人分払えばいい。近いうちに家を探すし、騎士の女子寮もある!」
デュレクが心配しているかのような声音で問いかけるものだから、セシルも必死に答えてしまう。慈しむような目を向けられ、かっと顔を赤らめる。
「じゃあさ、家が決まるまで、俺の借家に居候しない?」
「はっ!? なんでそうなる」
涼しいデュレクにセシルは目を剥く。
「部屋が三つあったんだ。しかも、来客用にってベッドルームも二つ用意しててさ。ベッド一つに、簡易のキッチンがあれば、暮らすには困らないのにな。
兄貴は、貴族のぼんぼんだから、そういう感覚がないのかもな。実家は論外にしても、俺は紅の魔眼もあり寮生活も難しいからね。部屋がないと困るんだよ。最初からね」
「だが……」
「すくなくとも、二日後には殿下の護衛で太子御所に詰めなくてはいけないだろ。それまでの間、宿が気にかかったり、まともに泊れず、寝不足なんてなったら、どうするんだよ」
「それは……」
セシルは、言い訳できず口を真一文字に結ぶ。
「食べて、寝るだけの拠点、今は必要だろ」
むむむと結んだ口元が歪ませ、セシルは眉をしかめる。
「市民が住むにも、それなりの立地だ。いわゆる、高級住宅街だな。王宮にも近く、徒歩で通える。相乗り馬車を使わなくてもいいのって、便利じゃないか?」
「……条件が良すぎるだろ」
「その辺は、兄貴が侯爵家の名で借りているからなあ。良いとこでいいだろ」
「団長の手配か……」
「そうそう。俺じゃないの。俺だったら、あんな高くて、広い家は選ばない。一間あれば十分。どうする? 殿下のことが収まるまで、期間限定で拠点にするなら、一部屋提供できるよ」
セシルは目を閉じた。
殿下のこと、宿探しのこと、家探しのこと。天秤にかけて、考える。
(目下、最優先は殿下の御身)
かっと開眼したセシルが、手を差し出した。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
デュレクも手を伸ばし、セシルの手を握り返す。
真顔のセシルと、愛嬌ある笑みを浮かべるデュレク。こうして二人は一時的に同居することとなる。




