11:新任の副団長
「なんで、ここにいるんだ!」
「なんでって、仕事だからな」
「仕事? お前、地方から出てきた……、ってまさか……」
セシルはさっと青ざめる。手や腕から力が抜けた。
「うわっ、ちょっと待て!」
急に支えを失い、バランスを崩したデュレクは床に崩れ落ちる。しりもちをつき、「いってええ」とぼやきながら、尻をさすり、あぐらをかく。
「支えるなら、最後まで支えてくれよ」
セシルを見上げて、ぷっと片頬を膨らせて見せる。どこまでも愛嬌がある所作が、セシルの癇に障った。
「小柄な者にぶつかって、跳ね飛ばされておいて何を言う」
「それはあぁ……」
眼帯の男はがしがしと頭をかいて、立ち上がった。
「いきなり、驚くだろ。朝、分かれたやつとこんなところで、出会いがしらにぶつかればさ」
「鍛え方が足りないのだろう」
「あのね、そういう問題じゃないの」
「私は急ぐ。先を行く」
「まってよ。ここ詳しいんだろ。俺、初めてで迷っているんだ」
「迷う? この直線しかない建物でどうやって迷うんだ」
「そりゃあ、階段と廊下しかないよ。だが、続く扉がみんなおんなじにしか見えないんだよ」
眉間に皺をよせるデュレクは大きな手ぶりで、困っていると意思表示をする。
セシルは嘆息し、向き合う。嫌な予感しかしなかった。本当は、その嫌な予感を払しょくするために、逃げるようにその場を去りたかった。
しかし、騎士たるもの、弱気になって逃げてどうすると奮い立たせ、デュレクの目を凝視した。
「でっ、目的地は?」
「近衛騎士団長の執務室だ」
(やはり……)
セシルはあからさまに嫌な顔を見せる。
その顔色に、デュレクはきょとんとした。
「お前が、前線から呼び寄せられた猛者か」
「ああ、そうなるかな……」
さすがに猛者と面と向かって言われるのも照れくさく、デュレクは頬を指でかきながら、へらっと笑った。
「新任の近衛騎士副団長なのか」
「そうだが……って、なんで知っているんだ。俺の異動は、騎士団長と在任の近衛騎士副団長しか……、あ~、そういうことか。いや、それは参ったね」
「参る? なにがだ」
「いや、気まずくないか?」
「はっ、なにを根拠に?」
見上げるセシルがデュレクを睨む。
「いや。いいよ。セシルがそうなら、それでいい」
「いいもなにも、仕方ないだろう」
「そうだな、仕方ないな。じゃあさ、俺のことはデュレクと呼んでくれよ。昨日、名乗っているだろ」
「そうか? 忘れたな」
「じゃあ、ここで覚えてくれよ。俺の名は、デュレク・ブラッドレイ。デュレクだ。セシル・マティック。俺はしっかりあんたの名前は憶えているからな。
目的地も一緒だろ。連れてってくれよ、セシル」
断るわけにもいかなくなったセシルは、もう一度深く嘆息する。
「ついてこい」
踵を返し、振り向きもせずに歩き出す。「やった」と呟いたデュレクが、セシルの後ろからついてくる。
「おお。なんだ、なんだ。二人そろって。扉の前で鉢合わせでもしたか」
執務室にある本棚の前に立っていた近衛騎士団長が振りむく。入ってきた二人を見て、そんな第一声を放った。
近衛騎士団長の名は、グレッグ・ブリアーズ。ブリアーズ侯爵家の長男にして、次期当主である。瞳の色は紅。
「……」
セシルはふとデュレクを見上げた。視線に気づき、デュレクが笑みを返す。
「なんで、ブリアーズ侯爵家の紅の瞳を持つデュレクの苗字がブラッドレイなんだ」
さっと騎士団長の顔色が青ざめたことにセシルは気づかなかった。
「デュレク! その目を晒すなと言っていただろう!!」
突如、怒声が飛び、セシルは慄いた。騎士団長があからさまに怒る様など滅多に見るものではない。
(しまった! デュレクは眼帯をしている。しかも、片目だけ貴族の瞳を持つのだ。非嫡出子であることを隠しているなど、事情があったはず。発言は不用意だった)
セシルが、どう言い訳をしようかと考えあぐねている時だった。
「悪い兄貴。すまない。さっき、出会いがしらにぶつかって、片目を見られたんだ」
涼しいデュレクの嘘に、セシルは目を剥いた。