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10:出会いがしら

 殿下がカップをテーブルに戻す。

 セシルも習い、カップを置いた。両手を膝に置き、椅子に浅く座りなおす。


「殿下の御身をお守りするのが、近衛の役割でございます」

「うん。ありがとう、セシル」

「公爵様におかれても、いらぬ濡れ衣をかけられた可能性高く、心労甚だしいことと存じます」

「うん。大切な法案を通す最中だからね。貴族の非嫡出子の扱いについてはずっと頭を痛めている。そろそろ結果が出そうだという矢先だ、問題は起こしたくないね」

 

 子爵家にも、使用人と現当主との間に成人の子がいる。妹が生まれた当時、当主ではなかったとはいえ、菫色の瞳を持つ彼女も婚外子にあたる。

 身に覚えがあるセシルは、なんとも言えない気持ちになる。


(瞳の色もあり、あれもあれで生きにくいのだ)


 貴族の子どもは色々難儀な一面を持つ。それは嫡出子でも変わりはない。


(本当は、血統主義が悪と言い切れない。血統を守ろうとする結束力が弱まれば、しわ寄せがいくのは子どもなのだから)


 口元に笑みを浮かべる殿下は話を続ける。


「婚外子がらみは色々あるからね。婚約の管理、婚姻の縛りだけでは限界がある。さらには、すでに生れ、生きている婚外子を責めても何もならない。ならば、咎めなしで、申請を出させ、魔眼を持ちえる可能性があるものを把握しておきたいのだよ。非嫡出子はいてもいい、ただし、生まれた子はすべて認知せよ、ということだな」

「魔眼と非嫡出子、認知。ですか……」

「人間だからね、色々あるよね。今までなにも手立てを講じてこなかったつけは大きいよ。血統主義により血が濃過ぎても生まれる子には恵まれない。平民の血を混ぜていけば、自由恋愛を容認する流れが生まれ、非嫡出子が増えるのも流れだろう」

「時代に合わせて、法を整備されている最中ですね」


「うん。私の身辺もそろそろ詰めて行かないと、表に影響が出てしまう。セシルの魔眼で時間を稼いでいたとしても、限界は来る」

「はい、異例ではありますが、騎士団長が前線より一名抜擢し、本日着任予定です」

「新任の近衛騎士副団長だね。どんな人物だろうね」

「前線の猛者と伺っております」


「いよいよ、近衛騎士団長も勝負をかけてきたかな。遠方の戦場で活躍する実力者を近衛に呼び寄せるなら、きっとこの件は近いうちに片付くはずだ」

「はい。私では霧を払うのみ。力及ばず申し訳ございません」

「気にすることはない。セシルは十分に役割を果たしている」

「ありがたい、お言葉です」


 殿下が窓の向こうに目を向ける。セシルも彼女の視線に誘われた。

 庭には花々が咲き乱れ、蝶がふわふわと飛んでいる。朝露が朝日を受けて、きらきらと輝いていた。


「実戦経験豊富な実力者とはいえ新任の者だ。折を見て、足を運んでくれ、挨拶がしたい。遠方の前線での猛者。会ってみたいものだ」

「かしこまりました」


 深く礼をし、セシルは立ち上がった。 


 殿下が庭を眺められたのが、朝の茶席の終わりを告げる。立ち上がり、最敬礼を示す。殿下は、「下がってよい」と庭を眺めながら、呟く。

 

 すでに興味はセシルから庭へと移っていた。



 セシルは太子御所を後にする。御所の門も、霧がかからない昼間は開け放たれている。一度消した霧が深まるには数日かかる。今日は霧がかることはもうない。

 明かりが消えた灯篭が等間隔にならぶ小道を西へと進む。


 騎士の詰め所が入る建物の一室に、近衛騎士団長の執務室もある。今朝の報告とともに、前線から抜擢される新任の近衛騎士副団長の挨拶も午前の予定には入っていた。セシルは足早に向かう。走っているわけではないが、体を鍛えていない者ならば息を切らして、やっとついてくる速さである。


 建物を入り階段をのぼる。廊下を通り抜け、角を曲がった。


 目の前をさっと男の胸が遮る。


(しまった!)


 急いで歩きすぎていた。同じタイミングで曲がってくる人間の可能性を失念していた。


 セシルは足を止める。相手は避けようと身を翻すものの、退けきれなかった。


 互いの肩がぶつかり合う。


 踏ん張ったセシルの身体は動じない。男といえど鍛えていない相手では、ぶつかった際にふっ飛ばしてしまうこともある。

 

 案の定、よろめく男が後方にしりもちをつくかと態勢を崩す。


(あぶない)


 セシルはとっさに相手の腕を捕まえ引いた。男の身体が仰け反る。跳ね飛ばされた男が崩れ落ちるかというところで、身を捻り、もう片方の腕を男の腰に回した。


 ぴたりと男の身体がとどまった。


 上目遣いに男の顔を捕らえ、瞠目する。そこにあったのは、左目の眼帯。


「朝ぶりだね、お嬢さん」



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