◆薔薇の国、黒薔薇の館への道
「渡らないんですか?」
「今、伝言飛ばしたところなのにそのまま跳躍したら館で働く者が困るじゃない」
黒薔薇の館へ続く森の一本道を漆黒を先頭に隊列を組んで走行する。
黒馬の背に揺られながら漆黒に箒に乗って横並びに飛翔するライムが首をかしげればそんな非常識なことしないわよ。と漆黒が呆れた声を上げる。
「非常識が服着て歩いてるいるような、と言われてきた漆黒の口から非常識だという言葉が出てきて正直びっくりしました」
「ライムは僕を怒らせに来たの?」
にっこり笑顔のライムとは真逆に眉間に皺を寄せた漆黒が唸るような声を上げる。
「成長を感じてるだけですよ」
ニコニコ顔のライムから顔を逸らした漆黒がチッと舌打ちをする。
「ライム」
「わかってますよ。
"戦乙女の祈り、戦場を駆ける風、死せし女神の盾《多重魔法結界》"」
機嫌の悪そうな漆黒の声に応えたライムが馬車に停止指示を出して当然のように馬車の上に移動して防壁を展開する。
「『食め』」
馬車に向かって飛び込んできたゾンビ犬が障壁にぶつかる寸前に横投げの要領で何かを投げるような動作をした漆黒の手から八つ当たりのように放たれた黒い固まりがぶつかるとぐにゃりと空間が歪んだように腐肉と骨が軋み混ざり吸い込まれるように消滅する。
「【死想書】【武具典書】烈日の枝」
すぐにいくつかの単語を放つと肩から斜めにかけていた本が光り輝きひとりでにパチンと留め金が外れるとそのままページがめくれ、ひとつの変わった装丁のくすんだ緑色の紙束が飛び出す。
さらにその本もひとりでにめくれると中から鮮やかな赤い宝石珊瑚の飾りを巨大化させたような複雑に分岐した背丈ほどの杖の先、枝の間に包まれるように輝く巨大な黄金色の宝玉が輝くそれを手にふわりと浮き上がるとそのまま上空へ上昇し、静かに杖を振り下ろす。
漆黒の号令に従うように空から拳大の火球がまるで流星群のごとく地上へ降り注ぐ。
周囲からはあちこちで小爆発を起こした音が響いてい地面を小刻みに揺らしている。
「終わったわよ」
しばらく上空で下界を睥睨していた漆黒がふわりと羽のように地面に降り立つとライムに報告する。
その声を合図にライムが展開した防壁魔法は霧散する。
「私の見間違いでなければ、漆黒様は今、戦略級魔法をほぼ無詠唱で連発されていませんでしたか?」
剣の柄に手をかけて何時でも戦闘に加われるように警戒をしていたガリウスが安堵の息を深く吐いた後で、今起こった戦闘を瞬時に振り返り困惑気味に声を上げる。
「は?戦闘中に呑気に詠唱してたら死ぬじゃない、無詠唱なんて当たり前でしょ、何言ってるの?」
「これが、攻撃に特化した紅金剛級のバケモノ冒険者ですよ」
ガリウスの言葉に心底理解できないという顔の漆黒とは違いライムは分かりますよ、と言う顔でにっこりと微笑む。
そんなライムに漆黒は誰がバケモノよ。と不満そうな顔を見せた。




