◆フロッティーナハイル、夜の城壁③
「そうだわ、『精霊の聖鐘』を鳴らしたのはお前?」
魔法の習得を断られてしょげるナツに思い出したように漆黒が訊ねる。
「くろ……なんて……?」
漆黒の質問によく分かっていないナツが目を瞬かせながら困惑気味に聞き返す。
そんなナツの反応におや?と不思議そうに首を傾げたのは漆黒。
先程までの威圧的な態度と異なりやや幼さの感じる態度にナツの方も首を傾げる。
「まぁ、いいわ。
ちょっと失礼するわよ、死想書、アカシャを出して」
肩から斜めに下げていた黒革装丁に金色の文字で彩られた本がバラバラと音を立ててひとりでに開き、そこから深紅の革装丁に黒い文字の古めかしい本が飛び出し、漆黒の手に収まると、黒革の本が何事も無かったかのように閉じて本型のポシェットのように動かなくなる。
「アカシャ、ナツ·ヴァルトブルクについての記述を出して」
本を読むように手首を傾けた漆黒の声に応えるようにアカシャと呼ばれた本もひとりでに頁がめくれていく。
パラパラパラと勢いよく頁がとまると漆黒はそのページに目をそらすが夜で光源の乏しい場所では読みづらかったのか空いている手を軽く掲げると子供の拳ほどの小さな火球がページを照らす。
「……やっぱりお前が今代の勇者か、ナツ·ヴァルトブルク……」
そのページに目を通した漆黒が心底嫌そうに溜息をつくのを首を傾げてなんの事やら、という表情でそうだよ、と自分が勇者である事を肯定する。
「やっぱり僕が1人で魔王城に殴り込みに行った方が早くないかしら……」
額に手を当ててぼやく漆黒に一体何が書いてある本なのだろうか、とナツが覗き込もうとすると勢いよく本を閉じた漆黒がそのまま手品のように本を消すとなんとも言えない顔でナツを見つめる。
「え、えっと……ごめんね?」
勝手に覗き込もうとした事を怒られるのかとたじろいだナツの謝罪にますます眉間に皺を寄せる漆黒はこれが勇者とか……だの、どう見たって甘やかされて育った貴族じゃない。とぶつぶつと不機嫌そうに呟く。
「ますますお前達と行動する訳にはいかないわね。ナツ·ヴァルトブルク、ライムに伝えなさい。
僕が動くから適当に諸国漫遊してなさい。って」
「ちょっと、まっ……」
待って、とナツがいい切る前に長い髪とリボンを翻して火に照らされて出来た城壁の影に飛び込む。
まるでそこが水面のように影が揺らぐとその姿は跡形もなく消え失せる。
ナツが直ぐに後を追いかけようとして城壁に額を強打して小さな悲鳴と共に頭を抑える。
イテテ、とさするナツが周囲を見回すが初めから誰もいなかったかのような静寂の他には時折思い出したように響く炎が爆ぜる音だけが響いている。
「どこに消えたんだよー、もうっ!」
次に会ったら絶対に魔法を教えてもらうぞ、と地団駄を踏んだナツの絶対に会いにいく、と言う宣言は夜の静寂に飲まれて消えた。




