◆フロッティーナハイル、夜の城壁①
「……まだ夜か」
あの後、いくつもの教会や病院を周り、酷い惨状に吐き戻したりしながら配給の分配とライムの治癒を一通り済ませて、夜遅くに帰城したナツ達は夕飯も食べずに軽く身体だけ拭いてそのままベッドへ吸い寄せられるようにして眠り、ふと目を覚ましたナツはまだ暗い部屋とそれぞれが思い思いの姿で眠るベッドを見回して二度寝をしようか、と目を閉じるが逆に冴えてしまった感覚に諦めて身を起こす。
散歩でもしてこよう、とコートを羽織り、念の為に大剣を背負って眠っているメンバーを起こさないようにそっと部屋を抜け出す。
ナツが幼少期を過ごしたヤースガーフン皇国の皇城では誰かしらが見回りをしていて廊下も薄暗くはあるが等間隔に蝋燭が灯っていたが、ここでは哨戒する兵士の鎧の音もしなければ蝋燭も灯っていない、窓から入る月明かりだけが光源の少しだけ不気味な暗がりに一瞬部屋に戻ろうかと思うが散歩には行きたいとお化けとか出ませんように、と心の中で祈りながら小走りに廊下を駆け抜けると正面入口の大きなガラスから入る明かりで廊下よりもずっと明るいはずの玄関ホールへ出る。
思ったより明るくはなかった玄関ホールを息を整えながら降りてそっと扉を開く。
鍵が掛かっているかと思った扉はあっさりと開き星の輝く外へナツは足を踏み出す。
ほんのりと肌寒い夜風にコートの前をしっかり合わせてコート着てきて良かった、と小さくつぶやく。
灯りの乏しい街から見る星空は吸い込まれそうになるほどに無数の星が瞬き、死んだような街は息を潜めているように沈黙していた。
まるで、全てが死に絶えたような心許ない気持ちを振り払うように首を振ったナツはもっと良く景色が見えそうな城壁に目をつける。
夜明けが近いのか壁の向こうは薄らと明るくなっている。
「確か、登れたよね……?」
人ひとり居ない街を早足に通り抜けて見張りもいない城壁の上へ向かえる階段を駆け上がる。
意外と高さがある城壁の上への階段を駆け上がり、肩で息をしながらやはり人1人いない城壁の通路から少し近くなった星空を見上げながら街をぐるりと囲む城壁を歩いていく。
ふと夜明けが近いと思った地平線へ視線を向けると光源となっていたのは夜明けの光などではなく見える限りの平原が燃え上がっている炎が夜空を焼きこがすように高く昇っている。
ーー魔族の襲撃
その言葉が頭をよぎったナツはとにかくみんなに知らせなければと城壁を駆け抜ける。
どこかに襲撃を知らせる鐘があるはずだ。
早く早く、と急かす心に従うように縺れる足を必死に動かして走るナツの足音と上がる息以外に人の気配はない。
泣き出しそうになりながら城壁の4分の1程走った所で視線の先に人影を見つける。
「……っ!」
上がった息に邪魔されて上手く声を発することが出来なかったナツは足を緩めて立ち止まると膝に手を当てて肩で息をしながら声を発する為に息を整える。
その視界の隅に僅かな光を跳ね返す艶やかな黒い靴先が映る。
「こんばんは、今代の勇者、ナツ·ヴァルトブルク」
かけられた甲高い少女の声に聞き覚えのあるナツはその顔を勢いよく上げた。