◆フロッティーナハイル③
「ねぇ、ライム」
朝はセンと共にキーを連れて元気に出ていったナツは夕方には意気消沈して帰って来てから豪勢な食器に入れられたクズ野菜の塩味の薄いスープと硬いパンのこの旅の道中で最も質素と言える食事をとりながらナツが重たい口を開く
「はい、なんでしょうか」
既に食べ終わり魔法で生み出した水を飲みながら必要な媒体と使う術式についての洗い出しをしていたライムはナツの呼び掛けに書き物をしていた手を止めてナツを真っ直ぐに見つめる。
「傷がすぐ治るあの魔法、私も使えないかな……?」
「もしくはそういう薬に心当たりない?」
ナツの言葉に沈痛な面持ちのセンも続く。
その2人に真意を確かめようとするようにライムが数度瞬きを繰り返す。
「野戦病院も酷かったが他も……とてもじゃないけどあと半月もこの都市はもたないぞ」
キーの言葉になるほど。と言うような顔をしたライムが小さくため息をついた。
「そもそも、この国がまだある事自体が奇跡みたいなものだとは思ってましたが、やはりそんな事態になってましたか……」
「予想はしてたんです?」
これは結界を張るだけじゃ済まないぞ、とため息をついたライムにあんまり驚いてなさそうだな、と言う顔のゐぬが問かければ、ある程度は。とライムが疲れたように頷く。
「どういうこと……?」
何も分かってなさそうなナツが首をかしげればライムが再度ため息をついてから口を開く。
「ここに残っている王族が、我々を出迎えたサン陛下のみであり、他国に嫁いだ姉と他国の姫と婚姻を結んでいた彼女の1つ上の兄がそちらに避難している以外は魔族の襲撃で既に亡くなっていることと、武芸者の貴族ばかりが残り、それを支える農民を全員疎開させてしまったことと、それに頼みの綱だった物流が完全に途絶え、この国が孤立してしまっていること、そして戦争の長期化。
数ヶ月で決着がつくようであれば備蓄で充分賄えたでしょうが、補給されない備蓄では減っていく一方でしょう……
そして突然来訪したとはいえ、他国の王族を城に招いてもてなすのに出せる料理がこれ、とくれば状況はとても悪い、どころでないことはある程度想定ができますよ」
ライムの丁寧な説明にまだ年端もいかない少女が滅びゆくだけの国を背負っていることを知ったナツの眉がますます下がる。
「勇者が、本物の強い勇者だったら、助けられたかな……」
「いくら勇者という生き物が常識の範囲外の超人だとしても人ひとりができることなんてたかが知れてますよ」
自らの無力を嘆くように震える手のひらを見下ろすナツを止水の瞳で真っ直ぐに見つめるライムが今の自分に出来ることを精一杯やるしかありません。と答えた後に、まずは食事をとる事ですよ、と言いながら椅子から立ち上がり部屋を出ようと扉に手をかける。
「ライム……?」
「まぁ、物資が足りない問題くらいは割とすぐ解決するかもしれませんよ」
どこに行くの?と不安げなナツに足を止めて少しだけ悪戯めいた微笑みを浮かべたライムがサン王女次第ですが。と言いつつ今度こそ扉の向こうへ消えていった。