◆ガリウスの回顧③
やがて夜もふけ、あれは集団幻覚だったんじゃないかと見張りを立てて各々で準備を行っていると見張り台に居たやつから鐘の音と共に敵襲を知らせる怒号が響く。
魔物の大侵攻がはじまる。
覚悟を決めよう、と震える身体を叱咤して目を閉じて武器を強く握り締め、浅くなりがちな呼吸を深呼吸で整える。
よし、行くぞ、やるぞ、やってやる。と繰り返し自己暗示のように呟くと不思議と震えが収まっていく。
そして響いた地を震わせる轟音に目を開くと遙か遠く、何も無いはずの荒野が煌々と紅く輝いているのが見えた。
続いて輝く彗星のような光が雨のように地上へ降り注ぐ度に大地が揺れる程の轟音が響き、山々から驚いた鳥や獣達が騒ぐのが聞こえる。
「これは、一体……?」
目の前の光景に理解が追いつかず近くに見えた前線に向かおうとしていたらしい騎士の1人に問い掛けるとその騎士も聞こえていなかったのか呆然とした様子でじっと燃え上がる荒野を見つめている。
「これが、災禍の煉獄姫……」
爆音と熱風に煽られながら呟いた誰かの声が聞こえてこれがどういう事なのか何となく察しが着いた。
どうやら先刻の少女が前線に出て魔法で魔物の大侵攻を手当り次第に魔法で燃やしているらしい。
普通攻撃魔法と言ってもこのような規模で戦闘を行うならば魔法使いを使い潰す勢いで何百人と投入しないとこうはならないだろう。
現に騎士団の中で魔法を扱えるものならばこれがどれほど常識外か肌で分かるので目を見開いて硬直してしまっている。
遥か遠くに居るようでその姿は目を凝らしても認識できないが、こんな勢いでは直ぐに魔力切れを起こして戦場のど真ん中に落ちてしまうのではないかと心配になるが魔法の勢いに衰えは感じない。
なんなら降り注ぐ炎の雨による爆音と恐慌状態の魔族の断末魔に混ざって少女の高笑いの声が聞こえて来る気さえした。
その炎の雨をかいくぐった魔物の群れの姿が見え始める、トロール、オーク、ヘルハウンド、オルトロスにケルベロス、炎の巨人と呼ばれるスルトまでいる。
ようやく目視出来るようになった魔物達に浮き足立っていた騎士たちが剣を握り締め空気が引き締まる。
その我々と魔物の間を隔てるように前線に打って出たはずの少女が黒翼を羽ばたかせて上空から現れると音楽でも奏でるように、あるいは空中を撫でるようにすっと手を横へ払う。
最初に現れた変化は地面。
溶けているのか、沸騰しているのか硬いはずの地面がタールでもぶちまけたように黒へと変じ、それからすぐにびちゃびちゃと音を立てて泡立ち始める。
直ぐにその泡は泡ではなくなにかの触手を思わせる動きに変わる。
「"肉は汝に、魂は女王に、引き裂き喰らいて捧げよ"《狂餐の贄》」
笑みを含んだような楽しげな声がはっきりと響き渡ると泡立ち、のたうち回っていた"何か"が歓喜に震え、地面から勢いよく這い出し魔物達を締め上げ引き裂き、魔物の断末魔すら飲み込んで暴虐の限りを尽くす津波のように波打ち魔物の大侵攻へ向かって逆侵攻していく。
職種だと思っていたそれらは大量の魔物の血肉を食らってやがて大きな深紅の蕾をつけて大輪の花を咲かせる。
触手だと思っていたものは、巨大な薔薇のツタだったらしい。
熟れた果実の様な甘ったるい胸焼けするような香りが広がる花が口を開きずらりと並んだ牙が月明かりにぬたりと輝いていた。
香りには困惑の作用でもあるのか逃げるなり戦うなりするはずの魔物達がぼんやりと立ってる間に薔薇に食い散らかされ咀嚼と嚥下で消化されていく。
滲み出た悪夢が現実を侵食していく光景に誰も彼もが呆然と見つめていた。




