◆ガリウスの回顧②
「抜くんじゃないわよ?」
咄嗟に腰の剣に手をかけながら振り返った団長と、即座に切り捨てようとした副団長に告げた少女が告げると2人が不自然な動きで動作を止める。
何が起こっているのかと目を凝らして見ていると、少女は胸元から何かを手繰って取り出しているように見えた。
「あったあった。
僕は冒険者ギルド所属の金剛級冒険者。
黒月の女王パーティの魔法使いの1人、漆黒」
「黒月の女王……漆黒……まさか、貴女が災厄の煉獄姫……!?」
「人類最強と名高い騎士団団長に覚えられていたなんて光栄だわ」
紅色に光を弾く小さな飾りを引っ張り出した少女の名乗りに騎士団長が驚愕の色を滲ませた声で尋ねれば傲慢さのある笑い声混じりの少女の声が応え優雅に一礼してみせる。
目を凝らすと遠くからでも副団長の顔が引き攣っているのが分かる。
先程までのピリピリとした殺気とは別の重圧感に息が苦しくなり、意識的に深呼吸をしてみるが少女から不思議と目が離せない。
「この戦線は僕達【黒月の女王】が引き受ける
貴方達はここで僕らの撃ち漏らしを駆除しておいてね、くれぐれも結界から出るんじゃないわよ」
少女が天を指さし赤い光の花を打ちあげればガラス同士を打ち鳴らしたような澄んだ音が響き国境沿いに光り輝く壁が立ち上り、やがて空を覆い尽くす。
釘を刺すような声にこんな大規模な結界魔法を展開した魔法使いには逆らわないでおこう、と心に決めたところで隣の同期が呆然とした様子で何かを呟いていたので少女から顔を逸らして隣を見ると恍惚とした表情を浮かべて結界を見つめていた。
「おい……?」
「やっべぇな、ガリウス!これがグロリアス共和の才女、月白ちゃんの結界だぞ!」
心配になって声をかけると瞳を輝かせて興奮気味に口を開く同期が一息に捲したてる。
恋する乙女が憧れの先輩に会った、みたいな勢いだが見ているのは魔法使いの結界だ。
「この結界はさっきの漆黒と名乗ったあの少女が作っている訳では無いのか?」
「おまえ、知らないのか?
【黒月の女王】ってのは最近話題の魔法使いパーティで
防衛兼回復担当の失われた魔法を1代で復活させた白銀の聖女、月白ちゃん
リーダー兼全体補助担当のあらゆる妖精を使役し出陣した味方に必ず勝利を齎す妖精女王、琥珀ちゃん
攻撃担当の天災と見紛う広範囲魔法を無詠唱で使う災厄の煉獄姫、漆黒ちゃん
この3人は俺達とそこまで年は変わらないがそれぞれが金剛級をもっている凄腕冒険者パーティなんだぜ?
これだけの大規模結界なら間違いなく白銀の聖女の異名を持つ月白ちゃんの魔法に間違いねぇよ」
興奮しすぎて瞳孔が開き気味の同期に若干引いたが、その熱意はよく伝わってきたのでおおう。とだけ返事をして再び漆黒と呼ばれた少女の方へ向き直る。
団長達との話は終わったのかじゃあ、そういう事だから。と言い残して漆黒の翼を広げると満天の星空へ羽ばたきやがて溶けるように紛れて見失った。
しばらく呆然とそれを見送っていた騎士達は今見たものをお互いに確かめ合うように顔を見合せ口を開きざわめきが後に残った。




