◆静かの森③
「ここ、まで……くれば……
しばらくは、大丈夫……でしょう……っ」
森の中をしばらく歩き回った2人は鬱蒼と茂る木々が少し開けたところで力尽きたように倒れ込む。
前方はよく陽が当たり、輝く花のような植物と湖が見えるが2人にそこまで行く気力はなく
森との境界ギリギリで倒れ込むようにして崩れ落ち、体を捩って仰向けに転がったナツは魔獣に殴り飛ばされた時に枝や地面の石などで出来た擦過傷や打撲が動く度に今更ながらズキズキと痛みを訴えだしていてて、と顔をしかめる。
「っつかれたぁ……っ!
あちこち痛いし……ライム、大丈夫?」
「肋骨が……数本、これは、たぶん……折れて、ますけど……まぁ、問題ないです」
殴られたと思われる脇腹を擦りながら上半身を起こしたナツがそんなに思いっきり殴ることないじゃんか。とぶつくさと文句を零しながら傍らのライムに目を向けると
元々健康的とは言い難いライムの顔は青白く血の気が失せているがその額には玉のような汗が輝いている。
折れている、という発言に私どうしたらいい?支えの枝探してくる?と尋ねるナツにライムが歯を食いしばりながら呻くように動かず、喋らず、静かに大人しくしていてください。と答える。
「"それは光、柔らかな生命の息吹、女神の祝福"《修復》」
青白い顔で強く杖を握り地面に突き刺したライムが一息に呪文を紡ぐ。
囁くような小さな声が紡がれると杖の先端が強く輝きその光がライムの体を覆う。
ゴキリ、バキリ、と人体からなってはいけない硬質なものが折れ、擦れるような音が響く度にライムの小さなうめき声が溢れる。
動くな、と言われたナツは咄嗟にライムに手を伸ばそうとして直前で動きを止めてどうしたらいいんだろうと周囲に視線を回す。
「……死ぬかと思いました」
「その……だ、大丈夫、なの……?」
光が収まると顔色の良くなったライムが額を滑り落ちる汗を拭いながらため息混じりに呟く。
先程までの音を聞いていたナツが恐る恐る聞くと怪我は完治しましたよ。とライムの無愛想な返事が返ってくる。
「木漏れ日の庭、星の海、実りの大樹《治癒》」
そのままのそのそした動きで立ち上がったライムが衣服に着いた砂や草を払うと杖をナツに突きつける。
ぎゅっと目を閉じて身を硬くするナツの耳をライムの声が通り過ぎていく。
陽だまりの中にいるような暖かさに全身が包まれたあと先程までの痛みが嘘のように引いていく。
ゆっくりと目を開けたナツの視線にまず飛び込んできたのは切れていたはずの指先の切り傷が僅かな血の跡だけ残して完全に治癒できている事だった。
「すごい……、私魔法って座学で勉強しただけだから自分にかけられたの初めてだよ」
「……そう、ですか」
キラキラとした瞳ですごいすごい、とはしゃぐナツになんとも言えない表情をしたライムが目を伏せて小さく応えた。