◆異常発生⑥
前回のあとがきでも描きましたけど、怪我などのシーンがあります。
苦手な方は読み飛ばしてしまってください!
「危な―ッ!!」
センカの悲鳴混じりの声が響く中、回避は間に合わないとナツは左腕で魔物の牙を受け止める。
ぶちりと皮膚が牙に貫かれる感覚の後ぐじゅりと牙が肉に食込み骨で止まったのを感じ、激痛に顔を歪める。
「ナツお姉ちゃん……ッ」
「……大丈夫、死なないよ」
目を見開き震えるセンカを励ますように頭を撫でながらなにか出来ないかと周囲を見回したバミは納屋にしまわれていたピッチフォークを手に握る。
その全身は小さく震えているが、それでも隣の少女を安心させようとピッチフォークを構えたまま浅くなっている呼吸を意識して深く繰り返す。
「……こ、の……ッ!!」
ナツは背後のやり取りに大丈夫だから!と声をかけて左腕に食らいついた狼のような魔獣をそのまま腕ごと壁の入口に叩き付ける。
全身を叩き付けられた獣がキャンッと短く鳴いてナツの腕から口を離す。
噛み付かれた腕から血が溢れ出し、深緑のコートを赤黒く染めていく。
顔を顰め、痛みに泣きそうになりながらそれでもナツは1歩前に出る。
「この凶暴わんこめ!
私だって怒るんだぞ!!」
魔獣ではなく、大きな野犬だと認識したナツが右手を握り込み再度向かってきた魔獣に向けて下顎から思いっきり殴り上げる。
「え……?」
背後で呆然とした声がするのを無視したナツが脳震盪を起こしてフラフラしている魔獣へ歩み寄りその尾の付け根を思いっきり平手で殴る。
「人を噛むと痛い目に合う、だから噛んじゃいけないの!」
平手打ちとは思えない重めの鈍い音が響くと魔獣が本当の犬のようにキャンキャンと甲高い悲鳴を上げる。
それでも反省した?と聞くナツが叩く手を止めれば直ぐに牙を向いて襲いかかろうとする。
それでも数度投げ飛ばされればダメージが蓄積するのかふらりと立ち上がる魔獣の身体がどす黒い瘴気に覆われる。
瘴気に触れた地面がグズグズと溶け始めるのを見たナツの顔が思いっきり引き攣る。
「私を騙すなんて酷いじゃないか!」
わんこのフリして!とナツが大剣の柄に手をかける。
当たるかどうかは正直賭けだが、ダメならナツが気を引いている間に2人に逃げてもらうしかないと腹を括る。
「さぁ、こい、わんこ魔獣!」
震えそうになる身体を必死に力を込めて制したナツが自らを奮い立たせるように声を上げる。
低く、身構えた魔獣が地面を蹴ると同時に目を閉じたままナツはえいっ!と剣を振り回す。
普段、柄から1ミリも抜けない大剣がなんの抵抗もなく抜け、魔獣の喉笛を掻き切り、血飛沫が舞い、ナツの顔面に降りかかる。
「……ヒィッ」
思わずこぼれた悲鳴と反射的に僅かに屈んだおかげで魔獣の爪はナツの髪を数本散らすに終わる。
恐る恐る目を開いたナツの目の前で光り輝く大剣を恐れたように魔獣が数歩下がる。
「……私は、勇者だ!」
怯えも、恐怖も、全てを捩じ伏せるように声を上げたナツが魔獣にとどめを刺すべく大剣を振り下ろす。
当たったような感覚もなく、外れたのだろうかと確認したナツの目の前には地面に突き刺さった大剣。
早く抜かなきゃと焦るナツの視線の先、数秒遅れて魔獣の首がぼとりと地面に落ち、魔獣は静かに地面に倒れていく。
「……か、かった……?」
剣の先でつついても反応のない事を確認したナツが全身の力が抜けてへなへなと座り込む。
後ろの納屋からピッチフォークを握ったバミと水を汲んできてくれたのかバケツを持ったセンカが出てくる音を聞いたナツが振り返った瞬間に、戦場になっているはずの平原を黄金の光が包み込み、荘厳な鐘の音が鳴り響く。
その鐘の音はどこまでも響き、勇者の誕生を祝うように世界中全てに響いたという。
◆◆◆◆◆
突然響いた鐘の音に蝋燭の灯りで本を読んでいた少女は顔を上げる。
本をテーブルに置くとゆったりとした仕草で立ち上がり窓へ歩み寄り音が響いたであろう方向を静かに見つめる。
「……また、始まるのね」
憂いを帯びた表情と諦めに似たような声が溜息と共に零れる。
「今度こそ、必ず……救ってみせるわ」
皮膚が傷付くのも厭わずに力いっぱい握り締めた手から血が滴り落ち、床を彩っていた。
引越し+夏休みで更新頻度が下がるかもしれません、楽しみにしてくださっている方、申し訳ないです……。
なるべく、なるべく頑張りますので、見捨てないでください(´;ω;`)




