◆静かの森②
「…あぁ……っ」
ライムの絶望的な声と共に漆黒の獣がその姿を現す。
どちらかと言えば背の高い部類に入るナツの三倍はありそうな狼に似た巨大な魔獣の焼けた鉄のような紅い目が2人を捉え牙を剥き出して地響きのようなうなり声を響かせる。
「よっしゃぁー、勇者がこてんぱんにやっつけてやるぞ!」
救国の少女と呼ばれたナツの曾祖母が使っていたと言う先祖代々伝わる初代勇者の武器でもあると言われている黄金に輝く大剣の柄を握り抜き放とう力を込める。
「……あ、あれ?抜けない!!なんで!?
ま、まぁ、仕方ない、それならこのまま……っ」
柄と鞘が接着されているように抜けずにいくら力を込めても抜けない大剣に仕方ない。と諦めたナツが鞘に収めたまま大剣を構える。
構えだけは一流の戦士のようにも見える。
「ぐるるるるっ」
「うぉりゃぁぁああっ!」
漆黒の獣のうなり声に重なるように気合いと共にナツは駆け出して大きく飛び上がり迎え撃つように頭を下げた魔獣の頭上へ振り上げた大剣を勢いよく振り下ろす。
重力を利用して魔獣の頭蓋骨を砕くように振り下ろされた大剣は鈍い音を立てて派手に突き刺さる。
地面に。
「…あ、外しちゃった」
てへぺろと舌を出して 誤魔化すナツ。
「勇者!!」
「…………へ?」
ライムの叫びと同時に横から強い衝撃が走りナツの視界がぶれる。
ボールのように地面を転がり木に叩き付けられてからナツは魔獣の前足で殴られた事を理解する。
起き上がろうにも全身が痛み動けず地面に刺さった剣は手が届く範囲にない。
そんなナツをギロリとした魔獣の目が捉える。
「"報いの雨、復讐の刃、青い煌めき"《凍てつく矢》」
ナツを庇うように呪文を詠唱しながらナツと魔獣の間に入ったライムの放った氷柱のような魔法の矢が獣に無数に突き刺さるが、獣が怯んだのは一瞬。
うなり声を上げて踏み込み反射的に杖を構えて防御したライムを前足で殴り飛ばす。
ライム小さな体が抵抗虚しく木の葉のように弾き飛ばされ激しい音を立てて大木に叩きつけられる。
「ライムっ!!」
無我夢中で何度も転びそうになりながらナツがライムに駆け寄る。
背後に魔獣のうなり声が響くがナツは振り向かずに動かないライムの傍らに膝をつき手を伸ばす。
「………っ、"朽ち果てよ、戒めの庭、静かなる森"《凍結》」
駆け寄ったナツの背後へ杖を差し向け咳き込みながら苦しげに呪文を詠唱したライムの魔法が杖の先から辺り一面を空気すらも凍てつく凍土に変える。
魔獣も凍りついたまま動かない。
「…………ッ、長くは、持ちません……つ
にげ、ますよ…勇者……」
長くは持ちません、と痛そうに表情を歪めるライムにナツが肩を貸して立ち上がる。
2人で支え合うようにして体を引きずりながら魔獣から逃げる。
「……ごめん…ごめんね、私…役立たずで…」
「…勇者ナツは、素人なんですから……仕方、ないです。
……私の、方こそ……、あなたの護衛なのに、この体たらくで……」
眉尻を下げてしきりに謝るナツに首を振ったライムが悔しいですね。と歯がゆそうに小さく顔を顰めた。