◆静かの森①
ライムに脅される形で慌ただしく旅立つことになったナツ。
目指すべき魔族領に行くためにまず暮らし慣れたヤースガーフン皇国の辺境にある森を抜けることになり魔獣が出て危ないから行ってはいけないと聞かされていた静かの森へ足を踏み入れていた。
その静かな森は違和感があるくらい静かだった。
沢山の名前もわからない植物逹が群生している。
静かの森と言うだけあり自分達が立てる音以外の音はほとんどない。
「子供の時はさ、入っちゃいけないって言われてたけどぜーんぜん危なくないじゃんね。
入ってもう3日になるけど魔獣どころか野生動物だって居ないもん」
延々と同じような風景の続く空間で飽きてしまったのか無口なライムにナツが一方的に話すと言う状況が続いている。
ライムが口を開いたのはナツが毒キノコを食材としようとしたり、木の洞を不用心に覗き込もうとした時くらいである。
「…変ですね…」
そんなライムが唐突に呟いた言葉に
ナツがなにが?と振り返ると
その表情はとても険しかった。
「こんなに植物があるのに動物どころか羽虫一匹飛んでないなんておかしいと思いませんか?」
ライムの声にナツが周囲を注意深く辺りを見回す。
草の裏、石の影を探し、花の中はさすがに止められたが虫の居そうな場所を確認したナツが本当だ!と声を上げる。
ピンと張り詰めたような緊張感に酸素濃度が減ったような気すらする空気にナツの眉尻が下がる。
「…こういうのなんて言うんだっけ、台風の前は外出るな!みたいなやつ。」
「嵐の前の静けさですか?」
「そうそれ!」
「まぁ、そうですね……ここにはかなり力の強い魔獣が住み着いているようですね…」
そのような状態でも怯える素振りも見せないナツにライムが小さく嘆息する。
ライムの独り言のような言葉を肯定するようにライムの手のひらにある石ががたがたと震えている。
「鉢合わせないよう気を付け」
「おーい!出てこーい!!」
気をつけて進みましょうというライムの言葉を遮ってナツが魔獣を呼ぶ。
背中の大剣を両腕に抱えその剣で魔獣を倒す気でいるらしい。
ライムの手のひらの石がコロコロと転がり始め目を開けた先で茂みが大きく揺れ動いていた。