◆アイマール港③
「あれ、ライムさんじゃないですか?」
ナツと別れてさて、どの船に声をかけようかと思案しつつ歩いていたライムは掛けられた声に振り返る。
「あぁ、やっぱり!
お久しぶりです……と言っても覚えていないかと思うんですが……」
良く日に焼けた肌にシャツの袖を捲り緩やかなズボン姿で見るからに悪人面の男が親しそうな笑みを浮かべ丁寧な口調でライムへ近づいてくる。
怪訝そうな表情で杖を強く握り締めたライムに両手を上げて攻撃の意図はない事をアピールしつつ苦笑する。
「でもライムさんがいらっしゃるということは姐さんもいらっしゃるんですか?
姐さん、見た目だけは可憐だから……あ、もしかして噂の奴隷船沈めに来ましたか?
姐さんならわざと捕まって海上で燃やすくらいしそうですよね」
近づいてきた男の顔にライムは見覚えがないと言う表情を浮かべるがライムの周囲を見回して首を傾げた男の仕草と言動にあっ、と声を零す。
「あなた、もしかしてガド君ですか!?」
「下っ端も下っ端の俺の事覚えていてくだすったんッスか?
そうです、あの海賊に襲われた商船に乗ってた見習い下働きのガドッス!
姐さん達に助けてもらったおかげで今は正式に商船の乗組員ッス!」
男を指さしてえぇ!?と驚いたライムの言葉に嬉しそうに破顔した男、ガドが崩れた敬語で話しつつその節は本当にお世話になりやした!と頭を下げる。
「そうですか、カタハが聞いたら喜びそうですね。
今日は別の人と一緒にいますけど……ガド君、ちょうど良かったです。
少し相談させて欲しいのですがよろしいですか?」
きにしないでください、とガドに頭を上げさせたライムがふふっ、と笑ってからこんな事してる場合じゃなかった。とここに来た要件を思い出して真顔に戻る。
「いいッスよ、俺ら【白鯨商会】はライムさんと片羽の姐さんに返しきれねぇ恩があるっスからね!
大抵のお願いなら商会一丸となって叶えさせて貰いますよ」
相談、という言葉にどの国が欲しいンっすか?と日用品の用立てのような気安さで任せてくださいとばかりにガドが胸を叩いてみせる。
「実は……」
事情を説明したライムにガドが嬉しくて嬉しくて仕方ないと言う表情を浮かべる。
「森の国なら、明日出る船がそうッスよ!
俺も乗るんで、ライムさんが護衛してくれるならもう最高の船旅になるッスね!
あ、今日の宿は決まってるッスか?
まだなら是非【白鯨商会】の宿を使って欲しいッス!」
「良いのですか!ありがとうございます!」
上機嫌にニコニコするガドの提案にライムが願ったり叶ったりだとばかりに頭を下げる。
そんなライムにやめてくださいよ!と慌てるガドがでも商会には顔見せてもらう必要があるッスけど時間大丈夫ッスか?と確認してくる。
「えぇ、問題ありません
商会の皆さんはお元気ですか?」
「あの時船長してたお頭が今は会長ッスよ。
殉職したやつもそれなりにいるッスけどあの船に乗ってたメンバーは八割は商会でまだ元気にやってるッス」
商会へ向かう道すがら話を振ったライムにガドが奴らしぶといんッスよねぇ。と昇進出来ないとボヤいてみせる。
2割はそうではないと聞いてそうですか、とライムは目を伏せる。
その様子に違うんっすよとガドが慌ててフォローする。
「お、ガド坊!
女を連れ込むなら自宅にし……ろ……
お、お頭ァ!!お頭ァ!!大変だ、お頭ァ!!」
下級貴族の屋敷なら軽く凌駕しそうな商会の店先で番をしていただろう男がガドに片手を上げて隣のライムをよく見ずにからかってからライムを見ると血相を変えて叫びながら店内へ踵を返していく。
お頭ァ!!ライムさんが!!と叫ぶ声が商会内に響き渡ると通りに面した窓という窓が一斉にバタバタと開き、通りでどうしたものかと思っているライムを見た商会員が凄まじい速度で踵を返し文字通り蜂の巣をつついたような騒ぎにライムは隣のガドを見上げると、いやぁ、お恥ずかしいッスと苦笑いして答える。
「ライムさん!
あぁ、大きくなられましたね!」
店の奥から海賊のような風体の白髪混じりの大男が飛び出して来てライムの前で片膝を付いて是非、是非我が商会にて歓待させてください!とエスコートを願い出る。
その様子に若干引きつつライムはそれでもお願いします。と声を絞り出した。