◆アイマール港①
「え、森の国への船は出ていない……?」
港の観光船案内所で告げられた言葉にライムの表情が険しくなる。
どういう事かという無言の圧力に案内所の少年が僅かに怯えたように腰を浮かせる。
通常、開戦間近のような緊張状態であったり、何かやらかした国への経済制裁の一環であったりして渡航船が出ないことはあってもそう言う話では無いらしい。
ライムとナツはこの話を聞いた時に顔を見合せたがそんな話は聞いていない。
木葉もそんなことは言っていなかったので恐らく知らなかったのだろう。
「い、今はその……、祭りの時期なので……。
どの船も富裕層に借り切られて一般向けには出航してないんです」
じりじりと逃げ腰でライムと距離をとりながら言い訳のように言い募る少年とピリピリした空気を纏うライムを交互に見るナツがどうしたものかとオロオロしている。
「どうしたの、何か問題でもあったの?
……そう……、見たところ魔法使いの方ですよね、お連れ様は、戦士でしょうか。
提携している船は既に出はからっているので、こちらから紹介することは出来ませんが、どうしても、という事でしたらどこかの船に護衛として乗り込むならば出来ると思いますよ。
海上だと戦士職は海賊対策くらいにしかなりませんが魔法使いがいるパーティは魔物の対処もできますから重宝されると思いますよ」
オロオロしている少年に気づいて奥から出てきた長い髪を下ろしたおっとりした雰囲気の女性が少年から事情を聞き出すとライムの方を向いてにっこりと笑ってアドバイスをしてくれる。
「……護衛として……なるほど、探してみます」
「最近、人攫いが出るようですので、お気をつけて」
ありがとうございます、と頭を下げるライムに釣られるように頭を下げたライムとナツに柔らかく笑んだ女性とほっとしたような表情を浮かべる少年に良い旅を!と見送られて観光船案内所を出る。
「さて、これから……先にご飯にしましょうか」
「そうしよう、ご飯食べよう!
私もうお腹ぺこぺこで倒れそうだよ」
これから船探ししましょうか、と言いかけたライムの隣で盛大に鳴り響く音に目を見開いたライムがふふっと笑えば照れ笑いをうかべるナツがお腹を押さえながら待ってろ、ご飯!と意気揚々と歩き出す。
「こっちですよ、オススメの食堂があるんです」
「ライム、ここに来たことあるの?」
そんなナツを呼び止めて反対方向へ歩き出したライムに並んだナツの疑問にまぁ、何度か。とライムが肯定する。
しばらく歩き港の外れまで歩いてきたライスがあそこです、と指さしたのは今にも崩れそうな若干傾いている粗末な小屋。
小さくはないが見た目で言えば王都の貧民街の住民のバラック小屋といい勝負である。
到底営業しているようには見えない建物へ迷いなく進むライムの後ろをナツが怖々と着いていく。
近づいていくと中から賑やかな声が聞こえてくる。
目さえ閉じていれば活気溢れる飲み屋である事がわかる陽気な男性達の声が小屋の隙間から漏れている。
「こんにちは、2人ですけど席空いていますか?」
ライムの声に応よッ!と力強く帰ってきた声の主である厳つい、1歩間違えば海賊のような店主がどう見ても悪役にしか見えない笑顔を浮かべて2人を迎え入れた。
「ようこそ、鯨の唄亭へ!」
ライムとナツが席に着くなり白い肌を蒼白い鱗が所々覆う給仕の少女がにこりと笑ってお通しでーすと海藻サラダを置いて去っていく。
「えっと……い、いただきます……?」
躊躇いがちに手を合わせたナツの横でさっさと食前の祈りを済ませたライムが当然のように海藻のサラダを頬張りながらメニューに目を通していた。