◆聖王都北西街道②
かすっただけでも死にますから、気をつけてくださいね。と付け足された一言に魔獣から繰り出された前脚が空気を切る音が重なる。
不意をついた一撃を上半身を捻って避けたナツは幸運にも爪をかすることなく地面を転がる。
「ひぃぃぃ……ッ」
「なっさけないねぇ。
勇者なんだろう?」
震えながら立ち上がったナツの情けない声が街道に虚しく響く。
悲鳴をあげて逃げ回るばかりのナツに額に手を当てて深いため息をついた木葉が呆れたような溜息を着く。
「だって、だって……っ、かすったら、死んじゃうんでしょ……っ!?」
ひぃひぃと悲鳴をあげながら攻撃を回避するナツが涙目で助けてぇ、と訴える。
「うーん……回避は悪くなさそうなんだけどなぁ」
「勇者の祝福を持っているなら幸運値が高いはずなんですけどね」
馬車から退屈そうにナツを眺めている木葉とライムだナツを助ける素振りはない。
助けは見込めなさそうだと思ったナツが一か八かと覚悟を決めて大剣に手をかけて引くがビクともしない。
「なんで!?
この前は抜けたじゃんか!!なんで!?」
パニックを起こしたナツが抜けて、お願い、死んじゃう!!と大剣を抱きしめる。
そんな状態でも魔獣の攻撃を避ける足を止めたりはしない。
「死にたくないよぅ」
涙か鼻水が分からない液体で顔が悲惨なナツが魔獣の雷を避けようとして足元にあった小石に躓く。
「あ……っ」
バランスを崩したナツに好機とばかりに襲いかかってきた魔獣の爪が迫るがナツに回避する術はない。
終わった、とキツく目を閉じたナツの耳を鋭い声が劈く。
「寛大なる森よ(Hael)っ!!」
ライムの声の後、魔獣のものだろうかおぞましい絶叫が響く。
もう何度目か分からない地面を転がる羽目になったナツが目を開けると地面にころがった魔獣の片目に木片が突き刺さり血が流れていた。
「"森よ、木よ、花よ、葉よ。
我に従い、我に応えよ。
古き樹木の民が乞い願う"」
馬車から降りたライムが手にしている杖を掲げて詠唱すると呼応するように、或いは震えるように地面が揺れ始める。
「"即ち北北東の災いを縛る鎖となせ"」
掲げた杖を突き刺すように勢いよく振り下ろすと震えるように揺れていた地面がピタリと静まり代わりに勢いよく地面から何かが飛び出す。
地面から飛び出したものはその勢いのまま魔獣の回避を許さずに絡みついて拘束する。
よく見ればそれは木の根か太い蔦のようで、意思があるように魔獣を絡め取りぎゅうぎゅうと締め上げて動きを封じている。
「今です、勇者ナツ!」
「逃げるな、殺せ馬鹿!」
ライムの声にうん、と逃げ出そうとしたナツを木葉の鋭い声が牽制し足を止めたナツが無理だよぅ。と震える。
「この剣、抜けなくなっちゃったんだよ」
どうしようと泣き出すナツに泣くな。と木葉の怒声が飛ぶ。
抜けないなら鈍器として頭をかち割れという木葉の指示に袖で涙を拭ったナツが怒り狂い拘束から逃れようと暴れる魔獣へもう一度向き直る。
バチッバチッと音の鳴り光が弾ける角にナツが再び情けない顔で振り返るが木葉にかけられる圧にひぇ。と小さく悲鳴をあげてえぇい、とやけくそのように鞘に収まったままの大剣を構えて走り込み魔獣に向かって勢いよく振り下ろす。
「うわぁぁああっ!!」
追い詰められた顔で振り下ろしたナツの大剣はガッ、と鈍い音を立てて突き刺さる。
魔獣から数センチ手前の地面に。
「あ、あはは……も、もう1回……?」
背後のライムと木葉の溜息に目を開けて当たってないことを確認したナツが誤魔化すように笑うが直ぐに魔獣の雷撃が閃き、ナツを襲う。
「うわわわ、ごめん、ごめんって!!」
魔獣から連続で放たれる雷撃に悲鳴をあげながら逃げ回るナツの悲鳴が街道に虚しく響いた。