◆薔薇の国、黒薔薇の館、応接室①
「すっごい部屋だ……」
館に入るなり飛び込んできた金髪のメイドに汚れてる!と叫ばれてそのまま連行されて行った漆黒が見えなくなる寸前でした指示に従って案内してくれた褐色の肌の執事に促されるがままに部屋に入り、そのままソファに腰掛ける。
落ち着いたワインレッドに金の装飾のされたベルベット生地のふかふかのソファに馬車移動で固まった身体を解されるようでしっかりと身を沈めたナツだったが視線だけで部屋の内装を見てぽつりと呟く。
応接室として用意されているらしいこの部屋の床には毛足の長いソファとは色合いが異なる暗い赤色の絨毯が敷かれ、ソファに囲まれる形で黒い石でできたような見たことの無い光沢の机、同じ素材でできているであろう壁の棚にはシンプルな黒い花瓶が置かれ瑞々しい赤い薔薇が暗い色からピンクに近い色まで華やかに飾られ、窓には赤と黒のカーテンが掛かっている。
壁は黒色だが圧迫感がないようにだろうか、細かな石が混ぜられた塗料を使っているようで窓から入る光をキラキラと反射して部屋を奥まで間接照明のように照らしている。
全体的に黒と赤、差し色に金で統一された部屋は黒薔薇の館に相応しい調和を保っていた。
身体的にはちょっとだらけたいがそうさせない雰囲気に全員が緊張気味に座っている。
「長旅でお疲れでしょうから、ミルクティーを用意致しました。
どうぞ、お嬢様が戻られるまでまだ少し時間が掛かると思いますからおくつろぎ下さい」
執事の人がいつの間に用意したのか、柔らかい甘い匂いを湯気と共に立ち上らせるミルクティーとクッキーを出してくれる。
ティーカップも黒地に金のラインが入り、持ち手には真っ赤な薔薇の可愛らしい装飾がされていて、部屋との徹底的な調和というこだわりを感じて、地方の一介の領主でここまで揃えられるもの?と隣を見ると同じ事を考えていた様な顔のセンと目が合う。
センは港を持つ領地の領主の娘だ、そこらの地方の領主とは持ってる力が雲泥の差があるはずなのにこの顔という事は普通は無理、という事なのだろうと思ってどうなってんの。と頭の中で疑問を浮かべつつ紅茶を手に取る。
華やかで柔らかい、雨上がりの花のような香りの紅茶を口に含むと優しい甘さが広がる。
「おいしい……!」
甘いのにいつまでも口に残らないさっぱりした飲み口のミルクティーにびっくりして素直な感想がこぼれる。
「お口に合ったようで何よりです」
褐色肌の執事がにこやかに応える。
改めてちゃんと見たその顔は完成された美術品のようで欠点が何一つ見当たらない。
笑顔さえも美しく、神様が完璧な人間を作ったらこんな容姿をしているに違いないと思わせる程にキラキラと輝いていた。
少し離れた所でクッキーをかじっていたライムのまた手を上げましたねぇ。と言う言葉も耳からすり抜けていく感覚と共に執事の顔から目が離せなくて固まる。
「……おや、お嬢様がお戻りのようですね」
「…………ナイアー、遊ぶのは僕だけにしろと言ったはずだけれど?」
「つい、魔が差しました」
執事が視線を扉に向けた瞬間に魔法が解けたように体が動き、ドキドキする心臓と震える手からカップを落とさないようにそっとテーブルの上に戻すとノックもせずに扉を開けた先程とは違う服へ着替えた漆黒が後ろの長いスカートの裾を揺らしながら夜空色の髪の不機嫌そうな執事と先程攫って行った金髪のメイドを伴って戻って来るなり不機嫌そうにナイアーと呼ばれた褐色肌の執事を叱責するが当の執事は小さく肩を竦めてすみません、と軽く謝るに留めている。
「まぁ、いいわ
ナイト、僕にも紅茶用意してくれるかしら?」
1人がけのソファーへエスコートされて誰よりも優雅に腰掛けた漆黒の指示にナイトと呼ばれた夜空色の髪の執事がチッと派手に舌打ちして部屋から出ていく。
「なんて失礼なのかしら、まったくこれだから駄馬は」
舌打ちをして言ったナイトに金髪のメイドはやれやれと言うようにため息をつく。
「仕事してくれればなんでもいいわ。
それで……先に女王陛下の犬の用件から聞こうかしら」
前が短いスカートにも関わらず足を組み、肘置きに上体を預けるように頬杖をついた漆黒の長い靴下とスカートの間から覗く白い足からナツが目を逸らして顔を見ると片眼鏡をかけたやや幼い顔の少女がつまらなさそうな顔で壁際に控えて家具と同化していたガリウス達を見据えていた。