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住めば都の? 多悪霊荘

 ゆずりはさんが指さした先にあったのは、木造二階建てのアパートだった。風が吹くと何処からか、カラカラと乾いた音が聞こえる。

 何だろう、この哀愁漂う建物は? 

 所々ぼろぼろで、外灯もチカチカ点滅していて人が住んでいるというより霊的な何かが棲んでいそうな雰囲気がめちゃくちゃするんですが。


「ここが、俺の住居……ですか?」


「はい、多悪霊荘たおれそうと言います。『六波羅』が契約したアパートで、住居者は一名――つまり燈火君だけになりますね」


「………………」


「………………」


 無言になる俺と楪さん。

 なに、その今すぐにでも倒壊しそうなアパート名。なに、その人間以外のヤバい存在がいそうな漢字。


「――ちなみにチェンジは出来ないんですか?」


「ここ以外だと空いている物件が駅付近に限定されてしまうんです。残念ですが、難しいかと思います」


 申し訳なさそうに謝る楪さんであったが、別に彼女が悪い訳ではない。出来ればまともな所で寝泊まりしたかったが、雨風がしのげるだけマシと思うしかないか。


「燈火君なら大丈夫ですよ。昼間私が来た時には、電源を入れていないテレビが勝手について画面に古井戸の映像が流れたり、ゴミ箱が急に倒れたり、誰もいないはずの隣部屋から話し声が聞こえたり、窓の外に黒い人影が見えたりしただけですから。――寂しくないですよ?」


「………………」


 何を持ってして大丈夫なのだろうか? このアパートが呪われているかもしれないという疑いが確実なものになってしまった。

 楪さんが言うような、悪霊がいる事で寂しさを紛らわすという発想は俺にはない。

 彼女は俺に気を遣っているのか、それとも本気でそう思っているのだろうか?

 後者だったらヤバい。未だに楪さんは幾らか病んでいる可能性がある。


「楪さん、案内していただいてありがとうございました。もう暗いですし、家まで送りますよ」


「ありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですから燈火君はゆっくり休んでください。――それじゃ、明日もよろしくお願いしますね。お休みなさい」


「お休みなさい。気を付けて」


 楪さんは会釈をしてから中崎駅の方角へ歩いて行った。

 暗がりの中を女性一人で行かせるのは少々気が引けたが、彼女はここまでの会話の中で二級退魔師になったと言っていたので問題ないだろう。

 二級退魔師は国内で百人もいない精鋭クラスだ。普通なら、長年実戦経験を積んだベテランに与えられる階位にあたる。

 十代であるにもかかわらず、その域に達している楪さんの実力は計り知れない。能力が限定されている今の俺よりも彼女の方が強いと思う。


 ――さて、現実に戻ろう。

 俺の部屋は一階にある一〇一号室。そこの玄関ドアを照らすライトが点滅している。

 というかアパートの外側に備えられているライト全てが点滅している。

 俺が一〇一号室の玄関ドアの前に立つと、さらに点滅速度が上昇した。部屋に入る前から随分煽られているようだ。

 部屋の鍵をさしてドアを開けると、点滅していたライトが一斉に普通に戻った。どうやら今度は部屋の中で勝負をしようという事らしい。


 部屋に入り明かりをつけると天井のあちこちに怪しい札がびっしりと貼られていた。俺は除霊の専門家ではないので、この札にどれ程の効力があるのかは分からない。

 しかし、こうして目の前で部屋のものが勝手に動いたりしているところを見ると、少なくとも現在効果はないようだ。

 見るからに新品の照明が不規則に点滅し始める。俺が溜息を吐いていると、今度は隣の部屋からドンと壁を叩く音が聞こえ、続いてすすり泣く声が聞こえてきた。


「……そう言えば、楪さんが冷蔵庫に夕飯を入れておいたって言ってたな」


 怪現象を無視して冷蔵庫の中を確認すると、ペットボトルのお茶が数本と皿に盛りつけられた野菜炒めが入っていた。

 冷凍庫には冷凍食品がぎっしり詰まっていて、しばらく食事に困ることはなさそうだ。ありがとう楪さん。

 俺は冷蔵庫からラップが掛けられた、ボリュームたっぷりの野菜炒めを取り出した。キャベツ、ピーマン、玉ねぎ、にんじん、それに豚肉が入っている。

 これはどう見ても手作りだ。たぶん楪さんが作ってくれたのだろう。

 女性が、しかもあんな美女が作ってくれた手料理を前にして心が躍る。師匠や姉弟子は壊滅的に料理が出来ないからなぁ。

 昔あの二人が作った手料理と言う名の黒い物体を口にした事があるが、俺はその物体Xに意識を刈り取られ、次に目が覚めたのは丸一日経過した後だった。

 それ以降、あの二人には食事を作らせていない。『六波羅』にいる時は食堂で食べるか、必要があれば俺か春水もしくは兄弟子のげんさんが作っていた。


『ぐう~』


 ラップ現象が続く部屋で俺の腹の音が鳴り響く。

 新幹線で弁当を食べてから何も食べていなかったので、俺は腹がめちゃくちゃ空いている。冷凍の焼きおにぎりがあったので、それを主食にして夕飯といこう。

 野菜炒めを電子レンジに入れてスイッチを押す。

 すると、一瞬動くのだがすぐに停止してしまう。何度やっても結果は同じだった。

 この部屋に置いてある電化製品は全部新品だ。いきなり故障しているとは考えにくい。そうとなれば、この原因は間違いなく悪霊共だろう。

 空腹な今、楪さんの手料理を食べられるという楽しみを邪魔したこいつらが憎くてしょうがない。

 それに比べれば昼間に襲ってきた妖なんて可愛いもんだ。


「――いいだろう。お前らが戦争したいってんなら乗ってやるよ! 俺の専門は妖退治だからな。優しく成仏なんてさせてやれないぞ! 覚悟しろよ!!」


 こうして、普通なら一番気分が安らぐ自分の部屋で俺は悪霊相手に怒り狂う。

 結局俺が夕食にありつけたのは夜中を過ぎてからであり、これ以上やり合ったら建物が壊れるという事で、俺と悪霊たちの間に休戦協定が結ばれたのであった。

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