復活、白面金毛九尾の狐
俺は無意識に酒呑童子と自分を重ねて考えるようになっていた。どうしてそんな考えに至ったのかは自分でもよく分からない。
けど、俺には分かる気がした。妖と人間がお互いを傷つけず憎まずにいられる世界を目指した彼の気持ちが。
そんな理想の世界が現実になったと思った矢先、突然その世界を壊されてしまった無念さ悔しさが何故か分かるのだ。
「ぬ……ぐおおおおおおおおおおおお!!」
俺は力を振り絞って身体を拘束している妖樹の根を引きちぎろうともがき始めた。これは普通の木ではなく熊童子の妖力によって創られた妖の一種だ。
鉄のように固い拘束部を力づくで引きちぎっていく。その際、皮膚が裂けて至る所で出血する。それでも俺は構わずにもがき続けた。
そんな俺を見て熊童子は信じられないといった表情をしている。
『なっ! そんな事をすれば身体がズタズタになりますよ。馬鹿な真似は止めた方が賢明です』
「忠告ありがとうよ。でも俺止めないから! それとお前が昔話をしてくれたお礼に俺も思い出した話を一つしてやるよ。――あれは俺が六波羅炎刀流を学び始めた頃だった。その時、『六波羅陰陽退魔塾』の局長が俺に言ったんだよ。六波羅炎刀流の開祖は誰よりも悪を憎んで人を愛する人物だったって。俺もそんな人物に負けないように頑張れって言われた」
『…………』
「今思えば、じっちゃんは全部知っていたんだろうな。炎刀流の開祖が酒呑童子だったって。それでも敢えて俺にそう言ったのにはきっと色んな思いがあっての事だったんだと思う。正直まだ頭の中の整理が追いついていない。――それでも、確信できたことが一つだけあるんだ」
『それはいったい何なのですか?』
熊童子は怪訝な表情で俺を見ている。離れた場所では藻香が心配そうな顔で俺を見つめていた。
「平和を求めた酒呑童子の六波羅炎刀流を受け継ぐ者として、俺はこの技でこれからも戦い続ける。そして、人間と妖が殺し合う状況を作り出した羅刹って鬼をこの手で叩き潰してやる! この意志だけは絶対に俺の中で揺るがない!!」
俺は歯を食いしばって身体を拘束していた妖樹の根を無理矢理引きちぎって脱出した。両手両脚を始め身体の様々な所から出血して地面に滴り落ちていく。
魂式を練り上げ治癒力を高めて傷口を塞ぐ応急処置をした。
「はぁ……はぁ……よっしゃ、脱出成功! ざまぁ見ろ!!」
『ここまで驚いたのは久しぶりですよ。あなた……本当に馬鹿なんですね。下手をすれば自分の身体が千切れていたんですよ、分かっています?』
「そんなの知ったことか。こういう時は気合いと根性でだいたい何とかなるんだよ。――それよりも熊童子、お前はいったい何がしたいんだ? 藻香や酒呑童子、それに茨城童子の話をしている時のお前は穏やかな表情をしていたように見えた。けど、その一方で羅刹の名前を出した時のお前は、まるで親の仇を睨むような目つきをしていた。それなのにお前は今も『百鬼夜行』に所属している。矛盾だらけじゃないか!」
熊童子は俺の質問には答えない。それとも答えられないのか。だがそんなことを気にしても仕方がない。
こいつが腹の中に何を抱えているのか、そんな事を敵である俺に言うはずもないか。
『変わった人間ですね、あなたは。あなたを見ているとあの方を思い出しますよ。――それでは儀式を最終段階に移行しましょう』
熊童子が指を鳴らすと再び地面にいくつもの魔法陣が展開され、そこからキマイラが三体出現した。これでこの場には合計四体のキマイラがいることになる。
そいつらは藻香に狙いを定めて突っ込んで行く。俺も藻香の所へ駆けて行こうとしたがダメージで足がもつれて倒れてしまう。
「藻香ァァァァァ、逃げろぉぉぉぉぉぉ!!」
藻香は俺を見て一瞬悲しそうな表情をした後に呟いた。
「ごめんね、燈火。玖尾――白面金毛」
キマイラを押さえつけていた九尾が消えた直後、藻香が突然炎に包まれる。すると炎の中の魂式が爆発的に高まり、強大な妖力が出現するのを感じた。
炎が内部から爆発したように拡散すると火の粉の中に藻香とは違う人物が立っていることに気が付く。
その人物は藍色を基調とした優美な着物を肩や胸元が露わになるような感じに着崩していた。
露出した肌は陶器のように白く、腰まで伸びた金色の髪は風に揺れている。
頭には金毛の狐耳、腰からは九本の狐の尻尾が生えていて、その人物が人間ではないという事を主張していた。
その整った顔立ちは藻香の面影が強く、あと数年たてばきっとこんな感じに成長するのだろうと思った。
その美女から信じられないほどの妖力が放出され、彼女に襲い掛かろうとしていたキマイラたちが足を止めて様子を窺っている。
『素晴らしい……完全ではないにしろ玉藻前さまが復活なされた。よく見ておきなさい。かつて三大妖怪の一人として称えられた白面金毛九尾の力をね』
熊童子は涙ぐんでいた。その姿は心から玉藻前の復活を喜んでいるように見える。
俺は身体を起こしながら藻香を見る。現在の彼女から発せられている妖力は、俺が今まで戦ってきたどの妖よりも強力なものだ。
その力に圧倒されると同時に、その美しさから目が離せなかった。それにただ綺麗なだけじゃない。
自分でもよく分からないが、玉藻前の姿を見ていると懐かしさで胸が締め付けられるような感覚がするのだ。
「悪いけど一瞬で終わらせるわ。陸尾――流星火」
藻香の九本の尻尾のうち六本が赤く光ったかと思うと彼女が再び燃え上がる。
彼女を包んだ炎は巨大な九尾の狐の形状を取り、一番近くにいたキマイラに向かって突っ込んで行く。
炎の弾丸と化した九尾は突撃したキマイラを一瞬で燃やし尽くし灰へと還す。そして、その勢いは衰えず二体目のキマイラに向かって行く。
こうして瞬く間に四体のキマイラは消滅し、俺たちの目の前に九尾が下り立った。
すると九尾は消えて中から藻香が姿を現す。こうして近くで見ると、その現実離れした美しさに息を呑んでしまう。
昔話では玉藻前はその美しさで時の権力者を魅了したとあったが、自然と納得できた。
確かにこれだけの美女なら大抵の男は骨抜きにされるはずだ。今も昔も美女に対する価値観はそんなに変わらないらしい。