燈火VS熊童子
式武、緋ノ兼光に魂式を込めてすれ違いざまに斬撃を浴びせる。だが、その刃は熊童子には届かなかった。
熊童子の手が木の根のような姿に変化し緋ノ兼光の刃を受け止めていた。
木の根は急速に姿を変えていき木製の巨大な五本爪になった。
「なっ!?」
『私は植物を操るのが得意でね。特に身体の一部を木製の凶器に変化させて戦うのが主な戦闘スタイルなんですよ。――こんなふうにねっ!』
熊童子は刀を掴んで俺の攻撃を封じると、もう一方の腕も木製に変化させて俺の腹に拳を打ち込んで来た。
「かはっ!?」
細い腕をしているにも関わらず、凄まじい打撃が俺の身体中に響き渡る。胃の内容物が口から吐き出され一瞬意識が途切れそうになった。
『接近戦は得意ではないんですが、それでも伊達に千年以上存在してはいません。苦手分野でもこうしてあなた方と渡り合える程度には――強いですよ』
熊童子は俺の腹に腕を打ち込んだまま、近くの建物に俺を叩きつけた。壁が砕けて建物の中に吹き飛ばされた俺を追って熊童子が歩いてくる。
「かっはっ……がはっごほっ!」
腹に凄まじい痛みを感じ片手でその箇所を押さえながら俺は立ち上がって刀を構える。目の前には穴の開いた壁から建物の中に入って来る熊童子が見える。
周りを見回すといくつものテーブルや椅子が陳列されている。テーブルや床の上には飲みかけのコーヒーカップが無造作に置かれたり割れたりしている。
元々はカフェだったのだろう。大勢の人が今朝もいつもと同じようにここでコーヒーや紅茶を飲んでいたはずだ。
そんな当たり前の日常がいきなり壊された。床や壁からは植物のツタが建材を突き破って出てきている。
『残念ですが玉藻前さまの所には行かせません。儀式が終わるまで、あなたの相手は私が務めさせていただきます』
熊童子は『百鬼夜行』の幹部の一人だ。さっきの攻撃でその戦闘力の高さが嫌というほど分かった。
こいつを出し抜いて藻香を助けに行くことは不可能だろう。
――それならば、やることは一つしかない。
「藻香を助けるためにはお前を倒すしかないみたいだな。ならば、『六波羅陰陽退魔塾』一級退魔師、式守燈火――参る!!」
魂式を最大に練り上げ身に纏い、それと同時にカフェに侵入してきた熊童子に向かって行く。
『正面から突撃ですか。無謀な』
敵は左手から無数の木の根を出現させて鞭のように振ってくる。俺は高速移動術の縮地で横に逸れて回避し壁を蹴ってヤツの後方に回り込む。
こちらの動きに反応した熊童子が再び木の鞭で攻撃をしてきたので、俺は再び縮地で回避し壁、床、天井を次々と蹴って店内を縦横無尽に移動しながら隙を窺う。
『逃げ回っているだけでは時間が過ぎていくだけですよ。そんな調子ではいつまでたっても玉藻前さまに加勢することは出来ませんね』
余裕を見せる熊童子に一瞬隙ができた。俺はそこにある仕込みをして攻撃を仕掛ける。
攻撃が手薄になった熊童子の後方から高速で接近する。もう少しで間合いに入るというところで地面から出て来た植物の触手に身体を貫かれた。
『愚かな……隙を見せたのはわざとですよ。まんまと罠にかかりましたね』
「そうかよ。でも騙し合いは俺の勝ちみたいだな」
熊童子に貫かれた俺の身体が発火し周囲の植物と熊童子を巻き込みながら爆発を起こす。
カフェのフロアだけでなくその上階も爆発によって吹き飛び熊童子は建物の上側から外へと脱出した。
『くっ、今のは偽物か!?』
「正解!!」
熊童子の後ろに回り込んだ俺は驚きながら振り返ったヤツの顔面に魂式を込めたパンチをお見舞いする。
「六波羅炎刀流、壱ノ型改――紅蓮赤光ォォォォォォォォォ!!」
『ぶはっ!』
顔面を炎の拳で殴られた熊童子は勢いよく落下すると、地面にぶつかる直前で体勢を立て直して着地した。
その間に俺は先回りして着地した直後の熊童子に肉薄する。
「まだ終わりじゃない! 弐ノ型改――火燕連脚!!」
両脚に炎を纏わせ連続蹴りを敵の身体中に叩き込む。そこから頭上に跳び上がり、緋ノ兼光に魂式を集中させ刀身から火柱が噴出する。
「陸ノ型――鬼火斬りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
巨大な炎の斬撃を頭上から熊童子に放ちヤツごと地面を斬り燃やしていった。一面が炎に飲まれ敵の気配が消えたので俺は藻香の所へ急いで向かった。
魂式と妖力の気配を察知しそこに到着すると、キマイラ型の妖と戦っている藻香がいた。彼女の姿を見て俺は息を呑んだ。
藻香は巫女装束を模した破魔装束を着ているのだが、その上半身の白衣が真っ赤に染まっていた。
それを見て藻香が大量に出血していることが分かる。表情も険しく状態が芳しくないことは一目瞭然だ。
「藻香! 待ってろ、俺が今行くから!」
「――燈火、後ろ!!」
俺に気が付いた藻香が叫び、後ろを振り向くと離れた場所に熊童子が立っていた。
ヤツを視界に入れた直後、真下からおびただしい数の植物が飛び出し俺の身体を覆っていく。
その最中、両手両脚が何かに拘束され身体の自由がきかなくなる。
視界が開けると俺は巨大な木に埋め込まれるような状態になっており、四肢や体幹部に木の根が絡みつき動けなくなっていた。
「何だこれ。くそっ!」
魂式を集中して木を燃やそうと試みるも全く燃えない。それどころか身体からどんどん力が抜けていく感じだ。
脱出しようともがいているとすぐ側に熊童子がやって来て俺を興味深そうな表情で見ている。
『さっきの変わり身の術には驚かされましたよ。私としたことがうっかりしていました。六波羅炎刀流の伍ノ型、不知火――体内で練り上げた魂式を爆発的に開放し身体能力を向上させる技。さらに身体から放出した炎で自らの変わり身を作り、攻撃してきた相手を巻き込み炎上することも可能……でしたね。一瞬で変わり身を作って入れ替わっていたとは、中々にお見事でした』
熊童子が不知火の特性を正確に把握していたのを聞いて俺は動揺した。そんな俺の心情を見透かしたかのようにヤツは得意げに語り始めるのであった。