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炎陽の退魔師~炎の刃を振う少年は白面金毛九尾の少女と共に妖怪を狩る~  作者: 河原 机宏
第ニ章 東京樹海

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百鬼夜行の目的

 藻香は熊童子との会話で疑問をぶつける。


「それにしても合点がいかないわ。いくら『陰陽退魔塾』の存在があったとしても、あなた達の力ならもっとこの国を戦乱の絶えない状況に持っていくことも可能だったはずよ。あれから千年が経過していることを知って私が最初に思ったのは、この国は平和過ぎるということだったわ。それに大都市一つを樹海化させるなんてまどろっこしい手を使わなくても、もっと単純なやり方で壊滅させることも出来たはず。それだけの数の妖が今ここに集中しているわけだし」


 確かに藻香の言う通りだ。俺たちがこの短時間で戦っただけでも百体近くの妖がいた。今の『東京』にはその何倍、いや何十倍もの数の妖がいてもおかしくはない。

 それだけの戦力があれば、わざわざ樹海化させなくても十分にここを壊滅させることが出来たはず。

 熊童子は薄ら笑みを浮かべながらその問いに答える。


『かつて大妖怪と称されたあなたなら容易に想像がつくでしょう。我々妖は人間の負の感情により生まれます。単純な殺戮行為は負の感情を煽り荒魂あらみたまの活性を促進するでしょう。ですがそれは刹那的なものです。一方で今回のようなケースの場合、異常が起きた地域以外にも不安を煽り長期的かつ広範囲から負の感情を得ることができるんです。その方が効率がいいんですよ』


「人間を生かさず殺さず荒魂を活性化させるための道具として効率よく利用しようというわけね。頭が切れるあなたらしいやり方ね。それでこの街の人々は何処に行ったの? その考え方なら無差別に殺したりはしていないのでしょう?」


 熊童子と会話を重ねるうちに、藻香が俺の知らない存在になっていくような気がした。今の彼女は玉白藻香ではなく玉藻前として敵と語り合っているのだろう。

 そんな藻香に睨まれながら住人の安否を訊ねられた熊童子は「ふふっ」と楽しそうに笑うと問いに答える。


『勿論この大都市の住人を全滅させるような愚行はしていませんよ。ただ、より確かな恐怖を彼等に植え付けるためにそれなりの人数は犠牲になっていますがね。この『東京』には避難に適した大型の建物がいくつも点在しています。そのような場所に逃げ込んだ人間に対しては必要以上に襲うことはしないよう配下の妖に命令しています』


「それは裏を返せば、逃げ遅れた人々は容赦しないってことだろ。……ふざけるな!」


 熊童子の人を馬鹿にした態度に段々苛ついてくる。刀を握りしめる手に自然と力が入ってくる。

 そんな俺の動きを眺めると、さっきまで薄ら笑いを浮かべていた熊童子の表情が真剣なものに変わった。


『避難区域に避難しなかった人間の多くがこの街で何をしていたか分かりますか? 彼等はもぬけの殻になった家屋などに侵入し金銭や食料を略奪し、避難し遅れたか弱い同胞を貶めるような行為に及んでいたのですよ。そんな非道な行いがたった半日でいくつも起きているんです。我々が捕食したのはそういうクズがほとんどです。人道的に生きる人々からすれば感謝される行為ではありませんか?』


「殺戮を正当化するつもりか。ふざけんな!!」


『勘違いをしてもらっては困ります。これは殺戮ではなく選別ですよ。我々妖にとって質の良い負の感情を提供してくれる者を生かし、そうでない者を捕食する。妖が生きるのに困らない環境を整えているだけです。――これはあなた方人間が日常的に行っている行為と同じなのですよ』


「どういう意味だ?」


 熊童子は遠い目をしながら空を見上げ俺の質問に答えるのだった。


『人間は豊かな生活を維持する為に衣食住の環境を整えているでしょう? その中で〝食〟に関しては、牛、豚、鶏などを始めとした食用の家畜を飼育しています。我々が実現しようとしていることは、言わば人間の〝飼育〟なのですよ』


「――なっ!?」


『自らを霊長類だと言い、他の生物を自分たちの生活のために管理支配している。それが人間という生物の本質です。ならば、人間より強靭で優れた存在である我々が人間を管理支配したところで文句は言えないでしょう。あなた方はそれと同じことをずっと続けてきたのですから。それに比べれば人間の行動に制限を設けていない我々の方が人道的と言えるではありませんか?』


 言葉が出なかった。この話を聞いて人間の一人としてとても認められる内容ではない。けど、種の生存競争の観点で言えばこいつの言う理論も筋は通っているのかもしれない。

 俺が言い淀んでいると藻香が一歩踏み出し熊童子を一瞥いちべつする。


「それが今の『百鬼夜行』の目的というわけね。――あの頃の……本来の思想とは随分かけ離れた組織に成り下がってしまったようね」


 そう呟いた藻香はとても寂しそうな、それでいて残念そうな表情を見せる。

 彼女のそんな表情を見た熊童子は俯き、数秒程してから顔を上げると冷淡な表情を浮かべながら妖力を高め始めた。

 すると熊童子付近の地面に魔法陣のようなものが展開され、その中から一体の妖が姿を現す。

 そいつはライオンの身体に巨大なコウモリのような翼を有し、尻尾は蛇といった姿をしていた。


『ギリシャ神話に登場するキマイラという怪物はご存知ですか? これはそれを模して私が創り上げた妖です。通常の妖よりもパワーもスピードも耐久力も段違いに高い怪物に仕上がりました。玉藻前さまには是非このキマイラと戦っていただきたい』


 この怪物からは異常な妖力を感じる。恐らく上級の鬼と同等かそれ以上の力を持っているはずだ。

 そんな化物と藻香を戦わせるわけにはいかない。俺は藻香の前に立ってキマイラに刀を向ける。


「そんなことさせるか。その怪物は俺が倒す。藻香は下がって――」


 次の瞬間、俺の顔に何かが張り付いたと思ったら身体がその場から吹き飛び遥か後方の建物に思い切り叩きつけられた

 身体がコンクリート製の壁にめり込み、その衝撃によって上から瓦礫が落下してくる。

 視界が定まると目の前に熊童子が立っているのが分かった。俺の顔面を鷲掴みにしているのはヤツの手だ。

 細い腕をしているのに何て力だ。このままでいると頭を握りつぶされるかもしれない。

 刀を振って反撃しようとすると、俺の意図に気が付いたのか熊童子が後方に跳んで距離を取った。

 

「――つっ!」


 さっきまで物凄い力で掴まれていた上に建物に叩き付けられたのもあって頭が痛い。額に触れると血液が付着する。

 掌に付いた血を破魔装束で拭うと目の前に留まったままの熊童子に刀を構える。


「燈火ッ!!」


 俺のもとに藻香が駆け寄ろうとするが、俺たちの間にキマイラが立ち塞がり藻香に跳びかかる。

 藻香は炎の妖狐――九尾を出現させて応戦し始めた。

 その様子を横目で見ていた熊童子は視線を俺に戻し妖力を高めていく。


『邪魔をしてもらっては困るんですよ。これは大事な儀式なのですから』


「何が儀式だ、ふざけるなっ! とっととお前を倒して藻香のところに行かせてもらう!!」

 

 俺はその場から飛び出し熊童子に向かって行った。

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