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燈火と藻香と熊童子


 俺と藻香は東側に迂回しながら帝都ホテルを目指すルートを辿っていた。

 『東京二十三区』は半日で樹海と化し大量のあやかしが溢れる場所になっていた。皆と三手に分かれて一時間以上が経過していた。

 その間に遭遇、討滅した妖は五十体を超えていた。どれも雑魚と呼べる程度のものだったが、これだけの数が狭い範囲に集中しているのは俺も初めて経験する事態だ。

 それが日本の首都で起こったのだから異常事態と言える状況だろう。


「藻香、大丈夫か。そろそろ一旦休もうか?」


「私なら問題ないわ。それにどうも身体の調子がおかしいの」


 藻香が自分の掌を眺めながらぽつりと呟く。俺が見た感じ特に体調が悪いようには見えない。

 むしろここまで来るのに彼女の援護攻撃は威力もタイミングもどんどん洗練されてきたように感じる。

 俺の表情から心配されていると思ったのか、藻香が慌てて続きを話した。


「あ、ちょっと言い方が悪かったわね。調子がおかしいって言っても、状態が悪いわけじゃないのよ。それどころか、自分の中で力が増していくような感じがするの。実際に九尾の炎の威力が上がっているし、遠くにいる妖の妖力も正確に察知できるようになっている。まるでどんどん昔の――白面金毛九尾の頃の感覚に近づいていくような感じがするのよ」


 俺が感じていた彼女の変化は気のせいでは無かったらしい。改めて周囲に気を張りめぐらせるとある事に気が付く。


「そう言えば、この樹海の中は大気中の妖力が濃くなっているな。もしかしたら藻香の中の九尾の力が周囲の妖力と反応しているのかもしれない。もし、調子が悪くなるようなら言ってくれ。その時は無理せず師匠たちのところに直行しよう」


「うん、分かったわ。ありがとう、燈火」


 藻香が柔らかい笑みを向けてくる。その屈託のない笑顔にどきっとするが今は緊急事態だ。敵がいつ襲って来ても不思議じゃない。任務に集中しなければ。


「どうしたの、急に真剣な表情になって?」


「危険な任務中なんだ。今、真剣にならなくていつ真剣になるのさ。それじゃ、少しペースアップして行こう!」


「了解!」


 その時、前方から何十体もの妖力が近づいてくるのを感じた。強い妖力も弱い妖力もお構いなしに一斉にこっちに向かってくる。

 俺はそこに違和感を覚えていた。強い妖なら俺たちに向かって来てもおかしくはない。けれど、弱い妖は基本的に自分より強い相手に向かって行くことはない。

 しかも、下手をすれば弱い妖は強い妖に捕食、吸収されてしまうことも珍しくはない。

 それらが一斉に向かって来るということはまずありえないのだ。


「藻香……どうも敵の動きが怪しい。十分注意していこう」


「ええ、分かったわ。私がしっかり援護するから燈火も無茶しないでね」


 お互いに頷き合い、俺たちは向かってくる大量の妖を迎え撃つ。

 緋ノ兼光に魂式を集中し視界に入る敵を次々に斬り裂いていく。後方からは藻香が九尾の炎で援護してくれている。

 妖たちが横並びになり俺を取り囲むように展開してきた。普段は無秩序に暴れまわる連中が戦術的な動きをしてくることに一瞬驚くが、それでも問題はない。

 全身の魂式を高め、発生させた炎を広範囲に展開する。


「俺を囲めば何とかなると思ったか? その答えを教えてやるよ。六波羅炎刀流奥義、しちノ型――煉獄れんごく!!」


 周囲に放った炎が次々に妖の群れを飲む込み燃やし灰にしていった。

 その範囲から逃れた敵が頭上から俺に向かってくる。


「そうはさせないわ。肆尾しび――跳ね火!」


 藻香が放った無数の火の玉が不規則な軌道を描いて空中にいた妖の群れを次々と燃やしていった。

 こうして数十体の妖は二分足らずで灰と化した。敵が全滅したのを確認すると俺と藻香は近づいてハイタッチをするのであった。


「よっしゃ、やったな!」


「ええ、この調子ならどんな敵が来たって――」


 満面の笑みを見せていた藻香の表情が見る見る青ざめていく。その直後、俺の背後から異常な妖力を感じた。

 まるで極寒の海中に投げ込まれたかのような寒気がする。急いで後ろを振り向くと、半壊したビルの屋上に人影が見える。

 年齢は二十代前半ぐらいの中性的な顔立ちをした人物だった。だが、こいつは人間ではない。

 こいつから感じるのは今まで戦ってきた敵とは桁違いに高い妖力。つまりこいつは妖だ。

 その妖は屋上から飛び降りると俺たちの目の前にふわりと着地した。その身のこなしだけでこいつが普通の人間ではないということが分かる。


 その妖は微笑むと優し気な声で語り掛けてきた。その対象は藻香だった。


『お久しぶりです、玉藻前さま。千年ぶりですね』


「……久しぶりね、熊童子。まさかあなたがここにいるとは思わなかったわ」


「熊童子だって!? こいつが――」


 熊童子――『百鬼夜行』の首魁である酒呑童子の右腕的存在で知将として知られている。

 『百鬼夜行』が組織された当初から今まで千年以上にわたり存在している鬼だ。連中の幹部クラスの中でも重要な立場にある鬼がどうしてこんな最前線にいるんだ。

 だが、これはチャンスだ。今ここでこいつを倒せば連中の勢いをかなり削ぐことが出来るはずだ。


「くっ――」


『そんなに戦い急がなくてもいくらでも相手をしてあげよう。でも、今は懐かしい人物と会話をさせてくれないかな?』


「なんだと!?」


 熊童子は真っすぐに藻香を見ている。藻香もまた苦々しい表情をしながら熊童子を見つめ返していた。

 先に口を開いたのは熊童子だった。


『さっきの質問に答えますね。私がここにいる理由――それは我々の実験成果を現地で確認するためですよ。人間も何かを試作したらそれが想定した性能を持っているか調べるでしょう? それと同じです』


「それはつまり、この『東京二十三区』を樹海化させたのはあなたの仕業ということでいいのかしら?」


『正確には『百鬼夜行』ですよ。私一人でこんな大それたことは不可能です』


「それはどうかしら? あなたは以前から頭が良かったし、この千年の間にどれだけの仕込みをこの国に対して行ったのか想像もつかないわ」


 藻香は熊童子を睨んだまま会話を続けている。ここまで怒気をはらんだ彼女を見るのは初めてだ。

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