風の白虎
戦いの中で昂りを見せる烏天狗の鷹丸。その一方で美琴は冷静に現状を把握していく。
(さすがは天狗というところか。風を扱わせれば右に出る者はいないと言われるだけの事はある。――せやけど、うちかて六波羅風刀流の免許皆伝者や。そう簡単に負けるわけにはいかんな)
美琴は再びその身に風を纏うと、薙刀系の式武――風音骨喰に風を伝わせていく。彼女から只ならぬ魂式と戦意を感じ取った鷹丸もまた、この時間を己を高める為に使い妖力が膨れ上がっていく。
先に動いたのは美琴の方だ。薙刀に集中させた風を刺突攻撃として繰り出していく。
「六波羅風刀流、弐ノ型――風雅ッ!」
鷹丸は鋭い突きを躱し一気に接近しようとするが、間合いに入られる前に美琴は連続で風雅を繰り出し敵を自分から引き剥がす。
『風の技を連続で繰り出すか……ならば!』
鷹丸は接近が難しいと判断すると遠距離戦に切り替え、ヤツデの葉剣から風の斬撃波を美琴に向けて何度も放つ。
空中で二人の風の技がぶつかり合い、その余波がコンクリートの地面や建物を傷つけていった。
「……これじゃ埒があかんな。それにあんた一人にいつまでも手こずっているようじゃ弟弟子たちに示しがつかんし。――あんたには悪いけど、一気に決めさせてもらうわ!」
美琴は攻撃を止めて一旦距離を取ると先程までとは比べ物にならない魂式と風を発する。その予想を遥かに上回る力に鷹丸は驚き目を見開いた。
『なっ……何だこの風は。これではまるで……』
「――あんたに面白い話をしたるわ。六波羅風刀流は当時人間側に協力していた天狗が編み出し伝授したものとされてるんよ。つまり、この技を使いこなす者は天狗と同等に風を操る力を持っているという事になる」
美琴から放たれる風が一層強くなり、彼女を覆うように集まっていく。そしてそれはまるである生き物のような姿を取るのであった。
『あれはまさか……虎? 風で構成された……白い虎……だと!?』
「その通り。これからうちが繰り出すのは五神と呼ばれる五体の霊獣を模した技の一つ。――うちの本気にあんたが耐えられるか否か、確かめてみよか」
おぼろげだった風の虎は完全に実体化し美琴を包む。彼女の目がカッと見開かれると薙刀を前方の敵に向けて風の霊獣を突進させた。
「これで決めるっ! 六波羅風刀流奥義、捌ノ型――白虎三管ッッッ!!」
『くっ、うおおおおおおおおおおおおおおお!!』
鷹丸は迫りくる風の白虎に向けて雄叫びと共に風の刃を何度も打ち込む。しかしそれらは簡単に弾かれ霧散していった。
『俺の風が……屈服した……だと!?』
「うちにしてみれば、そんなものそよ風にすぎんわ……これがうちの風やっ!!」
式武、風音骨喰を振り下ろすと同時に白虎は爪と牙で鷹丸を斬り裂き体当たりで弾き飛ばした。
『がはああああああああああっ!!』
風の霊獣の猛攻により一瞬で戦闘不能になった烏天狗の若者は、血しぶきを上げながら空高く舞い上がり脱力した状態で地面に勢いよく激突した。
地面に落下した鷹丸は全身血だらけで白目を剥いたまま仰向けに倒れ勝負はついたのであった。
白虎は風と共に消え去り美琴は満身創痍の鷹丸の近くまで来て彼を見下ろす。
「どうやら息はあるみたいやね」
『ぐ……うう……殺せ……』
意識を取り戻した鷹丸は自分がこれ以上戦うことは出来ない状態だと悟ると美琴に止めを懇願する。
『お前のような強者にやられるのなら本望だ。さあ、止めを刺してくれ』
「お断りするわ」
『な、なんだと!?』
美琴は「ふぅ」と溜息を吐いて呆れた顔をすると膝を曲げて目線を彼に近づける。
「ずっと気になっていたんやけど、あんたからは血の匂いがしなかった。人間には手を出していないようやね」
『俺の目的は強者だけだ。戦闘力の無い者に用はない』
「そっか……あんたは本当にどうしようもない戦闘バカのようやね。でも一線は超えない理性はあるようや。そんならほっといても一般市民に害はないやろ」
『俺を生かしておけば傷が癒えた時、再びお前を探し出し戦いを挑むぞ』
鷹丸が睨むと美琴はニヤリと笑いながら彼を見下ろす。
「ふ~ん、それならうち以外の人間には全く問題ないか。――それじゃ、傷が癒えたらまたうちに向かってくればええよ。そしたらまた返り討ちにしたるわ」
『なっ……!』
「あんたはただ純粋に強さを求めているだけやろ。それが何というか、うちの弟弟子と似てるんよ。男の子がそういうふうに頑張っている姿ってうちは好きよ」
『男の子だと!? 俺は既に百年以上生きている。人間の小娘であるお前に子供呼ばわりされる筋合いはない』
「へぇ、そうかそうか百歳以上なんか。『僕は最強になるんだ』なんて言ってるからてっきり三歳児くらいかと思っとったわ、かんにんな。でもまあ、精神年齢は低そうだからええやろ。とにかく傷が癒えたらもうちょい強くなって挑んで来ればええよ。そん時はお姉さんがまた相手してあげるわ」
美琴は悪戯っぽく笑いながら鷹丸の嘴を人差し指で軽く弾くと立ち上がる。
「じゃあね、頑張りなボク君」
背中を向けながら手をひらひらさせて彼女はその場を去って行った。ダメージで身動きが取れない鷹丸は、倒れたまま彼女の背中をいつまでも見つめていた。
かろうじて動く手で美琴に弾かれた部分に触れてその身を震わせる。身体は熱を帯びて胸の音がドクンドクンと激しくなっているのを感じる。
『こんな感情は初めてだ。風花美琴……次は絶対に俺が勝つ……そして……そして……俺はお前とくないでみせるぞ!』
「!? なんや……急に寒気が」
鷹丸を倒し帝都ホテルを目指す美琴は突然背中が寒くなるのを感じていた。
これからの後、鷹丸は幾度となく美琴の前に現れ決闘と婚姻を求めて来るようになるのだがそれはまた別のお話。