異変の始まり
美琴に散々いじられてへとへとになった藻香と楪が回復すると、彼女たちは湯船に浸かりながら女子トークを始めた。
「本当にひどい目に遭ったわ」
藻香は両腕を交差させて胸をガードしつつ、非難の目を美琴に向ける。それを向けられた本人は笑いながら謝るのであった。
「申し訳なかったわぁ。最初はちょっとイタズラして終わらせよう思うたんやけど、二人の反応が可愛すぎたんで夢中になってしもうたわ。――でも、中々に良かったやろ?」
「う……くぅ~」
「ぐすぐす……あんなことされて私、もうお嫁に行けません」
悔しがる藻香とさめざめと泣く楪を見て、粗相を働いた張本人は悪びれる様子はこれっぽっちもなかった。
「そうなったら、うちの所に来ればええよ。面倒見たるわ。あんたらは放っておいたら悪い男に掴まりそうやからなぁ。――楪は優しい性格に付け込まれて、悪い男の愛人にされそうやし、藻香は強気の性格をポッキリおられて従順な性奴隷にされそうだし――うちは心配やわぁ」
「出て来るの最低な男ばっか! ってか、なによ性奴隷って。そんな想像をする美琴さんのほうが怖いわよ」
「美琴でええよ。年齢もそんなに違わないし、お互い〝さん付け〟なしの方が気軽でいいわ」
「私はやっぱり〝ちゃん付け〟で呼びたいのでそうしますね」
「楪はそういうところ、ほんと融通きかへんな。まぁ、それはそれでええけどな。――ところで、あんたら燈火に気があるようやけど、あの熱血バカのどこに惚れたんや?」
「「ぶはっ!」」
突然の言葉のボディブローに二人の乙女はむせ込む。
そんな反応に構わず自由な美琴は更に突っ込んだ質問をするのであった。
「さっき藻香は部屋でノーブラしとったけど、あれって燈火へのアピール全開やったろ。微妙に春水からは見えない位置取りして……。それに楪も話を聞く限りでは藻香と同じように日常的にアピールしとったらしいからなぁ」
「だ、誰からそんな話聞いたんですか?」
慌てふためく楪は顔を真っ赤にして美琴に迫る。すると、しれっとした顔で答えを聞かされる。
「誰がって、そんなの一人に決まっとるやろ。藻香のお婆ちゃんの吉乃さんや。あんたらのやってきた事はばれてないと思てるかもしれへんけど、あの人は全てお見通しやで。そんでもって、燈火との仲が全く進展しないんで呆れておったわ」
「お婆ちゃん……」
「恥ずかしいですね」
全てを吉乃に見透かされていた藻香と楪は羞恥心でいっぱいになりながらうな垂れる。その視線の先には湯船に浮かぶ豊かな双丘があった。
「あんたらが如何に巨乳ノーブラ谷間チラをしようがパンチラしようが、燈火には効果薄いで」
「えっ、なんで!?」
「どういうことですか!?」
「妖の中には幻術で精神攻撃をしてくるヤツもいるやろ。それに対抗する為に煩悩に対抗する修行をしてるんよ。特に男っちゅう生き物は色仕掛けに弱いから、そこんとこ徹底的にやってるんや。せやから燈火も色仕掛けに対し鋼の精神で耐えられるんよ。――つまり、あいつをその気にさせたかったらストレートに一発決めるしかないわ」
「ストレートに一発って、それはいくらなんでも」
「そ、そうですよ、いきなりすぎですよ! そういうのはもっと段階を踏んでからじゃないと」
「いやー、うちからしたらノーブラ胸チラとかパンチラをやるのも相当アレやけどな」
「「――うっ!」」
こうして女子トークが盛り上がった三人はちょっとのぼせながらお風呂から上がった。
美琴は居間でくつろぐ燈火を見て藻香と楪を不憫に感じた。
(きっとこいつは今までこんな感じでのんびりやって来たんやろな。こんな極上の娘二人と一つ屋根の下に住んでおってこの体たらくとは……こんなことになったんは修行のエロ耐性だけってわけじゃないな)
自分をジッと見下ろす美琴の異様な雰囲気を感じた燈火はたじろぎ、姉弟子は深く溜息を吐く。
「このへたれ」
「ええっ、何でいきなり悪口言うの?」
こうして、平和な夜は何事もなく更けていき朝を迎える。
玉白家はいつもと同じように全員がテーブルについて朝食を摂っていた。テレビではニュース番組が今日の天気予報を告げている。
「楪さん、そこの醤油をください」
「はい、どうぞ」
「燈火、胡椒ちょうだい」
「はいよ」
朝の食卓で自然に交わされる、燈火、藻香、楪のやり取りを見て美琴は額に手を当てていた。
「――あんたら、なんやそれ。恋人とか新婚を通り越して熟年夫婦の領域に達してるやないか。昨晩心配したうちが馬鹿みたいや。もう、あんたらの恋愛相談には絶対にのらん」
その時、突然地震が発生した。家具がカタカタと音を立て揺れている。その間テレビでは混乱するスタジオの様子が映し出されていた。
テレビスタッフたちの悲鳴が響き、画面に大量の植物が広がっていく様子が広がっていく。
その直後プツンと音がなり不通になってしまった。
「これって――」
揺れが治まり食卓に沈黙が広がる中、藻香が口を開きかけると電話の着信音が鳴った。美琴がスマホを取り出して電話に出る。
「はい……はい……了解しました。ではそのように」
通話が終わりスマホをしまうと美琴は真剣な表情で状況説明を始める。
「今、『六波羅』から連絡があった。さっきの地震の震源地は『東京』。詳しい状況は不明やが、都内全域に大型の植物が大量発生したらしい。現在、帝都ホテルに滞在している局長たちとは連絡が取れんらしい。テレビ放送も繋がらんことを考えると都内で電波が届かん事態に陥っていると思われる。『六波羅』は現状を鑑みて、現場に近い場所にいるうちらに現場入りを指示してきた。これにより風花美琴、氷室春水、式守燈火の一級退魔師三名と武藤楪二級退魔師、玉白藻香の二名を加えた五名は予定任務を中止し、直ちに『東京』に向かい局長たちと合流して臨機応変に現場対応することになる。非常に危険な任務になるが、『東京』にいる都民全員が危険に晒される状況や――急いで仕度して現地入りする。以上や」
「美琴ちゃん、それってつまり妖がらみってことね」
「少なくとも『六波羅』はそう見てる。実際、こんな大それたことをするのは『百鬼夜行』の可能性が高いってことや。それじゃ、急いで上京するで!」
美琴の指示のもと、燈火たちは『東京』に向かう。そこには本来の大都会とはかけ離れ、妖の闊歩する地獄と化した樹海が広がっていた。




