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局長と秘書

 ――それから数時間後。京都六波羅にある『六波羅陰陽退魔塾』。

 『六波羅』内の建物は全て和風の屋敷で統一されている。その中でも、『六波羅』の中枢である局長屋敷は最も規模が大きく、局長の住まい兼仕事場となっている。

 さらには局長の護衛役の部屋も多数備えられており、この建物そのものが難攻不落の要塞と化している。

 そんな要塞の中を藍色の破魔装束に身を包みさっそうと歩いて行く女性の姿があった。

 彼女の破魔装束は下がタイトスカートになっており、すらりとした長い脚が際立っている。

 実際、仕事中であるにも関わらず何人もの男たちが彼女の脚線美に目を奪われていた。

 彼女の髪はブラウンのロングヘアで眼鏡の奥にある切れ長の目からは気の強さと知性の高さを感じさせる。

 そんな彼女――局長秘書の土方ひじかたうらら、二十五歳は局長室に向かっていた。目的地に到着し木製のドアをノックする。


「局長、土方です」


「おお、土方君か。入りなさい」


「失礼します」


 土方が部屋に入ると、巨大な事務机の奥で白髪の老人が大量の書類に目を通してから判を押していた。

 この老人こそが『六波羅陰陽退魔塾』局長、近藤こんどう総一郎そういちろうである。

 『六波羅』の局長は全退魔師と陰陽師の頂点に位置する存在であり、日本という国を妖の脅威から守護する立場上政界にも多大な影響力がある。

 『陰陽退魔塾』は国の管轄下にある組織であり、彼らが任務を行う際には国がメディアに働きかけるなどして秘密保持を行っている。

 そうして『陰陽退魔塾』は国を守る影の組織として千年以上もの間、荒魂の生み出す怪異と戦ってきた。


「土方君、お疲れさま。急ぎの書類があるからこのままで失礼するよ」


「分かりました。近藤局長、今朝ここを出発した式守一級退魔師の件なのですが」


 近藤は書類を処理しながら「ああ、その事か」と呟く。


「東京から中崎行きの列車内で妖と遭遇、これを討滅した件だろ? まさに、それ関係の書類を今処理しているところだよ。本当に燈火はしょっちゅうこういうトラブルに巻き込まれる。妖を引き寄せる特異体質と言ってもいいくらいだよ」


「その特異体質の持ち主から先程連絡が入りました。無事に中崎市に到着したとのことです」


 それを聞いて近藤は安堵の表情を見せる。そんな彼に土方は自分のスマホを見せるのであった。

 クールを絵に描いたような彼女ではあるが、スマホには可愛いクマのキャラのストラップが付いており、その意外性に近藤は戸惑っていた。


(土方君って案外こういう可愛いのが好きなのかな? え、これツッコんだほうがいいの? そんなことしたらパワハラで訴えられたりするの? ――よし! スルーしよう)


「近藤局長、これから再生する動画は既に削除されてはいますが三十分ほど動画投稿サイトで配信されていたものです」


「――え?」


 ポーカーフェイスの秘書が淡々と説明する中、近藤は嫌な予感がするのであった。

 そんな複雑な面持ちの中、土方のスマホに時間にして数秒の動画が再生される。

 近藤と土方が見つめる画面の中では、黒い袴姿の男性が両手で顔を隠しながら列車内の通路を疾走していく姿が映っていた。


「これ――燈火じゃん!! 何やってんの、あのバカは!?」


「妖を討滅後、座席に置いておいた荷物を回収しに戻った際乗客に撮られた映像だそうです。列車は既に駅に緊急停車していて仕方が無かったと本人は言っていました」


「ええ!? いや、そうだとしても、破魔装束は脱ごうよ!」


「おまけに式武も護符に戻していません。帯刀したままです。この映像のコメントでは侍コスプレイヤーのおもしろ行為として話題になっていたようです」


「ないわぁ~! これはホント――ないわぁ~!」


「ですが局長。このコメントでは破魔装束の出来がすごくいいと絶賛されていますよ」


「おっ、本当だ。そりゃあ、実際にプロの職人が作っているオーダーメイド品だからね――この評価をした人に座布団あげたいね」


「局長、笑〇じゃないんですから。ですが、この話を破魔装束制作スタッフにしたら、皆さん喜んでいましたよ」


「そ、そうなんだ――」


 近藤のボケにすかさず突っ込みつつ、土方本人も適度にボケをかましてくる。

 『六波羅』の局長と秘書の無自覚なショートコントは『六波羅』ではお馴染みになっていた。

 ここで土方が眼鏡を指先でくいっと上げながら近藤に話をする。


「局長、我々『陰陽退魔塾』は社会の影の組織として活動してきました。それこそ政府によって情報統制をしてニュースで報道されないようにして。――ですが、今回の式守一級退魔師の件のように一般市民レベルでこれだけ鮮明な画像が残される現状では、それも難しくなってきたと言わざるを得ないと思います。他にも同じような話はたくさんありますし」


 近藤は革製の椅子の背もたれに身体を預けながら、鼻の付け根を指でつまんで溜息を吐いてから返答した。


「先日、首相と話をしてね。君と同じことを言われたよ。誰にでも手軽に情報のやり取りが可能な現代では、我々の秘匿性をこれ以上維持するのは困難だとね。昔は都市伝説の類でやり過ごすことが出来たが、あんな鮮明な証拠まで撮られてしまったからね」


「――局長。我々はこれからどうなるのでしょうか?」


 普段は表情を崩さない土方が珍しく不安そうな顔を見せるが、近藤は笑って見せる。


「そう心配する事もないさ。我々は国や民を妖から守るために戦うだけだ。それだけは今までも、そしてこれからも変わらんよ。――ただ、少しやり方を変えていく時が来たのかもしれないな」


 近藤は椅子から立ち上がって窓の外に映る『六波羅』の者たちを愛おしそうに見つめていた。


(これからの時代この子らが安心して職務に集中できる地盤を作るのが、わしの最後の仕事になりそうだな。燈火、お前はどう思う――?)




「へっくし!! あー、誰か俺の噂でもしてんのかな? あんな動画撮られちゃったし、師匠や総一郎のじっちゃんに怒られるだろうなぁ。――――まっ、いっか! 気分を切り替えていくぞ!」


 沙耶と近藤の二人から叱られる自分の姿を想像して辟易しながらも、燈火は気持ちを切り替えて中崎の街中を歩いて行くのであった。

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