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炎陽の退魔師~炎の刃を振う少年は白面金毛九尾の少女と共に妖怪を狩る~  作者: 河原 机宏
第ニ章 東京樹海

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それぞれの前夜①


 ――東京某所にある帝都ホテル。その一室に四名の男女の姿があった。日本国内でも格式の高い高級ホテルにおいて彼らの装いは浮いていた。

 ここを利用するのは国会の議員や一流ビジネスマンなどであり、彼等は一流ブランドのスーツに身を包んでいる。

 それ以外の利用客は金銭的に恵まれた階層の人々であり、これまた高級ブランドの衣服を纏っている。

 一方でこの四人は袴姿という時代錯誤を感じさせる恰好をしているのである。


「ふぅ~」


「局長、お疲れ様でした。お茶をどうぞ」


「おお、悪いな土方君――ずずず~」


 『六波羅陰陽退魔塾』局長の近藤こんどう総一郎そういちろうは、秘書の土方ひじかたうららが用意した緑茶を飲み干すと再び「ふぅ~」と一息ついた。

 既に齢六十を過ぎた近藤ではあるが厚い胸板が黒色の破魔装束から覗いており、今でも日頃の鍛錬は疎かにせず筋骨隆々の身体を保っている。

 そんな彼でもこの日は朝から晩まで会議に参加していたためか気疲れが見て取れる。疲労困憊ひろうこんぱいの局長の正面には朗らかな笑顔でお茶をすする若い女性がいた。

 彼女の破魔装束は上が花の文様が入った山吹色、下が青緑色の構成で華やかな印象を窺わせる。

 お茶を飲む所作も品があり、彼女の肩書を知らない者が見ればどこかの令嬢と思うかもしれない。

 しかし、彼女こそ燈火を始めとする四人の一級退魔師を育て上げ、自身も特一級退魔師かつ国内最強の退魔師とされる黄龍斎〝稲妻いなつま沙耶さや〟その人であった。

 

「今日の首相との会議は随分と長かったですね。やはり『百鬼夜行』の動きが活発化しているのと関係が?」


「まあそうだな。それに以前から問題視されていた件も改めて言われたよ。これだけ情報化が進んだ現在では、これ以上『陰陽退魔塾』の秘匿性は維持できんとな」


「確かにそうですよね。今では誰もがスマホなどで身近に起こった事を写真に撮ってすぐにネットに流せますからね。その恩恵は私たちも十分に受けているんですけど。中崎市に向かった美琴から定時連絡がありましたよ」


 沙耶は自分のスマホの画面を眺めながらアプリを起動させ、美琴とのやり取り画面を近藤に見せた。

 その画面に映っているのは砕けた表現の会話とふんだんに散りばめられた絵文字の数々であり、近藤は何度も目をぱちくりさせて一生懸命に内容を読み取ろうと試みる。


「これって確かうちの技術部が作った連絡用アプリだったな。これってこんなに可愛い感じで作られたの?」


 スマホの画面で動くデフォルメされた退魔師キャラや愛嬌のある式神キャラを目の当たりにして六波羅の局長は驚きを隠せなかった。


「なんでも有名なトークアプリを参考にして作ったらしいですよ。特に可愛い絵文字やキャラは有料なのですが、私と沙耶はすぐに購入しちゃいました」


「お金……取るんだ」


 近藤の隣に座る麗はタイトスカートの破魔装束に身を包んだキャリアウーマン風の美女だ。

 そんな彼女は脚を組み替えながら、沙耶とのやり取りが表示されたアプリ画面を近藤に見せる。その内容もまた絵文字の情報量が多く解読不可能なものだった。


「いや……これ見ても内容が全く分からないんだけど。書いてあるのほとんど絵文字なんだけど、君たちは本当にこの内容理解してるの?」


「ふんっ、ふんっ」


 会話中に部屋の隅から男性のこもった声が聞こえてくるが誰も気に留めず話を続けていく。


「当然です。ちなみに美琴から送られて来た内容は『無事に燈火と合流を果たし、封印解除を行う。その後燈火は真の般若面を倒し無事任務を完了。これにより戦闘に参加していた式守燈火、玉白藻香、武藤楪の三名は生存。誰一人欠ける事なく戦いは終了。現在は玉白神社にて待機中』だそうです」


「へ、へぇ~」


(そうは言っているが全く分からん。絵文字ばかりだし……こんなの暗号じゃん)


「ふん、ふん、ふん」


「あの子たちは、今日は玉白神社で一泊して明日には次の任務に向けて出発する予定です」


「そうか、玉白神社か――それで玉白藻香の処遇は予定通りの手筈になっているな」


「はい。彼女は白面金毛九尾の魂魄の生まれ変わりとも言える存在です。一方でかつての妖としての肉体は殺生石となって栃木県に残ったままとなっています。強大な妖力を宿した存在を『百鬼夜行』が今後も放置するとは考えられません。彼女の身を守るためにも一級退魔師である三名と行動を共にした方がいいでしょう」


 麗からの報告を聴いて近藤は両腕を組んだまま天井を見上げる。


「本当なら生まれ育った土地で平穏な生活を送らせてあげたいのだが、このままでは彼女ばかりでなくその周囲にも不幸が降りかかるのは明らかだ。――仕方あるまい」


「――ふんっ、ふんっ」


「それと今回の中崎での任務で行動を共にしていた楪にも、今後は燈火たちと一緒の任務に就いてもらいます。玉白藻香さんとの仲は良好との報告を受けているので、彼女の良き理解者となってくれるでしょう」


「ふんふんふんふんふん――」


「そうか、そうだな――ってそろそろ誰かツッコもうか! 元、いつまでも筋トレしていないでこっちの会話に参加してくれ。さっきから、ふんふんふんふん聞こえて気が散るんだよ!」


「すみません局長。今は三千六百回目なので切りの良いところで、あと四百回やらせてください」


 その声の主である土御門つちみかどはじめは上半身裸になって部屋の片隅で腕立て伏せをしていた。身体中汗だくになり、膨れ上がった筋肉を伝い地面に汗が落ちて水たまりを作っている。

 彼は黄龍斎の四人の弟子の一番弟子であり燈火たちの兄弟子に当たる。現一級退魔師の中でトップクラスの実力者と言われる国内最強クラスの退魔師である。

 

「元、一応局長の命令なんだから、ちゃんと指示を受けなさい。それに筋トレなら後でもどこでも出来るでしょ?」


「了解しました、師匠。局長も申し訳ない。自分は融通が利かないもので」


「お前が融通の利かない性格なのは子供の頃からだから特に気にしてはいないよ。それよりも沙耶に〝一応〟局長って言われたことの方が心にくるよ」


 元は身長が約二百センチの巨躯を誇り、発達した全身の筋肉もあり立ち上がっただけで圧倒的な存在感を見せる。

 用意しておいたタオルで上半身の汗を拭うと消臭スプレーを自身に噴射しまくる。 

 体臭のチェックをすると上がノースリーブの破魔装束を羽織り、師匠である沙耶の隣に座った。


「ぶっきらぼうな外見に見合わず、結構細かいところを気にするんですね」


「普段筋トレばかりして汗だくなので、俺にとってこれは必要不可欠なんです。これを欠かして弟弟子たちに汗臭いとか言われたら、とても立ち直れない……」


 麗に指摘された元はスプレー缶を握りしめて決意の表情を見せていた。ただ、その確固たる意思の源は弟弟子たちに嫌われたくないという繊細な理由なのである。


「見た目はとても頑丈そうなのに中身ナイーブすぎだろ」


「元は弟子たちの中で一番繊細なんです。料理も美味しいし、掃除も綺麗に仕上げてくれる。――うちにとって欠かせない退魔師なんですよ」


 満面の笑みで弟子自慢する沙耶であったが、その話を聞いた近藤と麗は渋い顔を見せている。


「それって退魔師じゃなくて、もはや家政夫じゃん」


 こうして緊張感のない話をしながら夜は更けていく。彼らは知らない。明日にはこの土地が地獄絵図のような状況になると言うことを。

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