表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/76

決着の時

 カカカカカカカカカッ! ギキィンキィンキィンキィンキンッ! ガカカカカカカカッ!


 俺と明海の剣戟が開始されてから既に一分以上が経過していた。その間休みなくぶつかり合う刃の金属音が聖晶橋に響いている。

 お互いその場を動かず刀を振るうことに集中している。この一分で何回刀を振るったのだろうか。

 百回か二百回か……とにかく妖化した明海は全身の筋肉が肥大化し村正も大型化したというのに、以前以上のスピードで斬撃を放ってくる。

 対する俺は参ノ型改〝焔烈火えんれっか〟で強化した緋ノ兼光で対抗していた。

 本来は刃を振るう度に火の粉が舞う程度なのだが、現在は高速で斬り合っているため常に炎を巻き散らかしているような感じになっている。

 終りの見えない斬り合いになっているが、そろそろ向こうが限界に達するはずだ。


『――ちぃっ!』


 ミノタウロス化した明海が刃を弾き後ろに下がった。全身の妖力を高め始めている。


「それを待ってたんだ!」


 後退した明海に対して即座に追撃に入る。向こうと違って俺は瞬速の斬り合いのスタンスを崩していない。

 一瞬だけ動きを止めた敵に先程と同様の斬撃の雨を浴びせていく。


『うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 何十と斬られた場所から炎が噴き出しミノタウロスの身体を内側から焼いていく。血が蒸発する独特の臭いが広がる中、明海が反撃に出た。


『まだよっ! この程度で私はやられはしないわっ。――斬血ざんけつッ!!』


 血のような赤い妖力の斬撃を俺に放ってくる。その渾身の一撃を切り払うと、膨大な妖力の刃は俺を逸れて橋を削った。

 

『このタイミングで外されたっ!? こんなことが――』


「それを可能とするのが一級退魔師なんだよ。壱ノ型改――紅蓮ぐれん赤光しゃっこうォォォォォォ!!」


 左手に紅蓮の炎を纏わせて敵の腹部に思い切り拳を打ちつける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」


 そのまま左拳の炎を爆発させ、明海を上空に焼き飛ばした。そこからすかさず刀へ魂式を集中させる。

 刀身に膨大な炎を纏わせながら大きく円を描くように刀を振るう。炎は周囲の酸素を吸収しつつ供給される魂式によってさらに巨大な炎の刃と化した。

 

『が……あっ……、あの技は……!』


 身体の一部を燃やしながら、黒毛の怪物が落下してくる。その血のように赤い目を大きく見開きギョッとした顔を見せている。


「今度はこれをお見舞いしてやるっ! 六波羅炎刀流、陸ノ型――鬼火斬りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 緋ノ兼光から伸びる巨大な炎刃で追撃を加える。直撃寸前に刀で防御した明海は左腕を失いながらも健在だった。

 そんな敵を崩落寸前の橋の上から眺めながら、俺は次の大技の為に魂式を更に高めていく。


『ぐあああああああああああっ! 私の腕があああああああああ!!』


「明海先生、あんたは強かったよ。敵とあれだけ斬り結んだのは初めてだった。だからこそあんたが如何に剣と真摯に向き合って来たかが分かった。あの剣技はたゆまぬ努力の結晶以外のなにものでもない。――そんな強敵である相手だからこそ、最後はそれに相応しい技で終わらせる!」


 極限まで高めた魂式を身体の周囲に展開していく。左右に巨大な翼を、それから尾部と頭部を形成する。

 そうして完成したのは巨大な火の鳥だった。紅義山の戦いでは藻香と楪さんの協力を得て完成させた技でもある。


『式守君。私は……私はねぇ……!』


「明海智恵……あんたは凄い戦士だったよ。女性の武器を最大限利用して色々と立ち回っていたかもしれないが、本気で戦ったあんたから感じたのは純粋な剣士としての強さだった。それに応えるためにも、俺は強敵の止めに使うこの技であんたを倒す。……はあああああああああああああああ! 六波羅炎刀流奥義、捌ノ型ァァァァァァ!」


 火の鳥が大きく翼を広げ、俺はその中で刀を構え空中にいる敵を見つめる。その時敵である明海と目が合った。

 妖化した彼女の赤い目は不思議と穏やかに見えた。


「っ! いっけえええええええええええええっ!! 朱雀舞すざくまいッッッ!!!」


 聖晶橋が崩落を開始する中、朱雀は翼を羽ばたかせて飛翔した。空中で加速しながら真っすぐに敵に向かって行く。

 その先にいる明海は逃げようとせず、村正を構えて真正面から俺を迎え撃つ。俺は刀を振りかぶり、衝突と同時に力の限り振り下ろした。

 朱雀の突進速度と炎の勢いが増し、くちばしの部分に明海が衝突した。業火の大鳥は触れた敵を燃やしていく。

 すると妖化していた明海の姿が徐々に人間の姿に戻っていくのが俺の視界に入った。その時俺を見る彼女の目は穏やで優しい表情をしていた。


「式守君、私はね半妖として生まれてからずっと自分の境遇が嫌いだったわ。親は私に関心なんてなかったし、弱ければ妖に好き放題される状況だった。私も妖の姿になれば強くなれたけれど、あんなふうに醜い姿になるのは耐え難かったしね。だから、剣術を学んで人として強くなろうと抗った。誰よりも努力して強くなったつもりだった。けれど、組織が私に期待したのは女としての武器を使う内容の任務ばかりだった。いつしか私は自分の性別すら憎く感じるようになっていったわ。――でも、あなたは剣士として私が強いと言ってくれた。私の努力を認めてくれた。そんな風に私を褒めてくれたのはあなたが初めてだったの。凄く嬉しかったぁ」


「――明海先生」


「こんなに穏やかな気持ちで逝けるなんて思いもしなかったわ。私を止めてくれたのがあなたで本当によかっ――」


 その言葉を最後に明海智恵は満ち足りた表情のまま消え去っていった。敵を倒した朱雀は高度を落とし、橋の下を流れる大烏川に落下した。

 川に膨大な熱量を誇る塊が落ちたことで爆発が起こり周囲の河原や木々を吹き飛ばす。

 爆風が止むと俺は大烏川の上に一人立っていた。やるせない気持ちで一杯だ。

 ようやく般若面との戦いを終わらせることが出来たというのに、最後にあんなことを言うなんて反則じゃないか。

 どうせなら最後まで色狂いのサイコな剣士という感じでいてくれたらよかったのに。……くそったれ!

 

「――燈火、そこにいるの?」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。それは藻香のものだった。すぐ後ろに彼女の気配がする。でも俺はすぐには振り向けなかった。

 両目が熱い。さっきまで殺し合いをしていた敵との今までの思い出が次々思い出される。

 別のことを考えようとしても、募った思いが決壊したかのように俺の意思に関係なく溢れ出て来る。


「……ぐっ、くぅっ!」


 俺の意思と関係なく目から流れ出るものと一緒に声にならない声が出てしまう。きっと藻香に聞こえてしまっただろう。

 こんな情けない姿を見て彼女はどう思ったのだろうか。ふとそんなことを考えると背中に何かが触れた。

 これは……たぶん藻香が自分の頭を当てているんだろう。そう思っていると彼女が優しい声で俺に話しかけてくれた。


「燈火、助けてくれてありがとう。私や皆、それに……明海先生も救ってくれた。あなたは本当に頑張ってくれたわ。――だから、ありがとう」


「……っ!」


 俺は顔に手を当ててしばらくの間、このやるせない気持ちを吐き出した。藻香は俺がむせび泣く間、「うん、うん」と言いながら傍にいて一緒に涙を流してくれていた。


 こうして中崎市を舞台にした般若面との戦いは幕を閉じる。だが、この戦いはこれから起きる大きな戦いの前哨戦に過ぎなかった。

 それを知るのはまだ先の話だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ