風花乱舞
春水が鬼の集団を蹂躙するより前に時間は少し戻る。
春水が藻香と楪のもとへ向かう一方、美琴は燈火を助けるべく聖晶橋を疾走していた。
美琴は胸元から護符を取り出し魂式を込めると、光る護符から薙刀が出現しそれを手に取りさらに加速する。
その前方では智恵が燈火に斬りかかろうとしていた。
「あなたの鮮血を私に見せて頂戴!」
「くそっ、身体が動か――」
ガキィィィィィィィィィン!!
燈火に振り下ろされた凶刃を受け止めたのは美琴だった。薙刀の刀身で村正の斬撃を防ぎ、甲高い金属音が周囲に響き渡る。
「村正を受け止めた!?」
「これがうちの式武、風音骨喰や。――それにしても随分とうちの弟弟子を可愛がってくれたようやけど、さすがにやりすぎやな。当然やり返される覚悟は出来ているんやろうな?」
「ちっ!」
智恵は舌打ちをすると、燈火の前に立ちはだかる美琴に斬撃の雨を降らせ始めた。常人では捉えることも出来ない瞬速の攻撃全てを美琴は薙刀で切り払っていく。
「成程なぁ、大した攻撃速度や。今の燈火ではあんたを相手するのは荷が重いようやな」
「それで今度は姉弟子であるあなたが私の相手をするということかしら? 男女のお楽しみ中に割って入るなんてどうかと思うのだけれど」
「お楽しみしとったんはあんただけやろ? 一方的な愛情表現は身を滅ぼすで。それに燈火はうちみたいな優しいお姉さんがタイプなんや。あんたみたいに無差別に色香振りまくビッチはアウトオブ眼中。――そうやろ、燈火」
鍔迫り合いをしながら美琴と智恵は燈火に視線を向ける。そこには渋い顔をした少年がいた。
「うーん……。美琴姉さんはパワハラだらけだし、明海はサイコな変態だし。――二人ともごめんなさい」
「な、なんやその言い草は! あんた、これが終わったらコンビニに行ってスイーツ仰山買うてきい」
「そういうとこ。そういうとこだよ、美琴姉さん!」
「悲しい姉弟愛ね。斬撃の嵐を受け身体中の血液をまき散らしながら死んでしまいなさい。――血乱れ!」
口喧嘩する姉弟弟子を嘲笑しながら、智恵は村正に魂式を送り込み鋭い刃の乱撃を放ち始めた。
「さっきよりも斬撃の威力とスピードが増しとるようやね。けど、相手が悪かったわ」
美琴は斬撃の嵐を全て切り払いながら自らの魂式を高めていく。それに呼応するように薙刀の姿をした式武――風音骨喰が風を纏う。
「目には目を。斬撃には斬撃を。六波羅風刀流、壱ノ型――鎌鼬!」
美琴の薙刀から無数の風の斬撃が放たれ智恵の攻撃を相殺する。一瞬隙が出来ると、美琴はすかさず間合いに入り斬り込んだ。
智恵はその瞬速の一撃を刀で受けるが、自慢のスピードで後れを取ったことに苦虫を噛み潰したような表情になる。
美琴は敵のそんな表情を見ながら余裕の笑みを見せるのであった。
「なんや、スピード勝負で負けたんが悔しかったんか? でもなぁ、その程度じゃ、うちどころか燈火にもスピードで勝てへんよ」
「何をたわごとを言っているのかしら。現に式守君は私に圧倒されているのよ。そんな彼が私よりも強いだなんて寝ぼけているのかしら?」
「……知らへんようやから教えたるわ。今の燈火は封印術式が施されておって本来の実力が発揮できへんのよ」
「なん……ですって!?」
「せいぜい今んとこ本来の六割程度しか力を使えんはず。あんたは、そんな燈火を痛めつけて悦に浸っとったちゅうわけや。――寝ぼけてたんはあんたの方だったわけやな」
「くぅっ!」
怒りの形相で村正を振り回す智恵の斬撃を受け流しながら、美琴は後ろにいる燈火にあるメッセージを伝えた。
「そうそう、師匠からの伝言を預かって来たんや。『式守燈火は、風花美琴、氷室春水の両名と合流し次第、封印術式を解除し次の任務に備えられたし。思いっきり戦ってよし!』とのことや。せやから、あんたはとっとと封印解除しいや」
「姉弟子、そういうことは早く言ってくれない? ――それじゃあ、お言葉に甘えて封印を解かせてもらいますかね!」
師匠である黄龍斎からのメッセージを聞いた燈火は不敵な笑みを見せる。そして深呼吸をした後に魂式を練り上げ始めた。
最初はゆっくりと魂式を高めていき、徐々に加速度的に力を解放していく。
「はああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
封印の解除に入った燈火を止めようと智恵が接近を試みるが、それを美琴が阻止する。
風音骨喰に魂式を集中させ、美琴の周囲で強風が荒れ狂う。
「燈火には近づけさせへんよ。あんたはこれでも食らえや。六波羅風刀流、肆ノ型――青嵐!」
人一人を呑み込む巨大な風の渦が智恵に叩き付けられ、その中で身体中を斬り刻まれながら彼女は橋の上を吹き飛んでいった。
一方、封印解除中の燈火は魂式の上昇が一定時間止まっていたが、再び魂式が上がり始めると爆発的にそれが高まっていく。
それを見届ける藻香と楪は上昇していく燈火の魂式にただただ驚き、美琴と春水は微かな笑みを見せる。
――そして。
「おあああああああああああ! おおりゃああああああああああああああ!!!」
雄叫びと共に燈火の魂式が火山噴火の如く高まると、急速に落ち着いていった。
燈火は自身の手を何度か開いたり閉じたりすると、拳をグッと握り満足したように笑みを浮かべた。
これにより式守燈火の封印術式は解除され、本来の力を行使できるようになったのである。