水の剣士
戦場に到着した春水と美琴の前方には、四体の鬼に追い詰められる藻香と楪、智恵の手で満身創痍になった燈火の姿があった。
彼らの状況を把握した美琴は春水に指示を出す。
「春水は二人から鬼を引き剥がして。うちは燈火を助けるわ」
「了解」
春水と美琴は二手に分かれてそれぞれの救助対象のもとへ向かう。
四体の鬼は藻香と楪の攻撃をほとんど寄せ付けず、接近して二人に波状攻撃を仕掛けていた。
広範囲にわたる妖力の余波で藻香と楪はダメージを負っていく。
二人のもとへ走る春水は護符を取り出し魂式を込め、一振りの刀を顕現させた。
青色の鍔を親指で押し出し、刀身が鞘から抜けないように固定する鎺を露出させ光る刃を引き抜く。
「式武――泉青江」
春水は二人に手を伸ばす鬼の腕を一刀両断し、行く手を遮るように鬼たちの前に立ち塞がった。
『があああああああ、俺の腕があああああああっ! このクソガキが、ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅ!!』
腕を斬り落とされ怒り狂う鬼が春水に向かって巨大な体躯で突進してくる。
「危ないっ、逃げて!」
「問題ない。下がっていろ」
藻香が心配する中、春水は冷静だった。春水を知る楪は大丈夫と藻香に言い、二人は後退した。
直後、鬼の剛腕が春水に直撃する。攻撃をした当の本人は驚きながら今しがた攻撃を受けた少年を見下ろしていた。
「デカい図体の割には大したパワーは無いようだな」
『バ、バカな。こんな優男の何処にこんな力が……』
春水は泉青江の刀身で敵の拳を受け止めていた。圧倒的な体格差があるにも関わらず、防御した春水はその場から微動だにしていない。
鋭い眼光で敵を睨み付け、青いオーラが彼から立ち上り刀身に魂式が集中する。
「僕に触れたからには命を捨てる覚悟は出来ているんだろうな? まあ、どのみち鬼は殲滅することに変わりはない。六波羅水刀流、弐ノ型――蛟」
泉青江の刀身を高密度の水気が包み込み、水の鞭を形成すると同時に春水は目にも留まらないスピードでそれを振った。
水の鞭の圧倒的な速度に鬼は全く動けなかったが、自分の身体に何の変化もなかったことが分かるとニタリと笑う。
『クカカカッ、驚かせやがって。どうやらテメーの攻撃は俺様には効かなかったようだな。――女共の前でぐちゃぐちゃになりな色男!』
鬼が春水に拳を振り上げた瞬間それは起こった。鬼が身体の真ん中で縦にずれていったのである。
『げっ、へっ、お、俺の身体がぁぁぁぁ!!』
これ以上身体がずれていかないように手で必死にその身を抑えるが、片手だけではその進行を止めることは出来なかった。
『くそがぁぁぁぁぁぁ! いったいどうなってやが――』
鬼が悪態をついているとその身に幾重にも斬撃が刻まれていき、一瞬で細切れになると灰になって消滅した。
「最初の一撃で身体が両断されていたことに気が付かないとはとんだ雑魚だったな。全くつまらないヤツを斬ったものだ」
春水は刀身に纏わせていた水の魂式を拡散させると、今度は生き残っている三体の鬼に殺意を向ける。
「少しでも長生きをしたければその場から動かないことを勧める。僕にとっては貴様らがどうなろうが知ったことではないがな」
『くそ、こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ! 俺は降りる。後はテメー等で勝手にやってろ!』
三体の鬼の中の一体がその場から離れ聖晶橋から逃げ出そうとした時、その真下から巨大な氷の華が出現し氷の花弁で逃走を企てた鬼を斬り刺した。
『げはっ、なんだこれ……は……』
春水は刀を地面に突き刺しながら、無表情で動きを封じられた鬼を眺めている。そして溜息を吐いてから口を開いた。
「本当に学習能力のない連中だ。それは六波羅水刀流、肆ノ型〝氷華〟。言葉通りに氷の華で敵を斬り刺し凍らせる技だ」
『凍らせる……だと? え、ああ……俺の身体が凍っていくぅぅぅぅ!』
氷華で傷つけられた部位から鬼の身体が凍り始めると、数秒で全身が完全に凍りつき粉々に崩れ去る。
「ああなりたくなければ動かないことだ。貴様らに直接手を下すヤツの準備が整うまではな」
鬼を圧倒する春水の振る舞いは一切容赦のない激しいものであったが、知人である楪に声を掛ける彼の態度は礼儀正しかった。
「お久しぶりです、楪さん。到着が遅くなり申し訳ありませんでした」
「そんなこと無いです。おかげで助かりました。ありがとうございます、春水君」
次に春水は楪の隣にいる藻香を目を細くして眺めていた。その視線に気が付いた藻香が不思議そうな顔で春水を見返す。
「助けてくれてありがとう。なんか私を見ているようだけど、顔に何かついてる?」
「君は白面金毛九尾の生まれ変わり……だったな。はっきり言って僕は君を信用してはいない。任務だから仕方なく助けたということを忘れるな」
「なっ、いえ……退魔師や陰陽師にとってはそれが正しい反応よね。なんてったって私は大妖怪の生まれ変わりなんだから」
落ち込む藻香の肩に手をやりながら楪が微笑みかける。
「藻香ちゃん。あまり気にしなくても大丈夫ですよ。春水君は人見知りが激しいので初対面の人には大体あんな感じで接して来るんです。段々慣れてくるとデレる姿が見られますよ」
「ああ、なんだ……ツンデレなのね。ふーん」
「楪さん、そういう根も葉もないことを広めるのは止めてもらえませんか? 僕は他人を信用しない性質なだけです」
「――こんなふうに言っているんですけど、兄弟弟子や師匠の黄龍斎様には絶対の信頼を寄せていますしね。素直じゃないんですよ、可愛いでしょう」
「なるほどぉ」
「くっ」
三人がこんなコントを繰り広げていると、強大な魂式が圧となって振りかかって来た。
「この魂式はいったい。って……え?」
身体が押し潰されそうになる魂式の出所に藻香たちが目を向けると、そこには身体から眩いオーラを放ち魂式を高めていく燈火の姿があった。
「おおおおおおおああああああああああああああああああっ!!」
「この魂式は燈火のものだったの? でも、こんな異常な力は今まで感じたことがないわ」
「白面金毛、それは違うぞ。今回の任務に就く際にあいつは本来の力の半分近くを封印する術式を受けていた。つまり今までの戦いで君が見てきたのは実力が制限された状態の燈火だったという訳だ。あいつは今、その術式の封印を解きつつある」
この間にも燈火の魂式はさらに上昇していく。その近くでは互いの得物で斬り結ぶ美琴と智恵の姿があった。