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お別れ会

 その日の夕食は手巻き寿司だった。俺が玉白家に住むようになった初日と同じメニューだ。

 あの日と同じようにテーブルには沢山の魚介類が並べられている。藻香お手製の卵焼きの姿もあった。

 前回と違うのは、この日の夕食には楪さん、朝斗、松雪の三名が加わっているという点だ。より大人数になった夕食はより美味しく感じる。


「藻香、お前さっきもマグロ食べただろ。ずりーぞ」


「こんな混戦状態において、人気の魚はすぐに売れちゃうのよ。油断していた燈火が悪いわ。もぐ、もぐ……。んぅ~、おいち!」


 あの日よりも刺身は数多く用意されていたのだが、食べ盛りが増えたことにより少し目を離していると魚の切り身たちがあっという間に姿を消していってしまう。

 そこは夕餉ゆうげと言う名の戦場と化していた。



「本当に明日見送りに行かなくていいのか?」


「いいよ。電車の出発時間は学校の授業が始まっている時間だからさ。そのためにこうして夕食を一緒に食べたわけだし」


 夕食や食器の片づけが終わり、居間では皆でテレビを見たりして穏やかな時間が流れていた。

 俺と朝斗は居間の端でこれまでのことを色々と話して笑い合っていたが、急にこいつが真剣な顔になる。


「俺さ、今まで陰陽師としてやっていこうとか全然考えたこと無かったんだ。妖に遭遇したことは無かったし、そういう化物と戦うのは別に俺じゃなくてもいいだろうって他人事のように思ってた。――でも、あの時鬼と対峙して、ああ、俺死ぬんだなって、でも死にたくないってめちゃくちゃ思ったんだ。そしたら、お前や玉白が鬼と戦っている姿を目の当たりにして、すげぇホッとして、すげぇカッコイイって思った」


「…………」


「あんな連中と渡り合うには、相当訓練しないといけないんだろうってことぐらいは俺にも分かる。それが俺の予想を超える過酷な環境だってことも理解しているつもりだ。でも、あの時お前等に守られている中で、俺も守る側に行きたいって思ったんだよ。――なぁ、燈火。お前から見て俺は陰陽師として才能があると思うか?」


 俺が視線を落とすと朝斗の手が震えていた。今回の一件で自身に芽生えた明確な目標。その門の前に立った朝斗が自らの品定めを俺に求めている。

 

「俺の言葉がお前の今後の人生を左右する可能性がある。だからはっきり言うぞ」


 朝斗は緊張でごくりと音を立てて唾を飲み込み頷いた。


「才能の有無で言うなら、はっきり言ってあると思う。紅義山で楪さんと対峙した時に見せた符術の高度なコントロールは、やろうと思って出来るものじゃない。呑み込みも早いし適応力も高い」


「それじゃ――!」


「でも、前線で戦う退魔師や陰陽師にとって、ある程度才能があるなんて言うのは前提条件だ。重要なのは生まれ持った才を努力でどこまで伸ばせるか。そう言った連中は十代前半には弟子入りして修業に入っている。朝斗はその点でかなり出遅れていると言っていい。この差は大きいと思う。――悪いことは言わない、止めておけ」


「そうか」


 力無くうなだれる朝斗を見て罪悪感と同時にホッとする自分がいた。親しくなったこの明るい少年が自分と同じ修羅の道に入らなくて良かったと思えた。

 そう思ったのは俺だけで、当の本人の考えは違っていたのだが。


「それじゃ、その遅れを取り戻すにはめちゃくちゃ頑張らないといけないな。まずは師匠探しから始めないと――」


「人の話聴いてた? お前、結局俺の忠告無視してんじゃん」


「俺がお前に訊いたのは才能があるか無いかだけだ。本格的に陰陽師を目指すかどうかの忠告は特に訊いてない。才能が少しでもあると分かった以上、俺は目指すぜ最強の陰陽師を!」


 いきなり少年漫画の主人公のような目標を言い出したので頭が痛くなって来た。朝斗にやる気が漲っているのが良く分かる。

 けれど現実は甘くない。それだけは言っておかないと。


「真面目な話、人生最期の瞬間に暖かいベッドで家族に見守られながら終わりたいと思うなら絶対に止めておけ。退魔師や陰陽師の任務中の死亡率はかなり高い。泥土にまみれ冷たい地面に横たわって一人寂しく終わりを迎えるなんて珍しいことじゃない。運よく生き延びたとしても戦いで身体も心も疲弊しきって、ろくな余生は過ごせない。そういう人たちを俺は見てきたんだ。――絶対に後悔するぞ」


 俺が伝えられることは全部伝えた。ハイリスクノーリターンな生活だよ。止めておきなさいよ。

 俺が溜息を吐いていると朝斗が何かを思い出すかのように、天井の方を見ながら話し始めた。


「死亡率の高さなんて、俺だって知ってるよ。お前の言い分は良く分かるよ。でもさ、俺は思うんだよ。この先あの夜の出来事を忘れて過ごしていったとして、人生が終わる時に暖かいベッドの上で俺は何を思うのかなって。あの時俺たちを助けてくれた少年は、あれからどうなったんだろうか。妖と戦う運命を受け入れた彼は戦いを生き延びたのか、それとも――。妖と戦わないって選択肢も何度も考えた。そしてその度に後悔した」


 俺は朝斗の言葉に魅入られてしまった。既に俺には彼の無謀な選択を止めようという考えは頭に無かった。


「どうして高校二年の俺はあの少年の背中を追いかけようとしなかったのか。どうして同じ景色を見ようとしなかったのか。――どうして、お前の隣に立つ道を選ぼうとしなかったのか。俺はそんな後悔をしたまま死にたくない。死ぬのならお前と対等な立場になってお前と一緒に戦って、それから死にたい。その場の勢いなんかじゃない。ちゃんと考え抜いて出した俺の結論なんだ」


 自らの決意を俺に言い聞かせた朝斗の目には一点の曇りも無かった。

 俺はそれを見て、ああ、こいつはもう妖と戦う道を、修羅の道を歩いて行く覚悟を決めたんだな、と分かった。

 そして同時に師匠に言われた話を思い出した。俺たちは人々の為に妖と戦ってはいるが彼らはそんな事実や俺たちの存在なんて知らない。

 故に感謝や称賛などされることは無く、俺たちは命の危険を顧みず戦い続ける日陰者なのだと。

 だからと言って日向にいる人々を妬むのではなく、その笑顔を守る自分を誇りに思えと言われた。


 今まで日向側にいた朝斗を日陰側に引き込んだ原因は俺にあり、罪悪感に苛まれる。

 それでも、日向側にいた誰かに認めてもらえたという事実がこの上なく嬉しかった。


「…………!」


「どうしたんだよ、急に背を向けて」


 背中を向けて黙っている俺を心配する声が聞こえる。声を出そうにも今はまともに声が出せそうもない。 

 目は熱いし、声が出ないようにしていると肩が震えるしで一杯一杯だった。


「……落ち着くまで待ってるよ」


 そう言って朝斗は俺が平静を取り戻すまで待っていてくれた。

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