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別れの足音

 紅義山での戦いから既に一週間が経過していた。

 あの騒動に巻き込まれた生徒たちは精神的ショックが大きかったため、心理カウンセリングなど心のケアが入念に行われ、少しずつ平穏が戻り始めていた。

 般若面の正体は二年二組退魔科の担任教師、本郷健二だった。彼は現在『中崎陰陽退魔塾』に拘留され、取り調べが連日行われている。

 その結果、当時の彼の記憶は曖昧で何者かに催眠術をかけられていたことが判明した。

 恐らくは妖を支持し『百鬼夜行』とも深い繋がりを持つ人々の組織『土蜘蛛』による犯行の可能性が高いだろうという結論に至った。

 そのため、今は本郷先生がどこで『土蜘蛛』の人間と接触したのかをこれまでの彼の行動を聴取し割り出そうとしている。


 一方玉白家には平和が戻っていた。

 俺と楪さんが藻香が白面金毛九尾の狐の生まれ変わりだと知っても、以前と変わらない態度で彼女と関わっていることに、祖母である吉乃さんが非常に安堵していた。

 藻香もそのことを嬉しく思っているようであり、以前よりも互いの距離が近くなったような気がする。

 楪さんとは俺の蘇生を試みた際に唇を重ねてしまったということで、少しぎくしゃくしていたが、あの時は緊急時であり人命救助故のことだったのでということで話は落ち着いた。

 ――と言いたいところなのだが、最近どうも楪さんがグイグイ来ている感じがする。

 それに本人が意識しているのかどうか不明だが、ふと自身の唇に触れながら俺を見ていたり、唇のケアに余念がなかったりしていて妙に唇が潤っていて艶めかしいのだ。


 そういう緊張感が無い生活の中において一人になった時、俺はあの時の夢のことを思い出すようになっていた。

 大抵、夢なんてものは目覚めると内容を忘れてしまうものなのだが、あれに関しては今でもはっきり覚えている。

 あの時俺は『陰陽退魔塾』の宿敵とも言える酒呑童子となり、鬼の茨木童子や藻香の前世である玉藻前と酒を飲んだり会話を楽しんでいたりした。

 あの穏やかで優しい時間は何だったのだろう。とても『百鬼夜行』などと言う、千年以上も人間と殺し合いを繰り広げてきた組織の首魁とは思えない人柄だった。

 それと同時に気になることがある。夢の中にいた玉藻前が藻香と似ているのは納得がいくとして、茨木童子のイメージが何となく楪さんと重なるのだ。

 何より俺自身がとても大切な何かを忘れてしまったかのような、胸にぽっかり大きな穴でも開いているような、そんな感覚にさいなまれるようになっていた。


 ――そんなある日、俺は本郷先生の聴取のため『中崎陰陽退魔塾』を訪れていた。

 聴取が行われる取調室は六畳一間ほどの小さな部屋で、そこにはテーブルと向い合うように置かれた椅子が二つあるだけだ。

 俺と本郷先生はテーブル越しに椅子に座り挨拶を交わした。


「お久しぶりです、本郷先生。身体の具合はどうですか?」


「式守か、身体は全然大丈夫だよ。既に傷は完治しているしな。――それにしても驚いたよ。お前が第一線で活躍している退魔師だったなんてな。俺を止めてくれたのもお前なんだろ? 本当にありがとう」


 感謝を述べ頭を下げた本郷先生の顔は酷くやつれていた。紅義山に登る時に見た彼は覇気に満ち溢れていたが、今の彼からはそんな力は微塵にも感じない。


「あまり眠れていないんですか?」


「俺のせいで多くの教え子たちを危険に晒したと思うと……な。鬼が複数現れたにも関わらず死者が出なかったのは奇跡だ。もしお前がいてくれなかったら、どうなっていたか……」


 彼の手は震えていた。このやつれ具合や表情、言動などからしても演技のようには思えない。

 本当に何者かに操られ般若面として活動していたのだろう。


「本郷先生。ここであなたが色々と話をしてくれたことは俺も知っています。ですが、『土蜘蛛』に届く内容のものはありませんでした。あなたが何処で連中と接触したのか、何でもいいんです。最近、実生活で変化があったことがあれば教えてください」


 本郷先生は頭を抱えて俯いている。記憶の糸を辿り必死に何かなかったか思い出そうとしていた。

 これまでの聴取で得られた情報で、最近の彼の生活で変化があった所は無かった。 

 『土蜘蛛』に関与し、『陰陽退魔塾』が捕らえた者はこのように操られているケースが多い。おまけに、その巧妙な手口により連中に至る証拠は残らない。

 今回もそのように終わるのかと思い、席を立とうとした時「そう言えば」と本郷先生が言葉を漏らした。


「何かありましたか?」


「その……なんだ。生活で変化のあったことなんだが、まだ話していないことがあったのを思い出した。あまり参考にはならないとは思うんだが、それでもいいかな?」


「構いません。情報が多いに越したことはありませんから」


 そう言うと、本郷先生は少し顔を赤くしながら口を開く。


「二ヶ月ぐらい前からなんだが、実は――」


 その意外な話に俺は職務を一瞬忘れ夢中になって聴き入っていたのだが、途中で引っかかる内容があった。


「それは本当ですか? そういう感じになっていたんですね」


「ああ、間違いない。最初は俺も意外だなと思って、それとなく確認してみたんだ。あれは一朝一夕で出来るようなものじゃない。ずっと以前に出来たものに違いない」


 本郷先生が話してくれた情報が、この停滞した状況を覆すヒントになるとはこの時の俺はまだ予想していなかった。


 それから数日が経過し、俺は玉白家にて皆を集めてある話をしていた。そこには玉白家で生活している四人に加えて朝斗や松雪の姿があった。


「昨日、『六波羅』から命令が来た。それは玉白藻香の護衛の任務を終了し、『六波羅陰陽退魔塾』に帰還するように、との内容だった。俺と入れ替わる形で後任の者が藻香の護衛を引き受けるから心配しなくて大丈夫だ」


 俺が淡々と話すと皆は悲しそうな表情をして俯いていた。

 沈黙が続く中、吉乃さんは俺の方に正面を向けて姿勢を正し頭を下げていた。


「燈火君、藻香を守ってくれてありがとうございました。あなたが来てくれなければ、藻香も私もこのように日常の生活を過ごすことはできませんでした。――本当にありがとう」


 吉乃さんを見て、藻香も同じように頭を下げるのだった。

 それからは物事が急速に進んで行った。学校では俺が転校する話がされ、皆が感謝の意を俺に伝えてくれた。

 俺の荷物は少なかったので『中崎陰陽退魔塾』に運び、そこから『六波羅』に送ってもらうことになった。

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