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陽炎の夢

 湖の中は、ついさっきまで巨大な妖と戦っていたのが夢だと思えるほど静かだった。

 戦いによる身体の熱が治まっていき、非常に心地いい。激戦が続いて疲れていたためか凄く眠い。

 まぶたが重くて目を開けていられない。

 意識が遠くなる中、水面を眺めていると誰かが湖の中に飛び込んで来るのが見えた。金色の髪がきらきらと輝き幻想的な感じだ。

 そして、俺の意識はそこで途絶えた。



 まどろんだ意識の中、目を覚ますと目の前に焚き火があった。燃えた枝がパチッと音を立て赤い火がゆらゆらと揺れている。

 そうだ、今は模擬戦の最中で俺は見張り役を買って出たんだった。それなのに居眠りをするなんて俺もまだまだだ。

 

「目が覚めました?」


 優しい女性の声が聞こえ、目を向けると白い着物を羽織った女性がいた。黒くて艶やかな髪は腰まで伸びており、肌はあまりにも白く人間離れしている印象を与える。


「人をこんな山の中に呼び出しておいて早々に居眠りなんて、いったい何を考えているのかしら?」


 今度は強気な凛とした女性の声だ。声の主は長い金色の髪に藍色の着物に身を包んでいる。彼女も肌が白く顔立ちが整った美しい女性だ。

 

「わりぃ、わりぃ。最近忙しくてさ。――さて、久しぶりに三人揃ったことだし飲もうか。良い酒が手に入ったんだよ」


 俺が酒の入った徳利とっくりを大量に並べると、目の前にいる美女二人は「わぁ」と喜びの声を上げ飲み会が始まった。

 最初はつまみに手を伸ばしながら黙々と酒を飲んでいたが、しばらく経つと酔いが回り頭の中がふわふわとした感じでいい気分になって来る。

 俺はお猪口ちょこに酒を注いで一気に飲み干すと金髪の女性に話しかけた。


「そう言えば玉藻、お前都で暮らし始めたって言っていたけど、随分身分の高い人間の所でお世話になっているんだって? 妖のお前がそんな所にいて大丈夫なのか? それに、ただで屋敷で暮らしているわけじゃないだろう。つまり、その――」


 金髪の女性――玉藻前がニヤッと笑いながら俺を見ている。彼女も酔っているのか白磁の肌は桜色に染まり目が潤んでいた。


「なぁに、気になるの? そりゃ、向こうだってそういう気があるから私を屋敷に住まわせているんでしょう。住み始めたその晩にいきなり寝床に呼ばれた時はさすがに焦ったけど」


「それってつまり男女の関係を持ったということですか!?」


 白い着物の女性。――茨木童子は如何にも興味津々と言った感じで玉藻前の話に聞き入っている。

 彼女も相当酔っているらしく顔は赤く染まっていて、普段はきっちり整えられている着物が着崩れていた。

 目を輝かせる茨木童子に対し玉藻前は得意げに話し始めた。


「そんなの決まっているじゃない。幻術でそう言う場面の夢を見せて一人で楽しんでもらっているのよ。その間、私はぐっすり眠らせてもらってるわ」


「あはは、それは酷いですね。相手が可哀想。と言うことは玉藻ちゃんはまだ清い身体のままだと。でも幻術で夜伽の場面を見せるなんて耳年増なんですね」


「都ではそう言った話題に事欠かないのよ。他にもこんな話が――」


 目の前で女性の妖二名が男女の色話に夢中になっている。男の俺はそれを聞かないふりをして酒をちびちび飲んでいた。

 気が付くと茨木童子は玉藻前に膝枕をされながら、すぅすぅ寝息を立てていた。茨木童子の黒髪を優しく撫でながら金髪美女が俺に言う。


「そう言えばあなた、最近大勢の鬼を集めているんですって? 戦の準備でもしているんじゃないかって都で噂になってたわよ」


「ああ、そのことか。――戦なんて考えてないよ。むしろ逆。俺や茨木と同じ鬼による集団で名前は〝百鬼夜行〟にしようと思っているんだけどさ、皆で人里から離れた所に村を作ろうと思ってる」


「――以外ね。人間相手に散々殺し合いをしてきた鬼の言葉とは思えないわ」


 玉藻前は頬杖をつきながら半信半疑の目で俺を見ている。

 確かに今まで毎日のように退魔師や陰陽師と戦ってきた俺を知っている彼女からすれば、信じられないのもしょうがない。


「殺し合いをしてきたからこそ分かったんだよ。俺たち妖も人間も大差ないってさ。妖は生まれた瞬間に害悪と見なされ無差別に消されそうになって対抗する。人間も家族や仲間を守るために必死で妖と戦う。妖も人も死にたくないから必死になっているだけなんだよ。それなら、人間の言葉や考え方が分かる鬼が妖と人間の橋渡しのような存在になれるんじゃないかって思ったんだ」


 玉藻前は面食らった顔をして目をぱちくりさせていた。顔を上げた時に茨木童子の頭が太腿から落ちそうになったので、慌てて受け止めてから俺に質問してきた。


「妖と人間の橋渡しって、それはつまり互いに共存の道を模索しようってことなの? 本当にそんなことが出来ると思って――」


「俺は出来ると思ってる。――なぁ、玉藻。どうして俺たちは生まれながらに人語を話せたり考えたり出来るのか疑問に思ったことはないか?」


「それは……少しはあるけど、そんなの考えた所で仕方がないでしょう。それに妖のほとんどは破壊衝動に身を任せて暴れまわる連中ばかりよ。人間は妖を意思疎通の取れない怪物と考えているわ。そんな彼らと共存するのは難しいわ」


 彼女がそのように言うのは実体験によるものだ。俺が人間相手に暴れまわっていた当時、彼女は本来の姿である白面金毛九尾の姿で人間に歩み寄ろうとしたことがあった。

 しかしその結果は悲惨なものだった。人間たちは人語を操る妖を目の当たりにし、恐怖にかられて話を聴こうともせずに彼女を殺そうとした。

 逃げに徹した彼女は大怪我を負ってしばらく隠遁生活をしていた。

 それでも人との暮らしに憧れていたため、今度は玉藻前という人間の姿で彼らの生活に溶け込み現在に至る。

 そんな彼女だからこそ、人と共に生きることの大変さを身に染みて理解しているのだ。


「大変な道だっていうのはちゃんと理解しているつもりだ。でもさ、だからって最初から諦めるのは嫌なんだよ。そもそも俺たち妖は人間の負の感情から生まれた存在で、人間の心の一部みたいなものだ。――お互いに認め合えるようになるのはずっと先かもしれないけど、俺はこの理想を実現したい。例え、何年、何十年、何百年かかっても憎しみ合わなくて済む世界にしたいんだよ」


「あなた、本当に変わったわね。人間と戦い続けてそう思うようになったって言っていたけれど、他にもきっかけがあったんじゃないの?」


 鋭いところを突っ込まれた。この動機云々は彼女にはぼかしておこうと思ったのだが、そうはいかないらしい。

 この際、素直に話しておくか。いずれちゃんと伝えようと思っていたし。


「そういう察しがいい所が嫌なんだよ、お前は。そうだな、確かにお前の言うようにきっかけがあった。――とある一匹の妖がさ、人間と争うのを極端に嫌がっていてさ。そいつは無謀にもそのままの姿で人間に歩み寄ろうとして拒絶された。それでも諦めきれなかったそいつは、今度は人間の姿に化けて歩み寄った。今のところは問題無いみたいだけど、それは本当の意味で人間と共存していることにはならない。だから、そいつが安心して人間と共存出来るような、そんな世界になればいいって思ったんだよ」


「えっ、それってもしかして――」


 玉藻前は目を大きく見開いて驚いていたが、すぐに悪戯っぽい顔になり俺をニヤニヤ見ていた。


「ふーん、ちょっと驚いたわね。まさか、あの〝酒呑童子〟が私のために……ねぇ。ひょっとして、以前から私に気があったりして」


「…………」


 俺が黙っていると、玉藻前は一気に顔を赤くして焦り出していた。酒はとっくに抜けていたので、お互いに酔った勢いでは無いことは分かっていた。


「ちょっと、黙らないでよ。言った自分が恥ずかしくなってくるでしょ」


「しょうがないだろ、そうなんだから。本当に察しが良すぎなんだよ、お前は。それでお前はどう思ってるんだよ。その、……俺のこと……」


 玉藻前は眠っている茨木童子の髪を撫でながら、彼女について心配している様子だった。


「それを言う前に言っておきたいんだけど、この子はどうするの? ずっとあなたを一途に思って付いてきたのよ。朴念仁のあなたでもさすがに気付いているんでしょ?」


「茨木の思いにはちゃんと気付いてるよ。こいつもちゃんと幸せにしたいと思っている」


「はぁっ!? それじゃ、何? 茨木と私、二人合わせてめとろうとしてんの? いきなり二股って、あなたバカなの!?」


 怒る玉藻前を前にしてぐうの音も出なかった。頭から尻尾まで彼女の言うことはごもっともだった。

 俺に反論の余地など無いことは分かっているが、これだけは言っておきたい。


「すまん。でも、こればかりは選べなくて。俺にとってお前も茨木も大切な存在なんだ。どっちが欠けても今の俺はいなかったと思う。だから、これからも一緒にいたいし、絶対に大切にする。これが俺の本心だ。――本当にすまん」


「告った直後に謝らないでよ。でも、そうねぇ。あなたはバカだけど嘘だけは吐いたことは無いのよねぇ。――分かったわ、前向きに考えてあげる。ただし、その百鬼夜行の件がある程度落ち着いてからにしましょ。それだけ壮大な計画なら実現するのは相当大変でしょうし、私も手伝うから」


「ありがとう、玉藻。これからもよろしくな」


「ええ、よろしくね酒呑童子」


 そう言った玉藻前は、俺が今まで見たことの無いような笑顔を見せてくれた。この笑顔を守るためなら例えどんな困難が立ちはだかろうとしても乗り越えられる。

 そんな強い思いと力が溢れてくるような感じがする。幸せそうに眠っている茨木童子を見て同じように強い意思と力が芽生えるのを感じた。

 俺がこの二人を守るんだ。必ず守ってみせる。



 ――これは俺、式守燈火にとって知らない記憶だった。それともこれは夢なのだろうか。

 でも、この風景や会話を聞いていると胸が締め付けられるような気持ちになって来る。

 とても大切な何かを忘れてしまったかのような感覚がしていると熱いものが頬を流れているのに気が付く。指でそれをすくうと水滴が付いていた。


「俺、泣いているのか……どうして……」


 その理由を考える間もなく再び俺の意識は遠のいていくのだった。

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