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第5話 エンドレス・サンマ・ナイト(後編)

深夜のラジオ関西ビルかぁ。よくやるぜこいつら。


しかし、寝不足はマジできちーぞ…。


さぁて、俺も準備すっか。


あ、まことちゃん?鎮実だ!!すまんけどな…

弘法天外の音頭取りで3人は手早く撤収準備を済ませ、


自転車に荷物を積み込みそれぞれが自転車に飛び乗ると、


須磨海岸から国道2号線を歩道橋を利用して渡り、


ラジオ関西ビルに到着した。


すっかり深夜となっており、あたりは静けさに包まれていた。


「よし、到着…っと」


ちじこは腕時計に目をやる。時間は午前0時を指していた。


「お、始まるわ。【青春ラジメニア】聴かないと」


そういってちじこはアプリを操作して、


スマホからラジオ関西を受信して青春ラジメニアを流し始めた。


「で、おいら達はこの裏口で秋刀魚(三人麻雀)すんのか?」


「そっそ。警備員のおっちゃんにはちゃんと説明してあるから、大丈夫やで」


ヴァーリャが言いたい事を見事に取り違えるちじこに、


天外が間髪入れず、


「ちじこ、俺たちはこの糞寒い中で秋刀魚(三人麻雀)しながらAnzaを待つんか?」


「せやで」


ちじこは事も無げに言うと、


テーブルを再び組み始めそこに麻雀マットを敷いた。


「ケツ冷えるから、段ボールの上に毛布敷いたらええよ」


「・・・・・・」


ちじこが嬉々としながら麻雀牌を準備している様を見ていると、


何も言い返せないヴァーリャと天外。


本当に楽しみにしてるんだな…ワクワク感がひしひしと伝わってくる。


「兄さん、天外。準備できたで。


あ、使い捨てカイロはある?それ尻に敷いとかんと痔になるでw」


ちじこがニヤニヤしながら訊いてくるが、


「うるせぇw余計なお世話やwwwwwちゃんと持ってるわい。


こんな糞寒い中で秋刀魚(三人麻雀)やんねんからの。


俺らも抜かりないわ!!な、天外」


「あたりきしゃりきのこんこんちきよ!!」


ヴァーリャと天外は、これ見よがしにカイロを見せつける。


「場数を踏んだ数がちゃうんやぞ、どやどやぁ!!」


それはまるで、子供の自慢大会の様相を呈し始めていた。


「と、ともかく…折角準備したんやからやろうや」


「仕方ないにゃあ…」


ちじこに促されてLEDランタンを周囲に配して、


裏口の小さい照明も利用して秋刀魚(三人麻雀)が始まった。


しかし、寒いせいか牌を積む手がかじかんで


中々上手い事積みあがらない。そしてそれがどういう訳か、


可笑しくなって急に笑い始める3人。


「寒すぎるやん、こんなんでできるんか?」


ヴァーリャが震えながら捨て牌を打ち込む。


「ほんとさみーなこれ…深夜に入って余計に冷え込みやがる」


天外も捨て牌を打ち込みながらぶるぶる震える。


「だいじょぶ、だいじょぶ…。あ、俺が送った投稿読まれるかな?」


ちじこだけは完全に別世界にいるようで、


終始ニコニコしながら捨て牌を打ち込む。


「くそ、頭が回らんし…眠いし…」


「あ、兄さんそれポン!」


「ふぁっ!?」


五索(うーそう)で鳴くか。赤ドラ爆弾仕込んでるかもやな。


そういや赤牌(あかはい)入れてるからな。


寝ぼけてドラ捨てるとはおいらも落ちたもんや…」


ヴァーリャはぶつくさいいながら、


眠い目をこすりながら役作りに励もうとするが、


眠気が頭の中を支配し始めてどうにもならない。


それは天外にも言える事らしく、うつらうつらとしている。


時折魂が抜けたように茫然自失になっている有り様で、


麻雀をやっている状況とは思えないある意味地獄絵図である。


「兄貴、天外…寝たら罰金やで?」


「ふぁっ?」


罰金という言葉に目が覚める2人。


いつの間に罰金なんか設定されたのかという


素朴な疑問すら考えられない2人の眠気は、


ただ漠然と麻雀をする為だけにちじこに起こされている、


という状況であった。




「やっと放送終わったな…って、兄貴!!天外!!」


【青春ラジメニア】を聞き終えて、満足な表情を浮かべているちじこに対し、


ヴァーリャと天外は意識が完全にどこかへ吹き飛んで、


もぬけの殻という状態に陥っていた。


目は白目をむいており、力尽きて倒れこんでいる。


「やべーなこりゃ…あ、自販機あったな。


熱いコーヒー飲ませないと…」


ちじこは大慌てで国道沿いの自動販売機へ駆け出して行き、


ホットコーヒーを2つ買ってくると、


ヴァーリャと天外の頬に当てた。


すると、二人の目に光が宿り生気も蘇ってきた。


「はっ、おいら達…どないしてたんや?」


「記憶がねぇぞ…」


「とりあえず兄貴も天外も、温かいうちにコーヒー飲んで!!」


ちじこに言われるまま、2人は缶コーヒーを大事そうに抱え、


美味しそうに飲み干す。


「くそ、意識ぶっ飛んでたな。やってもたわw」


「俺としたことが、油断したぜ…。ちじこ、Anzaはまだ来ないのか?」


ヴァーリャと天外が人心地付いたところで、


天外がAnzaの出待ちを確認する。


「んーと…そろそろやな」


ちじこが腕時計をチラッと見て、手渡すお好み焼きの準備をし始める。


「よっしゃ。俺らは雀卓片づけるから、


ちじこはさっさとAnzaに渡してきな」


「えっ、兄さんたちも一緒ちゃうん?」


「アホたれ、眠くて何話していいか分からんわw


俺らは尼崎に向かう準備するから、お前はさっさと渡してこい!!」


ヴァーリャはちじこの頭を(はた)くと、


天外と雀卓の片づけに入る。とそこへ、


裏口から大本命のAnzaが姿を見せた。


「あ、Anzaさーん!!」


「!!」


突然声を掛けられたAnzaは、


おっかなびっくりの表情で声の方へ振り向く。


「あ、ちじこくん!!えっ、まさかこんな時間まで寒い中待っていたの?」


「えへへ…」


Anzaに声を掛けられたちじこは照れまくっているようだった。


「アホたれ、さっさと渡して尼(尼崎の略称)


いかなあかんちゅーのに…」


ヴァーリャが親しげに話すちじこに悪態を吐く。


「少しでも向こうで寝たいんだがなぁ…あのミーハーぶりはパネェな」


自転車に荷物を積み込んでいつでも出発できる用意の出来た天外、


裏口でまだ話し込んでいるちじこを、


眠たそうな目で見つめている。すると、


Anzaがヴァーリャと天外に手を振ってきたのだ。


「おい、ヴァーリャ。Anzaが手を振ってるぜ。


俺らも振ってやらんと、ちじこがへそ曲げるぞ」


「やれやれだぜ…」


天外に促され、作り笑顔で手を振る2人。


更に少し話し込んでから、笑顔で手を振って別れて戻ってきたちじこに、


ヴァーリャと天外の視線は冷たかった。


「まぁまぁ、そう怒らない怒らない。大阪に戻ったら一杯奢るからさ~」


「なんでそこで標準語やねんw大阪弁使わんかいw」


ちじこの不自然な標準語を聞き咎めるヴァーリャ。


「満足したか、ちじこ?」


天外が眠い目を擦りながら尋ねると、


「天外、ありがと!大満足や。


Anzaすごく喜んでくれてな、


今度【きゃすたりあ】に遊びに来てくれるってゆーてくれたわ」


「ほぉ!!」


ヴァーリャと天外、


ちじこの言葉に目が覚めたらしく感嘆の声を上げる。


「芸能人があの店に来んのか…。


関テレ(関西テレビ)に近いから芸能人来ぇへんかなと、


ワクワクしながら待ってたんやけど、


来るのは天神橋のおばはんばかりやったしな…なんか楽しみやわなぁ」


ヴァーリャが急にワクワクし始める。


「あ、兄さん。Anzaも今度は麻雀参加したいやって」


「ふぁっ!?」


今度は天外の目が白黒する。


「いやぁ、秋刀魚(三人麻雀)の話したら…次回、


私も是非参加してもいいかしら?って言われちゃってさ」


デレデレしながら話すちじこに、ヴァーリャがすかさず、


「おっとぉ、動画動画。これ譁紗祢に見せないとやな」


完全に目が覚めた様子らしく、スマホでちじこを動画撮影し始める。


「あ、兄貴!!」


「おいおい、漫才やってる場合じゃねーぞ。


そろそろ午前3時だぜ。俺らの体力だと寝てないからペースダウンも考えて、


尼崎へ午前9時までに着くなら、今から出ないと間に合わねーぞ」


天外がスマホの時計を見ながら忠告すると、


2人は急にしおらしくなった。


「おまえら、青菜に塩だなw」


「うっせぇwさっさと行くぞオラァァン!!」


3人は寝不足かつ疲れた身体を押して、


未明のラジオ関西ビルを出発したのであった。




神戸市内を通過して芦屋市を通過、


西宮市内に入る頃にはすっかり夜も明けてきた。


しかし、小雨が降り始めて徐々に疲労困憊の3人に対し、


地味にダメージを与え続けていく。


それでもコンビニで眠気覚ましの栄養ドリンクや、


エナジードリンクで無理やり眠気を抑え込み、


遂に尼崎市手前の国道2号線武庫大橋まで到達した。


「ヴァーリャ、お前なんか悪い事しただろ?俺は悪さは最近してないから、


きっとお前がこの雨の原因だ!!雨男め!!」


天外が腹立ちまぎれにヴァーリャに言い放つ。


「なにをおっしゃるうさぎさん。おいらは最近、


ロト6で千円当たったんだぜ!!雨男は俺じゃねーな。


きっとちじこだ、ちじこ!!」


意味不明の返しをしながら、雨男はちじこだと主張するヴァーリャ。


そのちじこも流石にここまで来ると無言になる事が多くなっている。


「おーい、ちじこ…大丈夫かよ?」


ヴァーリャが心配になって声を掛けるも、どよーんとした表情で頷くのみ。


「天外、ちじこ大丈夫かの?」


「ここまで来たら、引き摺ってでも連れて行かなきゃならんだろ?」


「まぁ、そりゃそうだな…。おい、ちじこ。


今久留主秋穂のミニコンサートの会場どこやねん?」


ヴァーリャは気を取り直して、ちじこに地図で場所を示させた。


「えーとね…JR立花駅前のフェスタ立花南館1階フロアやねん」


ちじこは虚ろな表情ながらも、


今久留主秋穂のミニコンサートと聞いて少し生気を取り戻し始める。


「んーと、立花か…そない遠くないな。よっしゃ、


一気に向かって向こうで少し休憩しよ。まだ8時過ぎやし、


あと30分くらいで着くやろ」


ヴァーリャの言葉に、天外とちじこが頷く。


「ほな、もうひと踏ん張りや…」


3人はだる重い身体を引き摺るようにしてJR立花駅前に自転車を進めていく。


しかし…そこに待ち受けていたのは予想外の光景だった。




「おい、ちじこ…なんやあいつら」


フェスタ立花南館1階特設ステージに着いた3人の目に飛び込んできたのは、


鉢巻きに法被姿の異様な男性集団が、


ステージを取り囲むようにスタンバイしている光景であった。


「あー…あれは今久留主秋穂のファンクラブやね。ほら、


昔アイドルの親衛隊みたいなんあったやん…あれと同じようなもんやね。


ただし、今久留主秋穂非公認なんやけど」


「非公認わろたw」


ヴァーリャと天外、ちじこの話を聞いて爆笑しかけるが、


ファンクラブメンバーが会場を鋭く監視していることもあって、


笑いを殺さざるを得なかった。


「俺もまさか連中が地方のミニコンサート程度に


出張る事は無いと思ってたんやけど…まさかなぁ」


しとしと降り続く冬の小雨の中、観客も続々集まり始めている。


小雨決行らしく、ファンクラブメンバーが場内整理に当たり始める。


「とりあえず、おいら達も行くか。


荷物はコインロッカーに預けておけばええやろ」


ヴァーリャの提案でJR立花駅まで向かって自転車と荷物を預け、


手ぶらの状態で会場に戻ってきたが…会場は異様な熱気に包まれていた。


流石声優アイドル・今久留主秋穂である。関西ローカルとは言え、知名度は抜群。


全国区にいつ打って出てもおかしくない人気ぶりが伺い知れる。


「おい、なんだこの妙な空気」


天外が全く異質の空気に違和感を隠し切れない。


「天外、大体アイドルのコンサートってこんなもんやで」


「まじかよ…ってヴァーリャ座ったまま寝てるんじゃねーよ!!」


天外、どさくさ紛れに座ったまま寝ているヴァーリャの頬を


往復ビンタで叩き起こす。


「ふぇ?もう喰えない…」


「兄貴、しっかりしてくれ。もうすぐ始まるからさ!!」


寝ぼけているヴァーリャを、更にちじこが何発か頭を殴りつける。


「なーんかな、頭がズキズキすんねんけど…


ちじこと天外、何かした?どついたんちゃう?


(大阪弁で殴る、叩くという意味)」


「ヴァーリャ、気のせいだ気のせい。ほら、始まるぞ!!」


「んあ?」


天外がヴァーリャをステージの方向に向かせたと同時に、


今久留主秋穂のミニコンサートが始まった。


「雨が降っている中、


わざわざ立花まで来てくれておーきにやで!!」


笑顔で手を振る今久留主秋穂に、観客から歓声が上がる。


「楽しみやったんやけど…眠すぎて辛すぎ…」


ちじこも意識が遠のくのを必死に抑え込んでいる様子である。


ちじこがそのような状況であるから、


ヴァーリャと天外は座ったまま爆睡しているのは言うまでもなかった。


ただ、顔を下に向けているので寝顔はばれていないようだ。


「それじゃ、私のお気に入りの曲聴いてくださいっ!!


【Night Witches】ですっ!!」


今久留主秋穂は早着替えをステージ上で行って、


あっという間にワンピースの衣装から迷彩服に着替えて観客を大いに沸かせる。


しかし、一番楽しみにしていたちじこが意識を取り戻したのは、


皮肉にもコンサート終了直後だった。


「はっ…寝てしまってたんや…」


今頃気づいたちじこだったが後の祭りであった。


「みんな、冷たい雨の中ミニコンサートに来てくれたありがとうね。


私、これからもっと頑張ります!それじゃまたね!!」


今久留主秋穂はいつの間にかナース服に着替えていたらしく、


そのままステージを後にしていた。


「あー…」


茫然自失のちじこだったが、


ヴァーリャと天外は全く起き上がる気配は無かった。


観客たちはコンサート終了と同時に、そそくさと会場を後にし始める。


ファンクラブメンバーも今久留主秋穂が会場から去ったことを確認して、


立ち去って行ったようだ。そして業者がステージの撤去作業に入り始めた。


しかし、それでも3人は動けずにいた、というか動けなかった。


ちじこがどうにか起き上がってヴァーリャと天外を起こしたものの、


とてもじゃないが自転車で、


これからJR立花から大阪市北区天神橋筋3丁目まで帰れる体力など


残っている訳がない。そして、ちじこの脳裏に譁紗祢の顔と言葉が蘇る。


『無茶すぎるよ、絶対…』


ちじこには最早選択肢は無かった。


ただ歩く屍と化しているヴァーリャと天外をJR立花駅まで連れてくると、


スマホを取り出し電話をかけ始めた。


『もしもし…どうしたのよ?』


「あ、譁紗祢さん…」


『ちじこ…ふぅ。どうしたのよ?』


電話口で譁紗祢のため息が聞こえる。


「あの、あの…」


『だから言ったじゃないのよ!!寝ないで行くのは無茶だって!!』


「はい…反省してます」


『反省だけならサルでも出来るんだよ、分かってる?


私、心配してたんだからね。


お兄ちゃんや天外も一緒って言っていたけど、


3人共倒れになってないかって。


これに懲りて、無茶な事はしないって約束する?』


「は、ハイ…」


譁紗祢はちじこの電話の意図をすぐに読んでいるらしく、


説教をして反省させて迎えに来るつもりでいるんだな…


ちじこはそう思って素直に謝った。すると再びため息が聞こえてくる。


『ったくもぅ!お兄ちゃんもお兄ちゃんよね。


目が覚めたら私がお説教しないと!!妹に心配かけるなって!!』


「はい、ごもっともです」


ちじこに反論の余地などない。


『ちじこ、今JR立花駅南口にいるんでしょ?


ならすぐ目の前のロータリーまで自転車押して来て』


「え?言ってる意味がわかんないんやけど?」


『だったら、南口のロータリーを見てみなさいよ』


譁紗祢の言葉を聞いて、ちじこは南口のロータリーに視線をやると…。


なんと、見覚えのある車が…。近づいてよく見るとそれは、


ヴァーリャの軽自動車と小桜まことの実家の軽トラックが


ロータリーで待ち構えている。


「!?!?!?」


ちじこは目の前で何が起こっているのか、理解できない表情で固まっている。


『ちじこ、しっかりなさい!!』


ヴァーリャの車から出てきたのは、紛れもなく譁紗祢であった。


スマホ越しにに話しかけながら、


茫然自失しているちじこの前で立ち止まった。


「まったくもぅ!」


譁紗祢の顔を見た途端、


ちじこは気が緩んだせいか崩れ落ちる様にへたり込んでしまった。


「ちょっとちじこ、ちじこぉ!!シゲさん、手伝って!!」


譁紗祢の呼び声に、軽トラックから白髪交じりの長髪の中年男性が姿を見せた。


「ほれ、言わんこっちゃない。こうなるってわかってたんやけどなぁ…」


「シゲさん、ちじこにはまだまだ分からないですよ。


彼はこうやって、自分が大変な目にあって覚えていくものです」


譁紗祢の言葉に、


「ごもっとも」


そう言いながら禁煙パイポを銜える天河鎮実。


「しっかり者の妹をもって、


ヴァーリャとちじこは幸せもんやなぁ。


おーい、ヴァーリャ!!天外!!起きろ起きろ。


迎えに来たから軽自動車に乗れ!!」


鎮実は意識もうろうとしている二人を、往復ビンタで叩き起こす。


「んあ…あれ、な、なんでおいらに車が?????」


ヴァーリャは目を覚ますと、


自分の車が目の前に来ている状況を全く呑み込めていないでいる。


「あ、お兄ちゃん目が覚めた?」


ちじこを軽自動車の助手席に乗せ終わった譁紗祢が、


ヴァーリャの許へ駆け寄る。


「あれ、譁紗祢?なんでここに?シゲさんまで?」


「ヴァーリャ、天外!!酢豚はやっぱり、パイン入りだよなぁ!!」


鎮実はそういうと親指をビシッと立てる。


「あの、シゲさん…」


譁紗祢のこめかみが微かにぴくぴく動く。


「ハハッ、自転車の回収やったな。


ウッカリしてたぜヒャッハー!」


譁紗祢の表情を見逃さなかった鎮実は、


回れ右をして軽自動車の荷台へ3人の荷物と自転車の回収に当たり始める。


「ってか譁紗祢、なんでおいらの車を…」


「えっ?これ?」


譁紗祢が右手に持っている鍵を見咎めてヴァーリャが叫ぶ。


「おいぃ!!それおいらの車の鍵やん!!という事は…家に入ったんか!!」


ヴァーリャは自分のアパートに譁紗祢が入って車に乗ってきた事を悟った。


「かーさーねー!!」


眠気が強すぎていまいち迫力はないが、


自分の妹…血は繋がっていない妹だが…が無断で家に入って車を乗り回すことは、


兄として許せないと思ったのであろう。


しかし、妹が圧倒的に上手だった。


「私の大事なお兄ちゃんと弟が行き倒れになりそうだったんだよ。


ほら、お兄ちゃんもいつも言ってるじゃない。


『おいら達は血の繋がりはないけど、強い絆で繋がっている3人兄妹だって。


血より濃い繋がりの兄妹…いいえ、おいら達は家族だ!!』


そう言ってるじゃない。だったらさ、妹の私がお兄ちゃんと弟のピンチを


救ってあげなくちゃダメでしょ?お兄ちゃんは、


『いざとなれば、おいらでもちじこでも何でも使え‼』


って事あるごとに言ってたじゃない?だから私は、


お兄ちゃんの言いつけを守って、ここに来たんだよ?


当たり前の事をしただけだよね、間違ってないよね?


おにぃたん♡」


譁紗祢の言葉を聞いて、目が回り始めるヴァーリャ。


完全に妹にしてやられた証拠であろう。


「お兄ちゃんしっかり!!」


倒れそうになるヴァーリャを受け止めて、


肩を貸して軽自動車の後部座席に乗せる譁紗祢。


看護師の仕事柄患者を抱えたりする事も多いので、


実は腕力が男顔負けなのは、ヴァーリャとちじこが知るのみである。


天外は自力で歩けるようなので、


手を添えてエスコートして車へ連れてゆき、


ヴァーリャと同じように後部座席へ乗せる。


3人が乗ったのを確認すると、


譁紗祢はネックピローとアイマスクを3人にそれぞれ装着していく。


看護師の仕事をしているだけあって、手際よく3人にセッティングを施す。


「譁紗祢、こっちは終わったで。店開けなあかんから、先に戻ってるでな」


「シゲさん、助かりました」


「yeah!ほんま、こいつら譁紗祢に足向けて寝られへんど」


鎮実は譁紗祢に親指を立てると、一路天神橋筋3丁目に軽トラックを走らせた。


荷台にはしっかり荷締めされた自転車と荷物が綺麗に積まれている。


昔は引っ越し屋も経験していたという鎮実ならではの腕前だな、


と譁紗祢は感心しながら見送っていく。


「さて、私も帰ろうかな」


鎮実を見送って、車に乗り込むと3人のいびきが車内で木霊していた。


「あーうるせぇwいびきの5.1サラウンドかよw」


あまりの五月蠅さに苦笑が止まらない譁紗祢であった。

やっぱり春花秋月の姉御の異名を持つ譁紗祢だな。


しっかり者の妹がいるから、兄貴や弟がやんちゃしてもフォローしてくれる。


いいもんだねぇ、俺も譁紗祢みたいな嫁が欲しいもんだぜ。


俺にも嫁も欲しいがプレゼント欲しいぜ…あ、


でもやっぱりヨメさんがいいかな()


くそ、今日に限ってどうして標準語なんだ…マジインケツだぜ!!

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