第2話 グルメツァー(後編)
さて、ようやくグルメツァーの話がまとまってきたようだ。
しかし誰と誰が行くんだ?あいつら、結構行き当たりばったり
な所あるからな。あと、俺の車で間違ってもドリフトとかすんじゃねーぞ!!
「という事はやね…みんな仕事が終わって…めっさお腹すかせた状態で、
こっから茨木回って枚方そして王寺回って、和歌山いくんか…
飢えた狼満載して爆走って事でFAやな」
ちじこがヴァーリャに地図でいちいち場所を指し示しながら、
ルートの確認を行っている。
「せや。まずここ天三(大阪市北区天神橋三丁目)出てちじこは家に戻って
譁紗祢を拾ってから、長柄橋渡って府道16号大阪高槻線でズバッと
摂津市の一津屋交差点までいく。んで左曲がって中環
走ってモノレール南茨木駅で八十一せんせー拾う。で、そこから引き返して…」
ヴァーリャは事細かくルート説明を行っている。彼らが計画しているのは
…そう、グルメツァーである。
深夜営業の和歌山ラーメン店【増成商店】に
春花秋月の有志メンバーと小桜まことも加えて食べに行こうぜ!!
という計画である。当然彼らは言うまでもなく、
赤貧洗うが如しの言葉もあるように、
お金に余裕などない。でも、若さがある!そして行動力がある!!
あと、時間もある!!!それを考慮して全てのルートを高速という
ブルジョア階級が使うようなルートは一切使わず、
一般道のみでの移動をするという、
これまた破天荒なコース設定でラーメンを味わおう!というものであった。
参加メンバーはヴァーリャ、ちじこ、譁紗祢、九十九八十一、諸葛文遠、
そして小桜まことである。八十一を除くメンバーは、
それぞれ就職したてで貯金も乏しい、
でも面白い事楽しい事は全力で楽しみたい。そんなメンバーが集まってきた。
他のメンバーも参加したがっていたのだが、それぞれが仕事で時間が合わない者、
JR阪和線日根野駅で電車のパンタグラフが焼損事故が多発、
鉄道ファンの有志が原因調査の為にJR関係者でも無いにも関わらず
深夜の日根野電車区本区に集結、各車両を監視する集いに参加するため
泣く泣くグルメツァーの参加を次回にしてしまった者、
先に奈良のラーメン店【神立】など奈良のラーメン店をはしごしまくって
ラーメンをついつい食べちゃって太ってしまい、現在必死のダイエット中
なのでダイエットが終わったら絶対参加したい!と、
譁紗祢に悔し泣きしながら話す者、
会社の慰安旅行で白浜温泉に行かざるを得ない…
何故同じ和歌山なのに紀北じゃなく紀南なんだ…
うごごごご…と納得がいかない様子の者など、
参加できない者の怨嗟の声がヴァーリャ達に響く中、
参加できる6名は期待に胸を膨らませていた。
天神橋三丁目商店街にある軽食喫茶【きゃすたりあ】にて、
主要メンバーが集まって打ち合わせを行っていた。
ヴァーリャ・ちじこ・九十九八十一の3人と、
この日は春花秋月メンバーの桐莉夏も来店していた。
「私だけ、奈良なんですけどいいのでしょうか…」
「大丈夫だ、問題ない」
まことが申し訳なさそうに言う所を、鎮実が遮った。
「どうせ、俺の車使うんやろが!ちじこ、ヴァーリャ。
車ぶつけたらおまえら弁償やからな!!」
「わーってるって、シゲさん♪」
「…まぁ、えもめんじゃないから大丈夫だろうけど…あいつ、
絶対国道169号で土讃線スペシャルラインする奴だからな!!」
「土讃線スペシャルラインwwwww」
鎮実の言葉にちじことヴァーリャが爆笑する。
「俺の車はワンボックスカーやねんから、
ドリフトなんかしたらいてこますからな!」
鎮実の言葉に莉夏もコロコロ笑う。
桐莉夏も万梨阿達同様私立秋月学園の卒業生であり、
件の事件に関わっていた女性である。冷静沈着な判断で度々ピンチを
救ったと漏れ聞こえる会話から聞いていた鎮実は、
春花秋月のブレーン的存在なんだなと一目置いていた。
事実、彼女はSEとして慌ただしい日々を
送っているようで、ようやく【きゃすたりあ】に来ることが出来たのだ。
「私も行きたかったのですが、お仕事が入っていまして…
次回こそは絶対に参加したいです!」
スーツ姿に眼鏡といった理知的なスタイルで、
両腕をぐっとにぎりしめて可愛く見せるしぐさに、
鎮実と八十一を除く男性陣が視線を一斉に莉夏へ送り込む。
「かわぇぇ・・・」
「譁紗祢より今日は輝いてるぜ、莉夏さん」
ヴァーリャとちじこが目をキラキラさせて莉夏をまじまじと見つめる。
「我々の業界ではご褒美です!!」
二人が口を揃えて言うに至って、全員が爆笑の渦に巻き込まれた。
そこへ莉夏のスマホから着信音が聞こえる。
「もしもし…はい、え?えもめん?どうしたの?え?え???
あいとぅがなんばガレリアで…うん、酔っ払って通行人に
絡んでいたヤクザをぶん殴った?えぇぇぇぇぇぇ!?
それで、うん、うん、騒ぎになってえもめんも止めたけど…
うん、うん、更に騒ぎが大きくなって警察も来た…それで…
えっ、えっ、警察の方たちともプロレス!?」
莉夏の言葉に全員の目が一斉に点になる。
「あいとぅ…未成年のころから飲んでいたからなぁ。
酒癖の悪さを春流からも叱られ、私もこっぴどく説教をしたんだが…
やっちゃったんだな…はぁ~」
八十一が力なく肩を落とす。
「せんせー、あいとぅは自業自得や。莉夏さんの話しぶりから警察のトラ箱
(「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」に基づき
泥酔者・同法違反者を保護収容・留置するために設置された警察署にある保護室)
行きやろ。少しはこれに懲りて節酒するように、
せんせーから懇々とお説教したらええと思うよ」
ヴァーリャの言葉に、八十一と電話中の莉夏以外は全員が何度も頷いた。
「そうですね…」
そう言いながら心配そうに莉夏のやり取りを気にする八十一。
やがで電話を切った莉夏が、
「九十九先生。私、あいとぅとえもめん迎えに行ってきます。
あいとぅは保護室には入れられますけど、
酔いがさめたらお灸をすえられて出してもらえるそうなので…
えもめんだけでは不安なので行ってきます」
「すまない、私が行かなくちゃならないんだが…」
「あいとぅはもう卒業したのですよ、先生。
今は元教え子ですからね。そこ、大事ですから」
やんわりと、八十一に心配しないでと暗に告げる莉夏。
「大丈夫です、私が迎えに行きますし…それに、えもめんも
私に来てほしいと連絡ありましたから。
九十九先生はグルメツァーに行くみんなを見守ってあげてください」
「わかりました。すっかり大人になりましたね…莉夏さん」
「SEをやっていると、
お客さんと色々やりあう事も多くて…慣れですね」
そう言うと苦笑を浮かべる莉夏。
「それじゃみんな、気を付けて楽しんできてくださいね」
「莉夏さんもお気をつけて…」
まことが店の外まで莉夏を見送る。
「話が途切れたが…みんないいか?
明日の夜だぞ、夜!!せんせーもやで!!」
ヴァーリャがちじこと八十一の顔を見比べながら、
念押しを繰り返していた…。
翌日の夜、ヴァーリャはちじこと共に
鎮実のワンボックスカーを借り受けていた。
「くれぐれも言っておくけど…間違っても
土讃線スペシャルラインすなよ!!あと、ドリフトとかは夢物語やからな!!
電車でDじゃないんやぞ!お前らは貧乏人だけど
ラーメン食べたいから俺が車を貸して、メンバー拾いながら
国道経由で和歌山に行って、天神橋に帰ってくる!!ええか、それ忘れるなよ」
鎮実は禁煙パイポを銜えながら、渋々車のカギをヴァーリャに渡す。
「ヴァーリャ、おめーは運転手だから基本的におめーが運転しろ。
ちじこはまだ若葉やから、
山道はぜったいに走らせるな!!ええな!!」
クドクドと注意する鎮実に、
「シゲさん、時間時間!!」
ちじこがわざわざ時計を鎮実に見せて時間が迫っている事をアピールする。
「わーっとるわい。おまいら、ちゃんと全員拾っていけよ。
特に、まこちゃんは王寺(奈良県北葛城郡王寺町)やから、
絶対見逃すなよ」
「おまかせピー!!」
「なんなんだよ、そりゃ…」
ヴァーリャの言葉に毒気を抜かれた表情の鎮実。
二人はそそくさと車に乗り込むと、颯爽と走らせていった。
深夜のドライブの開始である…。
車は夜の天神橋筋を南に下り、
南森町のちじこと譁紗祢のマンション前に止まる。
「へーい、おまたせおまたせ。譁紗祢、またせたな!」
「やっと来やがったなw」
ニヤニヤしながら譁紗祢がすでに待ち構えていた。
「ちじこ、はよ譁紗祢乗せろ。次はちょい渋滞するからはよいくぞ」
「オッケー、兄貴」
ちじこは手早く譁紗祢を車に乗せると、
自分も助手席に乗り込み、車は天神橋筋を北上していく。
「兄貴、長柄橋渡るんだろ?」
「せや、天六(大阪市北区天神橋6丁目)はめっさ混むけど、
さっさと淀川渡らんとどこそこ混みよるからな」
時計をちらと眺めたヴァーリャは、長柄橋を渡り
府道14号線大阪高槻京都線を東に車を進める。
「ま、ここまではデフォなんやが・・・ここからや」
というと、突然淀川の堤防下の道路を走りだす。
「ここは?」
「これな、抜け道なんやわ。俺が仕事柄使ってるルートでな、
知ってる奴も多いけど、アホみたいな渋滞捕まるよりまだ進む。
中環までさっさと逃げ切るにはこれが手っ取り早い」
運送屋の経験を活かして、ヴァーリャは次から次に裏道を駆使して、
時間より5分ほど早く、大阪モノレール南茨木駅に到着した。
「せんせーは…いた。流石やわ!」
既に待っていた八十一先生を、譁紗祢が迎えに行く。
「せんせー、時間にきっかりやね」
ちじこが車に入ってきた八十一に、声をかける。
「みんなお疲れ様。今日はよろしく頼むよ」
「yeah!」
八十一の労りの言葉に、親指を立てて応える3人。
車は颯爽と茨木市内を通り抜けていく。
ヴァーリャの実家に近くという事もあって、
今まで以上にとんでもない裏道を駆使して国道170号線
に到達、枚方大橋を渡って思遠との待ち合わせ場所、
【ひらパー】こと【ひらかたパーク】へと車を進める。
「ひーらぱー、ひーらぱー!!」
ちじこが嬉しそうに連呼すると、
「ちじこ…」
すかさず冷笑を浮かべる譁紗祢。
「Oh no terrible…」
2人のやり取りに、ヴァーリャが思わず口走る。
「なぁに、おにぃたん♡」
今度は譁紗祢の矛先がヴァーリャに向けられると、
額から冷や汗が一滴たらりと滑り落ちるヴァーリャ。
「楽しませてくれますね、本当に」
八十一は微笑を浮かべて、3人のやり取りを心の底から楽しんでいるようであった。
彼らの間に色々あった事を知っているからこそ、
今の状況を改めてかみしめるかの如く、3人を優しく見守っているように。
車はそうこうしているうちに京阪本線枚方公園駅に到着した。
そこに両手を振って車を待っている女性が一人…思遠だった。
「おう、おやじ!!待たせたな」
ヴァーリャが運転席から窓を開けて声をかけると、
有無を言わさず頭を叩かれる。
「誰がオヤジなんだよw私は口調は男勝りだけど、
れっきとした女性なんだからね!!」
ボーイッシュな衣装に身を包んだ細身の女性は
ヴァーリャに往復ビンタを食らわすと、そそくさ車に乗り込んだ。
「思遠さん、こんばんは~」
「思遠さん、オッスオッス」
「ご無沙汰、思遠さん」
「みんな、こんばんは。八十一先生、ご無沙汰です」
往復ビンタをくらってひーひー言っているヴァーリャを横目に、
ちじこと譁紗祢、八十一は思遠との邂逅を喜び合っていた。
思遠も春花秋月のメンバーの一人であり、
他のメンバー同様に事件に関わっていた一人であった。
今は枚方の実家の家業である家具製造を受け継ぐために、
女性ながら職人として修業中の身である。
「ほら、ヴァーリャ!!早く王寺行きなさいよ。
まこちゃん、お腹すかせて倒れるじゃん!!」
「くそ、ガッデムオヤジめ!!」
ヴァーリャが陰口を叩くと、即座に後頭部へ平手が飛んでくる。
「うっさいわね、早く行く!!」
「ひぃ…人使い荒いんだから…」
思遠にバシバシ叩かれて文句を言いまくるヴァーリャは、
車を国道168号線へと向かわせる。国道168号線は和歌山県新宮市から
大阪府枚方市に至る一般国道である。生駒山地の脇を通る国道で、
王寺に向かうルートとしては最短である。しかし、途中旧道は山道もあり
夜間走るには少々危険な個所もあるルートだが…
ヴァーリャにとっては自宅から通勤路に向かうルートと
大差なしと豪語出来るらしい。
「ヒャッハー!やっぱりこれだぜ!!
思わず土讃線スペシャルラインしたくなりそうだけど…
シゲさんにぬっころされるからなぁ」
「馬鹿だろ、ヴァーリャ。御託はいいから早く行きなさいよ。
あたしたちお腹空いてるんだから!」
「ヘイヘイ…」
車は枚方の市街地を抜けて交野市・生駒市を通過し
奈良県生駒郡斑鳩町も通り抜け目的の奈良県北葛城郡王寺町に到着した。
「えーと、待ち合わせ場所のJR王寺駅で…っと、
いたいたいた!まこちゃん、目立つなぁ。
ちじこ、迎えに行ってくれ」
「おうさ!」
ヴァーリャは王寺駅南側のバス乗り場に車を横付けさせ、
ちじこと共にまことを迎え入れた。
「みなさま、お疲れさまでした。
私の為にようこそ王寺までお越しいただいて…」
嬉しそうにはにかむまことは、手土産を用意していたようだ。
「コーヒーを淹れておきました。
ラーメンを食べるので食べ物は控えさせて頂きましたが、
コーヒーなら眠気も覚めますし。
シゲさん直伝のブルーマウンテンブレンドです」
車が動き出すと、譁紗祢も手伝いながら手際よくまことが
カップにコーヒーを注いでいく。
それを乗車メンバー全員に行きわたらせると、
緊張した様子で味の感想をかたずをのんで待っている。
大丈夫かな、美味しいと言ってくれるかな?
期待と不安に落ち着かない様子のまことだったが、
「美味い!美味い!!美味い!!!」
「軽食喫茶【きゃすたりあ】の味だね!」
「まことさん、いい仕事してますね」
「まこちゃん、私おかわり!ヴァーリャの分はいらないからね!!」
「おいてめー、ぶっとばすぞ!!
ぜってー和歌山着いたら和歌山駅前の木に吊るして、
『どうもこんばんは、クリスペプラーです!!』
って言わせる。あ、まこちゃん。おいらもおかわり!」
5人が5人共満点の評価を下してくれて、
まことは破顔一笑。ニコニコしながらコーヒーを注いでいく。
「おぉ、やっぱこれは美味い。これならおいらも和歌山までなら
ノンストップでいけそうだ。トイレ休憩は早めに言ってくれよな。
この辺りは田舎だからコンビニがねーんだよ。
あと、眠たかったら寝てくれてもいいぜ。
真っ暗だからなんもみえやしねーしw着いたら起こすからさ…
って言うまでもなかったか、たはは」
ヴァーリャがルームミラーで後ろの席を見てみると4人共転寝をしており、
助手席のちじこもグーグーと寝ている。
「みんな仕事疲れだからな…だがしかし、
おいらは鍛え方が違うぜ!!運送屋魂見せてるで!!」
車は国道168号線から国道24号線へ入り、
西へ西へと向かい…遂に和歌山市内へ入ってきた。
「おーい、みんな阪和道和歌山インターチェンジ超えたぞ。
そろそろ起きてないと、寝ぼけてラーメン食う羽目になるで」
ヴァーリャが車内で声をかけて寝ていた全員を起こすと、
いよいよJR紀勢本線のガード下をくぐる。
「来た来た来た来たぁ!!もうすぐやぞ、【増成商店】着くぞ!!」
「おぉ!!」
車内は異様な興奮に包まれる。待ちに待ったラーメンである。
眠りで抑えられていた空腹感が、
ここで最高潮を迎えているのは確実であった。
ヴァーリャは先に店の前でちじこ達全員を降ろして、
少し離れた駐車場に車を止める。
「ほな、いこか」
高鳴る期待に胸を膨らませるヴァーリャ達は、
少し出来ていた行列の最後尾に並ぶ。
「今何時?」
譁紗祢がちじこに尋ねる。
「0時半」
「こんな遅くにでも行列が出来るのですね…」
「ここは有名店だしね、私も初めてだけど美味しいと評判だからな」
まことと八十一もいよいよ来たのだと、店内に入れる時を静かに待つ。
「ヴァーリャって和歌山が故郷だったよね。
あんたロシア人なのにほんと、日本人より日本人してるわぁ」
「たりめーだろw和歌山産まれ大阪育ち!
ロシア人だけど生粋の日本人と遜色ねーよ」
思遠とヴァーリャもぶつくさ言いながらも、店内に入る順番を待った。
そして…その時が来た。
「お次にお待ちのお客様、どうぞ~」
ヴァーリャ達は勇み足で店内に入り、ちじこと譁紗祢、
他の4名という塩梅でテーブルに腰かけた。
「ここ和歌山ではラーメンを中華そばっていうんだよ。
だからほら、メニューが中華そばだろ?」
「あ、ほんとだ…お兄ちゃん詳しいんだね」
「譁紗祢、和歌山産まれを甘く見たらあかんw」
何をどう甘く見ているのかさっぱりわからない他の4人だったが、
ヴァーリャが自信満々に紹介しているのはよくわかったようである。
「ここは豚骨ベースの豚骨醤油だ。他にも醤油ベースの豚骨醤油もあるが、
そちらは車庫前系と言って・・・って、
まぁ、四の五と言わずまずは食おうぜ!」
ヴァーリャはそういうと、テーブルにあった寿司に手を伸ばした。
「兄貴、これは?」
ちじこが興味津々に聞いてくる。
「これは【早寿司】。紀州名物の腐り鮨「なれずし」を
十分に発酵させていない状態の鯖寿司である「早なれ」の事を言うんだ。
ほら、こうやって外側の包装をむいて…そして食らう!」
ヴァーリャが手慣れた手つきで【早寿司】を頬張ると、
他の5人もヴァーリャに見習って【早寿司】を頬張る。
「う、うめぇ…」
ちじこが目を丸くしている。
「これは美味しいですね」
八十一が感心していると、
「せんせー、この【早寿司】と…」
そういって、今度は卓上においてあるザルの中からゆで卵を1つ掴む。
「ゆで卵を食べてラーメンの到着を待つ。
これが和歌山ラーメンの食べ方の極意ですわ。
ゆで卵はラーメンに入れてもええと思いますよ」
ヴァーリャは灰皿を殻入れ代わりにしてきれいに殻を剥き、
ラーメンの到着を待っている。ラーメンと共に食すつもりのようだ。
他の5人もヴァーリャに倣ってゆで卵はキープを選択したようだ。
「なんか緊張しますね…」
まことは店内をきょろきょろ見渡す。
「まことさん、うちら食べるだけなんだから…あ、きたきた」
思遠が嬉しそうにラーメンの到着を知らせる。
「はい、お待たせしました。中華そばですー」
各人の前には待ちに待ったラーメンが到着した。
豚骨醤油のいい香りが鼻孔をくすぐる。
「いっただきまーす!!」
6人が一斉にラーメンを啜る。その刹那、
全員の顔に至福の表情が宿る。
「あ~この時を待っていたんだ」
八十一の一言がすべてを物語っていた…。
「いやぁ、食った食った」
「美味しかったね」
6人はそれぞれ満足の表情を浮かべながら車へと歩みを進める。
「さて、最後の経由地に行くか…」
「え、まだ行くところあるのですか?」
「あるな!」
まことが驚いた様子で尋ねると、ヴァーリャは意味深な笑みを浮かべている。
「まこちゃん、シゲさんの店で泊って行けるだろ?」
「ええ、そのつもりで準備していましたので…」
「なら決まりだ、さっさと行こうぜ!」
ヴァーリャは全員が車に乗り込んだのを見計らって、
車を国道26号線第二阪和国道へ滑り込ませ北に向かわせた。
車は紀ノ国大橋を渡り2車線のバイパスを北上、大阪府に戻って
岬町・阪南市を経由して泉南市まで車を走らせる。
ヴァーリャはふとルームミラーを見ると、
今度は満腹感からか5人共寝息を立てて寝ている。
「ふふ」
ヴァーリャは一人ほくそ笑むと、国道26号線第二阪和国道から
府道63号泉佐野岩出線へと車を左折させた。
走っているうちに海が見え始めた…。そう、
この道こそヴァーリャの目的地に通じる道なのだ。
やがて車は駐車場に入っていった。辺りは建物がほとんどなく、
ポツンとコンビニが1軒ある程度だ。が、しかし…海の方が明るい。
「おーい、みんな着いたぞ。最終目的地やぞ!
起きんかい、起きんかい!!」
ヴァーリャが5人を揺り起こして眠気覚ましのコーヒー缶を投げつける。
「え、あ、もう着いたんだ…ここは?」
思遠が目をこすりながらあたりを見渡す。
「ここはりんくう公園シーサイド緑地の駐車場や。
ほらほら、みんなビーチに行くで」
ヴァーリャの誘導で砂浜へ足を向ける5人。と、
そこに広がっているのは…関西国際空港の煌々と輝く照明の輝きだった。
「うぉ、まぶしっ!!」
「ネタかよw」
ちじこのボケに譁紗祢の容赦ないカウンターが入る。
「まぁまぁ、弟と妹よ。
二人きりでこのりんくうマーブルビーチの夜景を楽しみな」
ヴァーリャがコーヒーを啜りながらニヤニヤしつつ二人を送り出す。
「おっしゃ、うちらは反対方向行こうぜ。ここは絶景ポイントなんやで」
ヴァーリャはちじこと譁紗祢を二人きりにさせると、
3人を引き連れて海のそばまで歩いてきた。
「これは…、ヴァーリャ。よく見つけたものですね?」
「へへっ、せんせー。運送屋は伊達にやってませんよ!」
八十一とヴァーリャ、離発着する飛行機を飽きもせずに
眺めながら夜景をその目に焼き付けている。
「まことさん、綺麗ですよね…ほら、星空。
大阪市内とはまた違って星がよく見えますよ」
「ほんとですね。私の実家の奈良とはまた違いますが、
関空のライトアップと飛行機のライト、
そして波の音…心地いいですね。私も彼氏が出来たらここに来てみたいですね」
「まことさんなら大丈夫だよ!」
「思遠さんこそ!」
思遠とまことが女子会トークをしていると、
あちこちで恋人同士が会いを語らっているのが見えてきた。
このりんくうマーブルビーチはデートスポットらしく、
恋人たちがあちこちで夜景を楽しんでいるようだった。
しかし、それを許せない男が約1名…。
「くっそーくっそー!!連れてきたはいいけど、
なんかムカつく!!みんなイチャイチャしやがってぇ!!
石投げたろか!!」
ヴァーリャ、不意にもてない男のぼやきから八つ当たりしようと
足元の石を掴み上げる。しかしそこへ案の定、
思遠の拳骨がヴァーリャの頭上に飛んでくる。
「バーカ、何やってんのよ」
頭を抱え込んでウンウン唸るヴァーリャ。
「焼餅なんてお家で醤油塗って海苔巻きにして食べるもんなのよ!」
「山田君、思遠さんに座布団1枚!!」
一連の流れを見ていた八十一がすかさずツッコミを入れる。
「八十一先生…」
思遠は赤面しながら、まことの背後に隠れてしまった。
「ハハッ、私がこういう冗談を言うのが珍しいですか?」
「いえ、そ、そう言う訳じゃ…」
思遠は八十一の予想外の一言で調子を狂わされて、
何故か赤面してる自分が段々恥ずかしくなってきたようだ。
「ちじこくんと譁紗祢さんは…良き哉、良き哉。
二人の時間を過ごしているようですね」
八十一は着陸する頭上の飛行機をしんみりと眺めていた。
りんくうマーブルビーチを後にしたヴァーリャ達のワンボックスカーは、
大阪臨海線を一路北へ向けて走らせていた。
「ほぉ、ヴァーリャは大阪臨海線がお気に入りなのですか?」
助手席に座っていた八十一は不思議そうに尋ねる。
「せんせー、おいら工場萌えなんですよね。
工場の夜景が大好きで、それでよく…」
「阪神高速はわざわざ5号湾岸線を走るのがマイフェイバリット、
なんですね?」
「わかってらっしゃる。高石の工業地帯の夜景は鳥肌モノですぜ」
「確かに…あのコンビナート群の夜景は絶景ですね。
私もたまに車を神戸方面に走らせることがあるので、
神戸の海岸地帯の夜景を見に行っていますよ」
「せんせー、話が分かるぜ」
ヴァーリャは嬉しくなって、ついついダブルピースをしてしまう。
「ヴァーリャ、嬉しいのは分かりますが手放し運転はやめましょう。
私の元教え子たちが乗っているのですから」
「せんせーには敵わねぇやw」
ヴァーリャは鼻の下をこすると、
一路天三(大阪市北区天神橋3丁目)の軽食喫茶【きゃすたりあ】に向けて
車を走らせる。後部座席ではちじこが譁紗祢の膝を枕に眠っており、
かさねもちじこに凭れ掛かるように眠っている。
思遠とまこともシートを倒してぐっすり寝ている。
そして、空は薄っすらとだが明るさを増し始めていた。
「夜明けが近いね…」
八十一は高石の工業地帯の夜景を飽きもせずに眺めていた…。
やれやれ、無事に全員朝帰りってやつかwwwww
ま、みんなそれぞれ満足そうにしているから俺的には大成功
と言いたいが…まだ顔出してない奴もいるからな。
次はまだ顔見せていない連中の話でも語ってみるか。