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第1話 グルメツァー(前編)

俺の名は天河鎮実。大阪府大阪市北区天神橋3丁目の天神橋筋商店街に


喫茶・軽食【きゃすたりあ】という店を経営するしがない中年オヤジだ。


え?なんでおっさんが出てくるんだって?まぁ、話は最後まで聞くもんだ。


今から俺の店で起こった、


如何にも大阪らしいスカタンな話を披露しようってんだ。


え?マビノギ?なんだそりゃ?知らんな…そんなの。それよりも、


ここは大阪だぜ。


大阪人が2人話せば漫才になるって話、あんたも聞いた事あるだろ?


あれ、ガチだぜ…。


まぁ、ともかくコーヒーを淹れたぜ。今日の豆は深入りローストした


キリマンジャロをエスプレッソにして淹れてみた。


味は落ちるが苦みとコクがたまらないはずだぜ。


一杯飲みながら覗いてくれ。あと、ここでは俺は標準語だが…


本編に入ると大阪弁になるからな。え?俺大阪人だし?当然だろ?


そんな事はどうでもいいから、早く本編進めろだって?…


いらちやなぁ…ほれ、始めんで!

午後の昼下がりの喫茶・軽食【きゃすたりあ】。


店内で世間話に花を咲かせて、しこたま盛り上がった


天神橋マダムがお会計を済ませていく。


「あー、ここはわたいが奢るよって」


「え、ホンマ?小春はんおおきにやで」


「今度はウチが出すよってな…」


小春という中年女性がお仲間の天神橋マダムを送り出してレジで清算をする。


「えーと、合計で3千5百円ですわ」


鎮実がレジスターを叩いで金額を言うと小春と呼ばれた女性は5千円札を出す。


「ほい、5千円預かりますね…ほな、千五百円のお返し…ん?


どないしはったんです?」


小春が妙に赤面してもじもじしている姿に、鎮実は訝る。


「ちょいおばちゃん、なにしてんの?」


「あんな…そのお釣りでな…」


小春はもじもじして中々釣銭を受け取らない。


「はよしーや、なんやねん?」


「あんな…その釣銭でわたいと遊ばへんか?」


「は?」


目が点になる鎮実。


「あんた、ええ男やん。嫁さんおらへんねやろ?なーなー」


「こら、おばはん。仕事してんねんから…また今度、また今度!ほら、


釣銭握って…」


小春に釣銭を無理やり握らせて、店の外へ強引に送り出す鎮実。


「また来るよってな・・・」


目をキラキラさせる中年女性にうんざりしながら店に引き返す鎮実。


そしてそのまま店の電話に取りついた。


「シゲさん、お客さんも帰られたので一息…あれ、どうなさったんですか?」


女性にしては大柄だが純朴な雰囲気漂う若いエプロン姿の女性が


厨房から顔をのぞかせる。


「まこちゃん、ちょい待ってな」


まことこと、小桜まことは鎮実が複雑そうな顔をして電話をする光景を、


クスッと笑いながら面白そうに見ている。


「おう、俺や。鎮実や。モーリー、おめーとこのババぁ…ちゃんと繋いどけ!!


あ?今八連荘でそれどころじゃねぇ?電話するなボケ?くそっ、切りやがった」


悪態を吐きながら電話を受話器に戻す鎮実が面白かったのだろう、


まことは遂に声を上げて笑い始めた。


「ま、まこちゃん…」


「ごめんなさい…あんまりシゲさんが面白くって…あはははは」


まことの爆笑にすっかり毒気を抜かれた、


表情の白髪交じりの髪を後ろに束ねた中年男性。


するとそこへ、店内に誰か入ってきた。


「はい、らっしゃい…お、八十一先生」


鎮実は来客の顔を見て相好を崩す。


「あの子たちも来るんです?」


「ですね…万梨阿にここで待っていてくれと連絡貰いましたから」


穏やかに微笑む八十一先生こと九十九八十一。私立秋月学園の教師であり、


教え子であり卒業していった万梨阿をリーダーに、


この喫茶店をたまり場にしていた生徒たちの集まり


【春花秋月】というチームに唯一、


教師として加わっていたのがこの八十一先生である。


一時は深刻そうに集まって話し合ったり、血相を変えて飛び込んできたり


何事か色々あったらしいが、無事に【春花秋月】メンバー全員が


卒業出来て八十一先生が少し寂しげな表情が印象的であった。


「ほな、キリマンジャロでも入れましょ。エスプレッソで淹れますわ。


まこちゃん、シフォンケーキも出したげて!」


「はーい!」


まことはにっこり笑うと厨房に戻っていく。


そして鎮実は、エスプレッソマシンに豆を入れていく。


エスプレッソとはは極細挽きにしたエスプレッソ豆を


エスプレッソマシンで圧力をかけ、お湯をコーヒーの粉の中に瞬間的に通し


抽出したものである。短時間で抽出するためコーヒーの雑味を出さず、


そのうま味(おいしさ)だけを引き出し、深いコクを味わえるコーヒーである。


手際よく操作をしている鎮実を興味深そうに眺める八十一先生。


やがてシューシューとエスプレッソが抽出されていく。


八十一先生の視線を感じて面映ゆそうにする鎮実が、


デミタス(普通のコーヒーカップの半分ほどの大きさのカップ)に注ぎ込む。


「よっしゃ、一丁あがり!」


そういうと同時に、まこともシフォンケーキを取り分けて皿にのせて持ってきた。


「エスプレッソなので、シフォンケーキの方のクリームは


生クリームの物にしておきました。少し甘い方がいいと思いまして…」


「流石将来のパティシエさんやで、よーわかってる」


「まことさん、頂戴しますよ」


鎮実の淹れたエスプレッソとまことの用意した


シフォンケーキを美味しそうに頬張る八十一。


「やっぱり安定の美味しさですね」


八十一の言葉に満面の笑みがこぼれるまこと。


そんな二人を横目に見ながら時計に視線を移す鎮実。


「夕方4時か・・・。春花秋月の連中がそろそろ雪崩れ込んでくる時間だな」


そう言うと手早く洗い物を始める鎮実と、それに呼応するように


厨房に入って何やら準備を始めるまこと。


阿吽の呼吸ともいうべきコンビネーションの二人の動きが、


手際よく店を回している様が客である八十一ですらもわかる気がした。


小桜まことは私立秋月学園調理科の卒業生だが、万梨阿達より1年先輩にあたる。


学生時代はアルバイトとして【きゃすたりあ】で働いており、


調理師免許取得を目指して鎮実に様々な指南を受けていた過去を持つ。


実家は米作農家であるが、将来はパティシエを目指しており


日夜研鑽を惜しまない直向きな努力家でもある。だが、


こうと思ったことは絶対に実行するずば抜けた行動力の持ち主でもあり、


春花秋月メンバーのえもめんが相当お腹を空かせていたのか、


『カツとじ定食、食べたいな!!』


と、突拍子もなくまことに話した所、まことはすぐに


王寺の実家(奈良県北葛城郡王寺町)から納屋で埃をかぶっていたフライヤーを


実家の軽トラックに積んで【きゃすたりあ】まで父親にお願いして運んでもらい、


自ら厨房に設置するという力自慢まで見せつけて、


えもめんのリクエストの【かつとじ定食】を見事に作り上げてしまったのだ。


これには店主の鎮実も舌を巻き、


軽食ながら隠しメニューとして【かつとじ定食】を認めた、


というエピソードを作り上げた実績がある女性だった。


一般女性よりかは大きな身体だが、気は優しくて力持ち♪


とどこかで聞いたことのあるフレーズそのままに、


喫茶軽食【きゃすたりあ】にとってアルバイトながら欠かせない


厨房担当に既成事実として収まっていたのであった。


鎮実とまことは、自分達の与り知らぬ所で深刻な表情で話し合ったり、


血相を変えて店を飛び出したり飛び込んできたりしていた、


そんな春花秋月のメンバー達の為に小腹や空腹を満たしてあげていた。


彼らが必死になって動いていた何かが無事に解決出来た一因には、


鎮実とまことの影ながらのサポートがあった事は間違いなかろう。


そういう経緯もあって、秋月学園卒業後も彼らは事あるごとに、


喫茶軽食【きゃすたりあ】に集まっていたのだ。


そこへ、店のドアが勢いよく開いて作業服姿の男性が


血相を変えて飛び込んできた。


「うぉぉぉぉぉ、トイレトイレトイレ!!あ、まこっちゃん!!


かつとじ定食大盛りで!!大盛りな!!」


その男性は目を血走らせながら、


鬼の様な形相で一目散にトイレに駆け込んで籠城を始めた。


「あれは…ヴァーリャ…思いっきり仕事の途中っぽいんですが」


「まるでエルフみたいな足の速さだなwヴァーリャの奴、


器用に2トントラックを駐車場に収めて雪崩れ込んできやがったw」


八十一と鎮実が突然店内に駆け込んできたヴァーリャについて


あれこれ批評している間に、まことは手際よくかつとじ定食の準備を始めていた。


カツを揚げ始め、たまねぎを刻んでかつとじの準備を手際よく進めるまこと。


その合間に味噌汁も作り始めている。


その美味しそうな匂いが店内を満たし始める。


「くそ、腹減ったなぁ・・・」


「夕方ですからね。それにしても万梨阿達まだなのか?」


美味しそうな匂いにイラつく鎮実を横目に、八十一は腕時計に視線を落とす。


するとそこへ、トイレのドアが徐に開いて


破顔一笑の運転手が悠然とカウンターに座った。


「あースッキリした!あ、シゲさんとせんせー!!おりはったんですか?」


「お前なぁ、ここをどこやと?」


「まぁまぁ・・・ところでヴァーリャ、仕事中じゃないの?」


鎮実を諫めつつ八十一がヴァーリャの突然の来訪の理由を尋ねる。


「それやねんそれ!万梨阿(マリー)から、みんなにここに集まって~


ってTwitterで連絡あったんや。


で、おいら仕事終わってから行こう思ってたん…やけど、


ちょっと聞いてーな、せんせー」


ヴァーリャは思い出したように、急に話の火蓋を切り始めた。


「おいらね、今日は空港に配達の仕事あったんですわ」


「空港…伊丹ですか?」


「ちゃうちゃう、関空(関西国際空港)ですねん。関空やったから、


帰りは和歌山まで足伸ばして、和歌山ラーメンでお昼食べよう


思ってましたんや。せやけどね、せやけどね…」


ヴァーリャはそういうと財布を見せて逆さまにして見せた。


「おいら、金降ろし忘れましてなwおまけに銀行のカードは、


家に置きっぱなしで。その上、関空で配達していたら


りんくうタウン(大阪府泉佐野市・田尻町・泉南市の沿岸部に位置する、


大阪府の副都心のひとつ)で戦時中の不発弾見つかったらしくて、


関空連絡橋が一時封鎖されて孤立してたんですわ。


お金ないし、腹減ったし、そして空港島から出られへんし、会社からは


『まだ配達終わらんのか!』


ってガミガミ言われるしで散々やったんですわ」


「なんだそりゃ、めっちゃインケツやんけw」


鎮実が笑いながらヴァーリャへツッコミを入れる。


「シゲさん、おいらマジで死にそうやってんから!


空港島で3時間ほど待たされて、


大急ぎで阪高(阪神高速)湾岸線をかっ飛ばして阿波座・土佐堀・出入橋・北浜と


得意先配達してたんやけど、朝も昼も飯食ってないやろ。


おまけに今日はめっさばば混み(大阪弁で大変渋滞している意味)やから、


車も全然動かへん。目が回り始めて腹減ったし、


コンビニ行こうにも警察ウロウロして路駐もでけへんし。


そんで我慢も限界になって裏道血眼になって走りまくって、


ここに飛び込んできたんや・・・あ、お冷おおきに」


一気にまくし立てるヴァーリャに鎮実がコップの水を差しだす。


それを美味そうにごくごくと飲み干すヴァーリャ。


この運転手・ヴァーリャは名前から分かる通りロシア人なのだが、


れっきとした日本生まれ日本育ちのこてこての大阪人である。


ロシア語など喋られる訳もなく、大阪弁が標準語!と信じてやまない


人物であるのだが、春花秋月のメンバーとは色々と関係が深いらしく、


彼ら同様に仕事の合間に【きゃすたりあ】駆け付けたり、


メンバーの相談にも乗ったりしていた人物である。


しかし、事が解決してからは飄々としたキャラクターで周囲を和ませでおり、


朝飯は【きゃすたりあ】でモーニングを食べて出勤する常連客でもある。


「ほんま、インケツやったわぁ・・・。でも、ラーメンは諦めへんで!


おっ…きたきたきた。待ってたで!!」


水を飲みほして人心地付いていたヴァーリャの前に、


出来立てのかつとじ定食がまことの手によって運ばれてきた。


「これやこれやこれや!まこっちゃん、おおきに!ほな、頂きまっす!」


眼中はかつとじ定食しか見えていないヴァーリャは、猛然と食事にありつく。


その爆食ぶりに鎮実・八十一・まことは目を点にして眺めるばかり。


「あ、そや。せんせー、和歌山の増成商店って知ってはります?」


ご飯粒を顔につけたヴァーリャが、八十一に不意に尋ねる。


「増成商店・・・増成商店・・・あ!深夜しか営業していない


和歌山のラーメン店ですか?」


「そうですわ。おいら、今度そこ行こう思うてますねん」


味噌汁を一口啜ってからスマホを取り出し、


八十一に画面を見せるヴァーリャ。


「どんなの・・・わぁ、なんかいい雰囲気のお店。和歌山ラーメンっぽいですね」


一緒に覗き込むまことが歓声をあげる。するとそこへ、


「兄貴が奢ってくれるんだよね!!やったぜ、譁紗祢!!」


「おにぃたん♡」


スーツ姿の男女がニコニコしながら店内に入ってきた。


そしてその二人の声と姿を見て思わず味噌汁を吹き出しそうになるヴァーリャ。


「げほっげほっ!!おい、ちじこ!!譁紗祢!!


それはやめーつってんやろがぁ!!」


「いいじゃん、本当は嬉しいくせに・・・おにぃたん♡」


「おまえ、男やのにキモイねんw飯がまずくなるやろがボケぇ!」


「またまた、ちじこから言われて本当は嬉しいくせに~」


今度はちじこが裏声で言い放つと、譁紗祢は無論、鎮実や八十一、


まことも爆笑し始めた。


ちじこと譁紗祢。二人も春花秋月のメンバーでもあり、


裏で色々あった事件の中心人物であった。相当苦労があったらしく、


一時は二人とも店に顔を出す事が無い時期もあったが、


事が終結を迎えて今は南森町のマンションで二人仲良く一緒に生活している。


ヴァーリャとは事件の際に知り合ったらしく、


いつしかヴァーリャの事を兄貴・お兄ちゃんと慕うようになったという。


当然、血の繋がりはないのだが譁紗祢曰く、


『あたし達は不思議な絆で繋がっている』


と、周囲には話しているという。


「よう、お二人さんらっしゃい。二人とも万梨阿に呼ばれたのか?」


「そうなんですよ。今日は仕事がお互い早く終わったので、


何とか間に合いました…お兄ちゃんは予想外でしたけどね」


尋ねる鎮実に、譁紗祢が横目でかつとじ定食にがっつく


ヴァーリャを見ながら答える。


「お、万梨阿からラインが・・・。


急に仕事が入って行けなくなったから集まりはまた日を改める・・・


ごめんね!っておいw」


八十一がスマホを眺めながら苦笑する。


万梨阿(マリー)らしいね」


「でも、それが万梨阿(マリー)らしくていいよ」


譁紗祢の言葉をちじこが継ぐ。


「それよりおまいら、コーヒーか?紅茶か?ソフトドリンクか?


どれか頼まんかい!!」


そこへ鎮実が間髪入れずに注文を取り始める。


「シゲさん抜かりないな。あ、お会計はお兄ちゃんに付けてくださいね」


「おう、任せておけ!」


「ふぁっ!?」


譁紗祢と鎮実、ヴァーリャの掛け合いにその場の全員がどっと爆笑する。


「あ、兄貴。グルメツァーするんだろ?いつやるの?」


ちじこが食事を終えて満足そうに爪楊枝を銜えているヴァーリャに話しかける。


「グルメツァー?何それ面白そうじゃない。まことさんも一緒に行こうよ」


譁紗祢はちじこの話題が全く分からず、キョトンとしているまことへ話しかける。


「何ですか、そのグルメツァーって・・・」


譁紗祢とまことの会話を聞いて何か閃いたヴァーリャであった。

ヴァーリャが何か思いついたみたいだな。


あいつ、和歌山ラーメン食べる事に執念燃やしていたし…


何か考えてるな、あの顔は。


グルメツァー(後編)でそのオチが分かるはずだ。


どうなる事やらだな、あいつら何やらかすんだか…

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