第三節 その男、元勇者の仲間につき
過酷な依頼をこなしたハクアとレイン一行。
討伐対象の回収は弟子二人に任せて、イディムに報告をしに来たハクアとレイン。
その時、イディムはうっかりハクアの昔のことについて少し話してしまう。
レインはそれについて詮索しないよう努めたが、結構有名な話だったらしく、弟子たちの耳にも入ったようだが……。
―――【アルゲンテウス】のギルドにて
「ずいぶんと早かったですね」
イディムは笑顔でレインとハクアを迎えた。
「とりあえず巣付近にいることを確認できたやつは全滅させてきた」
ハクアはそういって近くの席にどかっと座った。
「死骸を運ぶことのできる荷台を持ってってないから、数だけの報告になるが、23頭の撃破だ」
レインは懐の手帳を出し、倒した数を確認しながら言う。
「死骸の回収は弟子たちに任せてある。ちょうど今、先ほど手配した荷台が巣の付近に着くころだろう」
「さすが元・勇者の仲間のハクアさんと天才魔法学者のレイン先生ですね。お二人の強さには信頼があるので、先にこちらで手続きを取っておきますね」
「ん? 勇者の仲間?」
レインが聞き返す。
「ええ、元、ですけれど」
「……イディム」
少し圧の入った声色でハクアが言った。
「あ、すみません。あまり言っちゃいけない話でしたね。忘れてください」
「……承知した。弟子二人には黙っておこう」
「それはありがたい。レイン先生、また機会があれば雇ってくれ」
「こちらこそ。あなたのおかげで、危機を乗り越えることができた。機会があればこちらからぜひお願いしたいくらいだ」
そう言い終えてレインは右手を差し出す。
ハクアはそれを静かに受け取り、がっちりと握手を交わした。
「さて、手続きを終えるまで結構かかりますので、椅子にでもついて飲み物でも飲みながら待っててください」
「ふむ、それならば魔法に関する資料でも読みながら待つとする。このギルドの書斎はどこにあるのかね?」
レインがイディムに質問した。
「ああ、それなら、俺が案内しよう。ついでにホワイトリザードを食材にした料理の本を読みたいからな」
それに答えたのはハクアだった。
「ハクア殿、もしや料理が趣味なのかい?」
レインが意外とでもいいたげな顔をして聞く。
「いや、単に飯しか楽しみがないだけだ」
ハクアは否定した。
「それを趣味というのだよ」
「それは初耳だ」
「ふむ、やはり君とはなかなか仲良くやってけそうだ」
レインが顎に手を当てて思案しながら言う。
「ほう、ではレイン先生、あなたも飯を作るのが好きなのか?」
ハクアも意外とでもいいたげな顔をして聞き返す。
「いや私は食べる専門だ。だが、私の舌を唸らせられるものなどなかなかいないがね」
レインは少し目を細め、口角をあげて言った。
「……面白い。俺は今、挑戦状を叩きつけられているわけか」
言われたハクアも口角を吊り上げる。
「然り、君は聡明だね。私の弟子もそれくらい察しがよければいいのだがね」
「いいだろう、俺の腕を見せてやろう」
「では、その前にまず書斎に案内してくれないか」
*
「レイン先生!レイン先生!」
どたどたと騒がしい音を立てて、スダムが書斎へと入ってくる。
「なんだね、騒がしい。書斎では静かにしないか、それにここは二階だ。階段を駆け上るんじゃない。危ないな、全く」
レインはスダムを諫めた。
「聞きましたか!? ハクアさんが元勇者の仲間だってこと!」
想定外の言葉にレインは目を見開いて視線を本からスダムに移し、はぁとため息をつく。
「噂というものはかくも足のはやいものか」
レインは諦めたような声色でつぶやき、視線を再び本に戻した。
「ハクア殿はあまり過去の話をしたがらないようだ。無意味な詮索は……」
「はい、ハクアさんがあんまり話してくれなかったので、今、トゥルスがギルドの他の冒険者たちにハクアさんのことについて聞いて回ってます」
「は?」
*
「ハクアねぇ……あいつなぁ、元勇者のパーティのヒーラーだって聞いて、期待して雇ったことあるんだけど、やってることが全然ヒーラーじゃないんだよ」
例の依頼を自殺行為と言っていた赤髪の剣士はそう言った。
「はい、僕もさっき見ました」
トゥルスは先ほどの戦いっぷりを思い出しながら肯定した。
「ありゃ多分、ヒーラーとしての役割を放棄してるから、パーティを外されたんだろうな。俺が勇者だったら、あの人よりもっと身体強化に特化した剣士雇って、更にヒーラーを別に雇うもん」
*
「ハクア君かぁ、彼は確かにすごいんだけど、性格がちょいちょいきついんだよね。まるで誰も信頼してないみたいに一人で敵陣に突っ込んでいって、ワンマンプレーで依頼を達成してくんだもの」
例の依頼を報酬八割もらえないと割に合わないと言っていた金髪の女騎士は言う。
「確かに、結構口は悪いですよね」
トゥルスは初対面の時のセリフを思い出しながら言った。
「多分勇者パーティを外されたのは、きっとあの性格が問題ね、勇者の一員ならチームプレーとかを重んじて、正義の味方らしくないとだめでしょうし、あの戦い方だと回復役というより悪役よね」
*
「ハクア……さんか、あの人ほんとに怖いんだよ」
例の依頼では自分は囮にもならないと言っていた槍を携えた少年は言う。
「確かに、あの戦い方は鬼かと思いましたね」
トゥルスは血まみれになりながらホワイトリザードをボコボコにしていくハクアの姿を思い出しながら言った。
「でも、魔物の始祖といわれる魔王はきっと、あの人の何千倍も怖いんだよ……彼だって恐れて逃げ出したんじゃないかな?こんな田舎町にいるくらいだし……」
*
「ハクアさんねぇ、あの人すごいよね、でもあの人、回復魔法自分にしか使ってるところ見たことないんだよねー」
例の依頼を無理と全力で拒否した薙刀を持った少女は言う。
「まぁ、あの戦い方だとそうなりますよね」
トゥルスはハクアの戦闘スタイルを思い出しながら言った。
「攻撃手段は体術ばかりだし、実は回復魔法も自分にしか使えないんじゃない?実はそんなに強くないから勇者パーティから外されたんじゃないかな?」
*
「ハクア君だね。あの人はすごいよね。元勇者の仲間だし、強いし」
異国情緒の剣士は言う。
「そうですね」
トゥルスはとりあえず首を縦に振った。
「まぁ、俺もこの町に来たばかりだからあの人のこと良く知らないんだけど、来たばかりの時にちょっと過酷な依頼を受けたときに仲間を募ったらすぐに引き受けてくれたし、多分いい人なんだろうね」
*
「あぁ、ハクアさんのことね……、彼は……、そのなんていうか、怖いんだよ」
例の依頼を引き受けてくれそうだった女剣士は言う。
「え? もしかして断ったのってそれが理由ですか?」
トゥルスは断る前にこの人がハクアの方を少し見たことを思い出して言った。
「だって仕方ないだろー!あの人、鬼みたいな形相で魔物を殴りまくってるときあるし、なんとなく雰囲気が怖いし……」
「ものすごい偏見みたいな理由!?」
トゥルスは断った理由のあまりものくだらなさに呆れた表情を浮かべながら言った。
「うぅ……私は竜種を何体も倒したドラゴンスレイヤーなんだぞ、でもあの人は竜よりも怖い……」
女剣士は恥ずかしそうな表情を浮かべて言った。
*
若さゆえの過ちというものは誰しもある。レインはいつもそう思って弟子たちを見ている。
かくいう自分にだってあったし、ハクアにだってあったのだろう。
そして、そういうものは往々にして思い出すのも嫌なほどのものである。
つまり、それについて周りに深堀しまくられるということは、一種の公開処刑である。
「そこまでにしたまえよ、トゥルス君や!」
そう言ってレインが「バッ」と勢いよく階段から飛び降りて集会所の室内に現れる。
「先生、いちいちかっこつけないでください」
その時トゥルスはほかの冒険者たちとハクアの話題で盛り上がっていたようだ
「私だって登場時はかっこつけたくなるものだ」
レインは飛び降りたときに乱れた服装を整えながら言った。
「して、君は今何の話をしているのだね?」
「ハクアさんがどうして勇者のパーティの一員じゃなくなったのかについてみんなで考えてたんですよ」
「ははは、君たち、ハクア殿はその話をされてほしくないようだよ、さぁ散った散った」
「「「「「えー!」」」」」
異国情緒の剣士以外のトゥルスを含めた5人が不満げな声をあげる。
「ほう、君たち、朝のときのスダム君みたいな目にあいたいのかね?」
レインはそう言ってタクトを取り出す。
「先生! それはマジでやめてください! また依頼が一個増えることになりますよ!!」
トゥルスが全力の叫び声をあげる。
「あの時は解除を忘れていただけだ。問題はない」
レインはタクトを振りながら言った。
「忘れる可能性があるのが怖いところでしょうが!」
トゥルスは大声でレインに突っ込みをいれる。
そんな時、イディムが受付の裏にある部屋から現れた。
「レイン先生ー、お待たせしました! 手続きが完了しま……」
その刹那だった。
「バギィィィッ!!」「「ぎゃあああ!」」
天井が突如悲鳴をあげ、それと同時に悲鳴をあげるスダムが異国情緒の剣士の頭上に落下してきた。
「「「「「「「あ」」」」」」」
「……また解除を忘れていた」
レインが舌を出して頭を押さえる。
「おい、馬鹿先生ーーーーーッ!」
トゥルスが最初に大きな叫び声をあげた。
「また何をしでかしてるんですかーーーーッ!」
それに続いてイディムも叫ぶ。
「む、トゥルス君、馬鹿とはなんだね、先生に向かって。私は天才魔法学者のレイン=アトランティアだぞ」
レインはトゥルスの発した二文字に過剰な反応を見せる。
「そういうところがだよ! 早く解除してやってくださいよ!」
「ああ、すまないね。地よ鎮まれ」
そう言ってレインはタクトを上に振った。
解除はされたものの、異国情緒の剣士とスダムの二人はそのまま動かなかった。
「スダム!? スダム―――――ッ!」
トゥルスはスダムに走り寄って、彼の手を取り、叫ぶ。
「おいおい、あんたら大丈夫か?」
赤髪の剣士が心配そうな声色で怪我がないか確認しながら言った。
「あちゃー、これ二人とも完全に気を失ってるよ……」
薙刀の少女が二人の顔を確認しながら言った。
「なんであなたは一日に二度も同じ問題をしでかすんですかーーーっ!?」
レインとイディム以外の全員がスダムたちの容態を心配して近寄っていったタイミングでイディムの両手がレインの襟元に到着、その両手がレインを揺らして揺らして揺らしまくる。
「あ、ちょ、イディム君や、ちょっと待って、ほら、こんなことしても何の解決にも」
揺らされまくる当人は慌てたような口調でイディムを諫める。
「あなたの魔法の行使も似たようなものでしょうがぁああ!」
「ちょ、ああ、ああああ」
例のごとく三半規管の限界を迎えたレインは「あ」しか言わないでくの坊になった。
「よし、ホワイトリザード料理ができたぞ! レイン先生!」
そんな折、ギルドの厨房からハクアが現れた。
そんな彼の眼前には理解しがたい混沌とした光景が広がっていた。
料理を食いたいと言っていた当人はイディムに首を揺らされまくって泡をはいている。さらに、まともに立っている面々の視線の先には異国情緒の剣士と獣人の青年がもみくちゃになった状態で倒れている。その上、天井がすさまじいことになっていた。
「……は?」