第3話:行きの車の中で
彼女、糸花才華を助手席に乗せ、車を走らせる。
俺たちが住む研究所の寮は街のそばにあるが、研究所自体は少し離れた丘の上にある。寮といえば、すぐ近くにあるイメージだが、職員の生活環境、実験環境の二つを考えたところ、このような配置になったようだ。
車で約5分の距離。自転車や徒歩で通うものもいる。だが、俺は車を使ってる。特に深い意味はない。自転車も気持ちいいと思う。徒歩も健康に良い影響を及ぼすだろう。だが、惰性で車を使ってる。それは彼女と二人きりのこの空間が心地良いというのもあるかもしれない。
家とも研究室とも違う。周りは動き続けるのに2人の距離だけは変わらないこの空間が特別に感じてる。不思議なものだ。
「なあ、才華。今日の予定はどんな感じなんだ?」
毎日同じ言葉をかける。バディとして必要なことだ。バディとは同じ研究方法を用いる研究者同士のペアのことで、二人で一つの研究室を使ってる。情報共有を怠ると、同じ研究方法なので実験に必要な機材をバディが使っていて、必要なタイミングで使えないということが起こりうる。だから毎朝、こうやってきいている。
「今日は午前中は黒病患者の脳波の解析だ。午後は明日以降必要な試薬の調整の予定だ」
「了解。俺は一日かけて白病マウスの体からサンプリングを行う予定だ」
「ん」
才華はいつも行きの車の中で仕事のメールのやり取りをしてる。時間の有効活用だ。
「おい、着いたぞ」
「了解、ありがとう」
そういって才華は車から降り、まっすぐに研究所に向かう。その背を数歩後ろから追いかける。
仕事が始まる。