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第5話 幻想神〈フォルティア〉

 ダンジョン〈セフィロト〉の麓。点々と存在する美しい水面が広がる中、多くの人々が野次馬となって集まっていた。

 麓の中心に広がる魔法陣。その周りを取り囲む人々は、対峙する二人に注目を集めていた。


「一応ルールを説明しおこう」


 ベイスが対峙する二人の間に立つ。レオンとラフィルは目を向け、ベイスの言葉に耳を傾けた。


「どちらかが立てなくなるまでの戦いだ。だが、一方が降参もしくはこちらが戦闘の続行不可能と判断した場合、即座に手を止めてもらう。以上だ」


 ベイスはゆっくりと後ろに下がる。

 途端に観客となった野次馬は一気に歓声を上げた。


「なぁ、どっちが勝つと思う?」

「絶対にラフィルだろ? そもそもあいつは誰だ?」

「冒険者になったばかりの駆け出しだとよ」

「無謀にもほどがあるだろ! 賭けする意味すらねぇ!」

「だけどあの坊主、Cランクなんだとよ。もしかすると、大番狂わせがあるかもしれないぜ」


 レオンの正体、そして実力を知り外野がざわめき始める。ラフィルはそれに呆れたように息を吐き出していた。

 その顔はとてもつまらなさそうであった。まるで何もかも知っているかのような顔でもあった。


「何勝った気でいるんだよ」


 レオンはムッとした顔をしながら声をかけた。しかしラフィルは明後日の方向に顔を向けたまま、レオンに反応すらしなかった。


「絶対に泣かせてやる」


 さらにやる気になるレオン。腰に添えていたタクティクスに手をかけた。


「無茶だ……」


 ティナはそんなレオンを心配げに見つめていた。

 相手はラフィル。メディアでは心優しいお嬢様を演じているが、実際は真逆。残酷で冷徹、目的のためなら手段を選ばない冒険者だ。

 いくらレオンが駆け出しでも強いと言っても、勝てるような相手ではない。

 ティナは決意する。レオンを助けるためにも、この戦いを止めようと。

 しかしそれを、ベイスが再び止めた。


「妖精、一応言っておこう。これは互いの誇りを懸けた戦いだ。余計なことをすれば、お前はその誇りを踏みにじることになる」


 ベイスは振り返らない。ただまっすぐに、もうすぐぶつかり合おうとする二人を見つめながら決定的な言葉を放った。


「お前はそれを望むのか?」


 わかっている。レオンが自分のために戦おうとしてくれていることを。

 わかっている。自分がラフィルに立ち向かえないことも。

 だからこそ訊ねられたティナは、もう選んでしまった答えをハッキリと口にすることができなかった。


「さて、始めようか」


 腕を振るわせ、奥歯を噛むティナにベイスは目を向けない。

 代わりに、二人の戦いを告げた。


「私が手を下ろした瞬間、勝負開始だ。ああ、そうだ。一応注意しておくが外野が勝手に参加した場合は魔法が働かないことを頭に入れておいてくれ」


 ベイスはメタリックな輝きを放つ右腕をゆっくりと上げた。レオンは呼吸を合わせるように構え、足に力を込める。

 ラフィルはというと、対照的だ。もうすぐ戦いが始まるというのに、大きなアクビを零していた。

 風が吹き、木の葉が舞う。ゆっくりと、ゆらゆらしながら二人の間に舞い降りていく。その木の葉が水面に着水した途端、ベイスの右手が動いた。


「――――」


 目に止まらない。いや、見えなかったと表現すればいいだろうか。

 アクビを溢していたはずのラフィルが、いつの間にかすぐ目の前にいる。

 レオンは咄嗟にタクティクスを抜いた。


 だがラフィルは、躊躇うことなくレイピアを突き出した。

 光が閃くが如く。

 風が通り過ぎていくかのように。

 刃は容赦なくレオンへ迫る。


「くっ」


 このまま一撃を受ければどうなるか。

 考えたくもない惨状が頭の中で広がる。

 レオンはどうするべきか考えた。

 一瞬しかない時間の中で、一つの選択をする。


「おっ」


 ベイスが思わず声を溢した。

 レオンの胸を狙ったラフィルの一撃。

 だがレオンはそれを、タクティクスの刀身で受け止めた。


 転がっていくレオン。

 観客が思わず黙り込む中、すぐに体勢を戻し攻撃に移ろうとした。

 しかし、目の前にいたはずのラフィルはいない。

 思わず右を向くと、銀色に輝く刃が迫っていた。


「うわっ」


 反射的に仰け反ってラフィルの攻撃を躱す。

 だが、すぐに腹部を蹴り飛ばされてしまった。

 今度は地面を滑るように転がっていく。

 どうにか勢いが止まり立ち上がるが、その姿はもうボロボロだった。


「くそっ」


 レオンはヨロヨロとしながらも睨みつける。

 ラフィルはそんなレオンを眺め、ゆっくりと足を下ろした。


「何ですか、あいつは」


 ラフィルの顔が強ばる。何かに苛ついているのか、綺麗な顔がひどく歪んで見えた。

 ベイスはそんなラフィルを見て「ほぉ」と声を漏らす。それがどんな意味を持つのか、レオンは気づくことなくタクティクスの切っ先を向ける。


「面倒ですね」


 ラフィルは一度息を吐く。

 直後にトンッ、トンッ、とリズムよくつま先を使って軽く飛び跳ね始めた。

 レオンはその姿に思わず怪訝な表情を浮かべた。しかし、ベイスはそれに頭を抱え始める。


「本気になりすぎるなよ」


 その声は届いたのかそうでないのか。

 ラフィルは一瞬だけ笑みを浮かべた。

 直後、その姿は風の音と共に消える。


「ガッ」


 気がつけば衝撃が頭を突き抜けていた。

 そのまま左へと身体が浮いた瞬間、今度は顎に凄まじい一撃が入る。

 意識が飛びそうになると、容赦なく胸に何かが叩き込まれた。

 あまりにも強烈な攻撃。

 いつの間にかその身体は、ダンジョンである大樹の根本に叩きつけられていた。


「おい、今何が起きたんだ?」


 観客の一人が、誰かに訊ねる。だが誰も、その問いかけに答えない。

 そう、誰もわからないのだ。目を瞬くほどの時間しかない刹那で起きたこの出来事に、誰も認知できなかったのである。

 レオンの身体がずり落ちていく。その姿を見て、誰しもがラフィルの勝利だと思っていた。

 だが、一人だけ違った。


「レオン君!」


 それはとても心配してくれている顔だった。

 不安そうで、今にも泣き出してしまいそうな顔でもあった。

 そんな顔を見たからこそ、レオンは引けない。

 楽になることすら、許せなかった。


 負けられない。

 負けてたまるか。

 絶対に、勝つんだ!


『あははっ、あなたってバカね』


 幼い少女の、無邪気な声が頭の中に響く。

 またあの声だ。

 そう思った瞬間、それは問いかけてきた。


『ねぇ、あいつに勝ちたい?』


 何かが自分の顔を覗き込んでいるような感覚がある。

 それは何なのかわからない。

 しかし、レオンはそんなこと気にしなかった。


 力が欲しい。

 ラフィルを屈服させるほどの力が欲しい。

 手に入るなら、どんなことがあっても構わない。


『あげるよ、レオン。あなたに私の力をあげる』


 それは悪魔の囁きだった。

 だがレオンは、その囁きに耳を傾けてしまう。

 声は笑う。嬉しそうに、無邪気に、邪悪に。

 そして、対価を求めた。


『私の名前を呼んで。そうすればあなたは、大いなる〈幻想〉を手に入れる』


 力とは何か。

 幻想とは何なのか。

 レオンは考えることなく、口を開く。


 ティナの名誉を守るために。

 ラフィルを屈服させ、完全なる勝利を得るために。

 口にしてはならない名を放つ。


「〈幻想は魔法〉〈魔法は幻想〉〈我、幻を持って現を制する〉」


 タクティクスを持つ右手。その反対の手に、純白の光が集まっていく。

 生まれるのは一つのリボン。それが赤く色づき、左手に巻き付いていくと途端にレオンの身体が輝き出した。


「〈幻想より生まれし神フォルティアよ〉〈絶対なる力を与え給え〉」


 大地が震える。

 多くの観客がそれに騒ぎ立てる中、ラフィルとベイスはレオンを睨みつけていた。

 蠢く赤づいたリボン。それはまるで悪意でも持っているかのように、笑っている。


「フォルティ・ウェポン!」


 その光は、形になっていなかった。ただ歪み、おどろけ、笑っているだけだ。

 その姿にラフィルは、真剣な顔をして戦う構えを取った。


「ベイス」

「なんだ?」

「後処理は頼みますよ」


 ベイスは息を吐く。本来ならばこの戦いはもう終わらせたほうがいい。

 だが、ラフィルがそれを拒絶した。ならばその意志に従うしかない。


「わかった。好きに暴れろ」


 ラフィルはレオンの目を見る。

 正気なんてものがないその目は、ただただ怒りに染まっていた。



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