第4話後編 美しく華麗なるエルフ〈金色の剣姫〉
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広がる緑の大地。
素朴だが奥深い歴史がありそうな宿。
露天商には魅力的なアクセサリーが売られており、後ろにある数々の水面がこの大自然を感じさせる。
だが、それよりも目が行ってしまうものがった。
「これが、ダンジョン……」
雄大な大地の中心。そこに立っている大樹は、頂上が見えないほど高々に伸びている。
見ただけなのか感じ取れる覇気は、まさに生命力が溢れていると表現できた。
舞う葉はまるでそこに訪れた冒険者を歓迎しているかのようで、レオンは思わず胸を踊らせた。
「ダンジョン〈セフィロト〉。別名〈世界樹〉さ。ここにはポーションや万能薬といった薬関係の材料となる素材アイテムがたくさん取れる。それにモンスターも比較的弱めなんだ」
「だから駆け出しにはうってつけなんですね!」
「ああ。しかし頂上に行くとなると、私でも骨が折れる。まずは下層でしっかりと鍛錬してから行こう」
ティナはニッコリと笑った。それにレオンは嬉しそうに笑い返す。
見上げても見えない頂上。そこから見える光景はどんなものなのか、と考えるだけで胸が膨らんだ。
ティナはそんなレオンを見て、少し心配げな顔をした。出会って間もないがレオンは意外と無謀なことをする。経験が浅いということもあるが、傍から見ていると危なっかしくて黙っていられないのだ。
「先に宿で部屋を取っておこうか」
「はい!」
レオンを先導するように、ティナは宿へと向かう。
そのまま中へ入ろうとした瞬間、突然扉が開いた。ティナは出てきた少女に反応することができず、そのままぶつかってしまう。
「すまない」
ティナは反射的に謝ってしまう。だが、ぶつかってきた相手の姿を目にした瞬間、顔が強張ってしまった。
「あら、久しいですね。虫けら」
エルフ特有の尖った耳と肩にかかるほど伸びた金色の髪。透き通るような白い肌に、翡翠色に染まった瞳。
白を貴重とし、太ももを隠すほど長いチェニック。その上には銀に輝く胸当てがあり、腰には黒銀と輝くレイピアと赤いポーチが添えられていた。
「あなたは――」
ティナは顔を強張らせたまま見つめる。エルフの少女はと言うと、顔を険しくさせたままティナを見下ろしていた。
言い知れる雰囲気が漂う。そんな中、レオンはエルフの少女の顔を見て「あっ」と声を上げた。
「もしかして、ラフィル・ユレイナ・キンブリー?」
冒険者、そしてそれに憧れる者ならその名を知らない者はいない。それほどの有名人なのが、目の前のエルフ少女ラフィルである。〈自由の平野〉で一番有名なギルド〈金色の剣閃〉の実質トップという存在であり、若くして七人しかいないSランク冒険者の一人。
それが〈ラフィル・ユレイナ・キンブリー〉である。しかし、目の前にいる少女はレオンが普段メディアで見るラフィルとは印象が全く違った。
「ふぅん、新しいパートナーですか」
その目はひどく冷たく、温かみなんて一切感じられない。それどころかすさまじい殺気が籠もっており、身震いしてしまうほどだ。
新聞などで見る優しい笑顔はそこにはなく、ただただ恐ろしいだけだった。
「初めて見る顔ですね。駆け出しですか?」
「え? あ、はい。そうですけど」
「なるほど。かつての相棒を忘れて、ですか」
棘のある言葉だった。レオンに向けられたものではないことはわかる。だが、なぜだか異様な苛立ちを覚えた。
「まあいいでしょう。冒険者を続けていればそうなりますね。そうでしょう?」
ラフィルはティナに問いかけた。だがティナは何も答えることなく、ただ歯を食い縛っている。拳に変わった手は力が籠もっているのか、細かく揺れていた。
「何か言うことはないのですか? ねぇ、虫けら」
明確な悪意が、ティナに向けられていた。しかしティナはそれを跳ね返そうとしない。それどころか、弱々しく俯いている。
そんな姿を見て、レオンは黙っていられなくなる。事情はわからないが、こんなにも責められているティナを見ていたくなかった。
「その辺にしておけ、ラフィル」
レオンが叫びそうになった瞬間、誰かが宿の奥から現れた。
それは見上げるほど大きな身体だった。モノクルを右目にかけ、真っ赤なベストと赤黒いズボンという服装だ。丸太のように太い腕と脚、そして剥き出しとなっている筋肉が妙な威圧感を与えていた。
だが、右手は違う。銀色に輝いており、他の部位と違ってとても機械的な見た目であった。
「あら、何を言っているのですかベイス?」
「もう十分責めただろ、と言っている。それとも日が暮れるまでやるか?」
「面白いですね。採用しましょうか」
ベイスと呼ばれた大きな身体のヒューマノイドは、呆れたようにため息を吐いた。それはまるで人間のようで、とてもヒューマノイドとは思えなかった。
「クエストを受けただろ? やるならまず働いてからにしてくれ」
なだめるように言葉をかけるベイス。ラフィルはそれに「ふん」と鼻を鳴らし、ティナから目を外した。
「いつまで冒険者を続けるのですか? 言っておきますが、私は許しませんからね」
ラフィルはティナの隣を通り過ぎる瞬間に、言葉を放った。だがティナは俯いたまま、何も反論しなかった。
それはまるで、責められても仕方ないというような姿であった。
「待てよ」
だが、レオンはそれがたまらなく許せなかった。なぜティナがこんな姿をするのか、どうして責められても反発しないのか。
わからないことばかりであるが、それよりもラフィルの態度が許せなかった。
「何か?」
「ティナさんに謝れよ」
その一言が、ラフィルの顔を冷たくさせた。
「待て、レオン君!」
思わず割って入ろうとするティナ。しかし、それをベイスが止める。
無言、しかしその背中は「黙ってみていろ」と言っているかのようだった。
「なぜ?」
「アンタがティナさんを悪く言ったからだよ」
「それが何か?」
「何か、じゃない! 悪いことをしたら謝れって、親に教わらなかったのか?」
ラフィルの顔が険しくなる。ゆっくりと振り返り、レオンを睨みつけていた。
「何も知らない駆け出しのヒヨッコが。あなたは、誰に口を聞いているのですか?」
「アンタだよ。どんなに偉いか知らないけど、俺は気に入らない」
「私もですよ、ヒヨッコ」
ラフィルはレイピアの柄に手をかけた。レオンもまた腰に備えていたタクティクスを抜こうとする。
そんな二人を見たベイスは、ゆっくりとティナから離れていった。そして今にも斬りかかりそうな二人に割って入り、一つの提案をする。
「落ち着け、と言っても無理だな。なら、決闘をするのはどうだ?」
その言葉を聞き、レオンはつい「決闘?」と聞き返してしまった。
ベイスはレオンに顔を向け、言葉にした決闘について説明を始める。
「安全な一騎打ち、と説明しておこうか。専用の魔法陣を使い、互いの強さを確かめ合う儀式といえばいいだろう。どちらかが立ち上がれなくなるまで、もしくは審判役が戦闘不能と見なすまで終わらない戦いだ。
剣を用いても魔法陣がそのダメージを受け止める仕組みだ。だから死ぬことはない」
レオンはそれを聞き、ラフィルを見た。ラフィルはどこか不服そうな顔をしていたが、「いいでしょう」と言い放ちベイスの提案に乗った。
「弱い奴を殺したら後味が悪いですからね。それで我慢します」
レオンはムッとした顔をする。すぐにでも始めよう、と言いかけた瞬間にティナが叫んだ。
「ダメだ! いくらなんでも、ラフィル相手になんて――」
「悪いが妖精、お前に決める権利はない。戦いを挑むのか、それとも逃げるのかを決めるのはそこの少年だ」
ベイスはレオンの意志を確かめる。
レオンは力強く頷き、当然のようにしてはいけない言葉を選んだ。
「誰が逃げるもんか」
それは、強い意志から生まれた言葉だった。
だからこそティナは、レオンの身を案じたのだった。