第2話 幻想魔法〈フォルティ・ウェポン〉
ギルドの一員として認められた。それは嬉しくもあり、同時に身が引き締まるものだ。
しかし、ギルドの一員になったからといってすぐにダンジョンを潜れる訳ではない。
「さて、と。ちょっと散らかっているけどいいかな」
冒険者にはランクが存在する。それはギルドをまとめる評議会が定めたものであり、そのルールに則って決められるのだ。
スレインはそのルールに則り、入団試験によるランク決めを行おうとしていた。
「これから君がどのくらい強いかを推し量る試験をする。といっても、モンスターを倒すだけの試験だけどね」
「モンスターと戦うんですか?」
「その通り。でも安心して。例え倒せなかったとしても、こっちでどうにかできるから」
スレインは唐突に指を弾き、音を鳴らした。直後、本の山が弾け飛んでいく。
中から出てきたのは一つの石版だった。それは青黒く輝いており、少し不気味さが漂っていた。
「さて、これからこいつが出すモンスターと戦ってもらうけど――」
スレインはレオンを眺める。レオンは少し不思議そうな顔をすると、スレインは思わず難しい顔をした。
「レオン君、もしかしなくても武器を持ってないかい?」
「えっと、諸事情で売ってしまいました……」
レオンはつい苦々しい顔で答えた。
スリに遭い、お金を全て盗られたレオンは苦肉の策として武器を売ってしまった。だがどうすることもできず、結果的に行き倒れてしまったのだ。
当然そんなことをスレインには言えない。だがその事実にスレインは少し頭を抱えた。
「ま、まあ、人にはいろいろと事情があるからね。そうだ! ティナ、どっかに適当な武器がなかったかい?」
「そんなもの見たことはないが?」
「あ、思い出した! 確か〈武器の書〉って本があったはずだ。それを開けばなんか武器が出てくるはずだよ!」
やれやれ、と頭を振りながらティナは本を拾い始める。レオンは心の中で「ごめんなさい」と謝りつつ、一緒に本を探し始めた。
問題は一応解決。スレインはそう思い、つい気を抜いてしまった。
「バカ、気を抜くなスレイン!」
しかし、途端に石版が青白く光り出した。ティナの叫びで気がついたスレインは、慌てて石版を制御しようとする。
だが一度暴走してしまった石版は止まらない。そのまま大きな青白い光の渦を排出してしまう。
光の渦から歪な手が出てくる。それは人のようで人ではない赤黒い腕。
鬼のように厳つい顔と、伸びるツノ。あまりにも巨大な身体は、まさに屈強と呼べる鋼の筋肉を身にまとっていた。
『オォオオォォォオオオオオォォォォォッッッ』
放たれる雄叫び。それはあまりにも大きく、あまりにも聞き取りづらく、あまりにも歪なものだった。
思いもしないオーガの出現に、ティナはつい身構えてしまう。レオンはあまりの迫力に身体が震え上がってしまった。
「Cランクか。このくらいだと少し骨が折れるな」
「こ、このモンスターと戦うんですか!?」
「いいや。これはこっちの不手際による事故だからな。といっても、戦わなくてもいいとは言えない状況だが」
ティナはスレインに目を向けた。何やら一生懸命に石版を叩いているが、何も変化が起きない。
それどころか、涙目を浮かべてティナへと振り返る。
「壊れた……」
ティナは思わず頭を抱えた。確かに石版自体とても年季が入った代物だ。だがこのタイミングで、この最悪な状態をどうにかできないのは痛すぎる。
「仕方ない。私が介入する!」
ティナは魔法を発動させようとした。
足元に広がる魔法陣。それは赤く輝き、とても幻想的で美しい。
しかし、ティナが魔法を発動させるための〈詩〉を詠もうとした瞬間、石版が光を弾けさせた。
「なっ」
それは思いもしないことだった。強制的にティナの魔法が発動停止したのだ。
ティナは奥歯を噛み締め、もう一度魔法を発動させようとする。だが、また同じことが起きて魔法が強制的に発動停止するのだった。
「くそ!」
思わず顔を険しくさせる。
だが、ティナが苦戦している間にもオーガはレオンへと襲いかかった。
拳を固く握り、レオンへと振り落とす。レオンは思わず逃げ出すと、途端に大きな音が響いた。
目を向けると、そこには大きな穴が空いている。
まるで抉り取られたかのような穴に、レオンは唾を飲み込んだ。
もし直撃を受ければ。
その時の死は、想像したくもない悲惨なものとなっているだろう。
「スレイン、早く止めろ!」
「やってるよ! でも、何も受け付けないんだよ!」
ティナもスレインも手出しができない。
生き延びるには、目の前にいるオーガを倒すしかなかった。
レオンは手元にあった本を開く。だがそれは〈武器の書〉ではない。
祈るように次の本を開く。今度は〈魔法書〉だ。
その魔法書のタイトルは〈フォルティ・ウェポン〉とあった。
もはや攻撃できるものなら何でもいい。そう思ってレオンは目を通した。
幻想は魔法。
魔法は幻想。
汝、幻を持って現を制しよ。
擦ればその幻は形となり、姿を現す。
レオンは剣を想像した。
必死に、生き延びたいと願った。
祈るように力を求め、その手に剣があると思い込んだ。
途端に身体が熱くなる。その熱は次第に右手へと集まっていく。
「レオン君!」
その熱は、ティナにとってどう感じられただろうか。
少なくとも異常が起きていると思われただろう。
だがそれは違う。
その熱さは、レオンの眠っていた〈強さ〉が目覚めた証だ。
「オォオオォォォオオオオオォォォォォッッッ」
オーガが拳を振り上げる。
レオンを殺そうと、力の限り突き出した。
レオンは思わず本を盾に使った。当然ながらそんなものでは防ぎ切れない。
だからこそレオンは願った。
こんなところで死にたくない、と。
『ねぇ』
その想いは、何かに届いた。
『剣があれば、あれに勝てる?』
幼い少女の声は問いかける。その問いかけにレオンは「うん」と頷いた。
『じゃあ、力を貸してあげる』
声は、クスクスと笑った。
その笑い声が消えると共に、レオンの身体の奥底から力が湧き上がってきた。
盾にしていた本に、光が集まってくる。
その光はオーガの拳を弾き飛ばした。
「何あれっ?」
スレインが思わず叫んだ。
その間にも光はどんどんと大きくなっていく。
「これはまさか、魔法か!?」
風が起き、山になっていた本が舞い踊るように飛び交う。
ティナはそんな中、風に身体が持っていかれないように踏ん張っていた。
レオンを中心に起きた光の風。それはどんどんと大きくなり、一つの形に変化しようとしていた。
「〈幻想は魔法〉〈魔法は幻想〉〈我、幻を持って現を制する〉――フォルティ・ウェポン!」
本へと集まっていた光は、姿を変える。
艶やかに妖しく輝く細い刃。
白く染め上げられた刀身は、まさに幻想的。
だがそれはだんだんを赤く色づいていく。
まるで恋を知った少女が、頬を染め上がるかのように。
「ガァアァアアアァァアアァァァ!!!」
オーガは拳を突き出す。
まるで本能に任せているかのような行動だった。
しかしレオンは逃げない。
勇ましい顔つきで真正面から刀剣を振る。
ボトリッ。
何かが舞った。
血が一面へと広がる中、ティナはそれに目を向ける。
そこには赤黒い歪な腕があった。
「ウガァアァアアアァァァァァッッッ」
オーガは叫んだ。よく見ると右腕がない。
だがそれでも、オーガは突撃した。
自分を傷つけたレオンを殺すために。
ただそれだけのために。
『ふふ、モンスターってバカばっかり』
声は嘲笑っていた。
だが、レオンは気にすることなく刀剣を振った。
生き延びるために、だけどできるだけ相手が苦しまないように。
オーガの胸を、その刃で貫いた。
「――――」
その切っ先には、宝石のような美しい欠片があった。それにどんどんとヒビが入っていき、ついには粉々に弾け飛ぶ。
欠片が消えると共に、オーガは倒れた。ゆっくりと、光の泡となって空間へ溶け込んでいく。
レオンはその姿を、ただ静かに見守っていた。
「レオンくーん!」
オーガが消えた数秒後、スレインが飛び込むようにレオンへと抱きついた。
レオンは思いもしないことに驚きつつも、泣いているスレインに笑いかける。
「ごめんよぉー! まさかこのタイミングで壊れるとは思ってなかったんだよぉー!」
「勘弁してくださいよ。死にかけましたよ?」
「マジでごめんっ。すいませんっした!」
土下座をするスレイン。レオンはそれに戸惑いつつも、笑って許した。
ふと、何気なくティナに目を向ける。するとティナは少し険しい顔をしてレオンを見つめていた。
「レオン君、大丈夫かい?」
「はい、どうにか」
「その剣は、魔法で作ったのか?」
「はい。元々は魔法書だったんですが、なんか発動しました」
ティナはその言葉を聞き、考え込み始めた。
一体何を考えているのか。気になったものの、あまり深く追求しないほうがいいのではないか、と思ってしまった。
ひとまず、話題を切り替えることにする。
「あの、スレインさん」
「何?」
「一応オーガを倒したんですけど、この場合はどうなるんですか?」
「うん? えーっと」
スレインは考える。事故とはいえ、レオンは自力でCランクモンスターを倒した。つまり実力的にはCランクの冒険者でもいいということだ。
だが、いろいろと悩ましい。本来ならばある程度経験を積んでから挑んでもらいたかったところでもある。
「いいんじゃないか、スレイン」
悩んでいるスレインに、ティナが助け舟を出した。
それは自分の率直に感じたことを交えた意見だ。
「レオン君はオーガに勝った。それは紛れもない事実だ。それに、魔法が使えた。実力は十分だと言える」
「でもぉー」
「経験は確かにない。だが、それはこれから積めばいいだけの話だ」
スレインはティナの意見を聞き、どこか諦めたように息を吐いた。
だがすぐに決意を固める。
立ち上がると共に、スレインはレオンに宣言した。
「ま、そこまで言うならいいかな。レオン君、これから君には〈Cランク冒険者〉として活動してもらうよ。かなり大変だと思うけど、頑張ってね」
それは、嬉しいことだった。
だからこそレオンは、その嬉しさを噛み締めて返事をした。
「はい!」
こうしてレオンは、晴れて冒険者になったのだった。
◆◇◆冒険者ライセンス◆◇◆
○レオン・ブレイスフォード
○Cランク〈十段階評価〉
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大変励みとなっております。
これからも精一杯頑張っていきます。
ありがとうございます!