第28話 冒険は始まったばかり〈また一緒に〉
『ガァッ!』
緋王〈桜花〉は、いやレオンとティナは、漆黒に染まった胸を貫いた。
砕けていく鎧。それがバラバラと飛び散っていく中、黒き少女は姿を現した。
『おのれ、よくも――』
黒き少女は緋色に染まったタクティクスをへし折ろうと掴む。だが、触れた途端にその手から煙が上がった。
目を見開き、歯が食い縛れられる。だが、そうしている間にも手は光へと変わり、だんだんと消えていった。
『く、ふふふっ』
抵抗する余地もない。しかしそれでも、黒き少女は諦めなかった。
『勝った気でいるな。私は〈オマエ〉がいる限り死なない。例え〈オマエ〉に食われたとしても、死ぬことはない。
いつか必ず、オマエを食ってやる! 例えオマエの中で眠ることになっても、必ずな!』
誰に向けて吐き出されている言葉なのか、レオン達にはわからなかった。
だが、それでも黒き少女は刻みつけるように吐き捨てる。
『せいぜい楽しい時間を過ごすんだな! もう一人のワタシよ!』
黒き少女は笑う。
その目から涙を流しながら、笑う。
消えていく身体は、黒い光となって飛び散っていく。
どんどんと四肢はなくなり、残った身体は弾けるようにして少女は消えた。
戦いが終わる。そう感じた瞬間、緋王〈桜花〉は姿を消した。
「…………」
タクティクスを握るレオンは、奇妙な感覚を覚えていた。
確かに黒き少女の胸を貫いた。しかし、その手応えは妙なもので、まるで粘土でも刺したかのような感覚だった。
そして少女が消えた後、ドロドロとしたものが流れ込んできた気がした。これは一体何を意味しているのか、レオンにはわからなかった。
「レオン君、見ろ」
ティナに声をかけられて、レオンは顔を上げる。
上がり始めた太陽。まだ黄金に輝く空の彼方。
広がる緑は、溢れんばかりの光を浴びて影を作る。
どこまでも雄大で、どこまでも大きい光。
目覚めたばかりの鳥達が舞い、朝だと知らせる。
レオンはそんな景色を見て、言葉を失った。
「見たかったものだろ?」
ティナが笑う。レオンはというと、あまりの感動で何をすればいいかわからなかった。
広がる景色はまさに絶景。どこまでもどこまでも広がる朝日は、世界をさらに美しく彩っていた。
苦労の末、必死に駆け抜けた末に、辿り着いた場所。
それは冒険者になって、初めて覚えた感動としてレオンの心に焼き付いた。
「すごい。こんなもの、見られるなんて」
手が震える。
口が震えて、言葉が上手く出せない。
だけど、それでもこの光景は美しい。
美しくて、雄大で、どこまでもすごくて、忘れられない。
「俺、冒険者になってよかった」
ただ夢中になってレオンは告げた。
しかし、ティナはそんなレオンの隣に立つ。
そして、とびきりの笑顔でレオンに微笑んだ。
「これからも一緒に、冒険するんだろ?」
その笑顔は、忘れることができないものだった。
この最高の景色の中で、レオンは最高の笑顔を焼き付ける。
「はいっ」
まだまだ見たことがないものがある。
それは最高ではないかもしれない。むしろ最悪なものの可能性だってある。
それでもレオンは、ティナと一緒に冒険がしたいと思った。




