第27話 ただ君の隣で〈緋色に染まる幻想騎士の王〉
眠っていた光。
それを目覚めさせたケケルとメメルの身体へ飛び込んでいく。
何を意味するのか二人はわかっていなかった。
だが、考えている暇はない。
『我が主達よ。何を望む?』
その声は、美しく澄んだものだった。
どこか優しくもあって、だから不思議と怖さを感じなかった。
「助けたい人達がいる」
ケケルの答えに、メメルは頷く。
すると声は、一つの言葉を発した。
『我が力を呼び起こす〈詩〉を詠め。さすれば願いは叶い給う』
手に入れた力。
与えられたチャンス。
それは助けてくれたレオン達のために、ケケルとメメルは使う。
「〈雄々しき銀〉」
「〈猛々しき金〉」
「〈二つの勇敢を称え叫べ〉」
「〈我が想いもそれに答えよう〉」
「「我が最愛なる友人達へ届け――ヴァルヴ・レイズ」」
祈りは光となって。
光は想いとなって。
空を金色に染め、美しき雄叫びを放った。
◆◇◆◇◆◇◆
暁の時を迎えた空は、黄金に染まっていた。
響き渡る銀の叫びは、雄々しくも美しくダンジョン〈セフィロト〉の全てを駆け抜けていく。
遥か彼方、天高くに位置する頂上にもその音は駆けた。
『これは――』
黒き少女の動きが止まる。
まさかと思い、レオンへ目を向けた。
その身体は、不思議な白い光が満ち溢れている。そしてその光は、死にかけていたティナをも覆っていた。
『あのバカ』
思わずマッドプラントを思い起こした。しかしこうなってしまった以上、もうどうしようもない。
なぜなら、ここの支配権はすでに憎たらしい〈幻想神〉へ移ってしまったからだ。
「ティナさん、いけますか?」
「ああ、大丈夫だ。なぜだかわからないが、力が湧いてくるよ」
光は、レオンとティナを包み込んでいく。
傷だらけだった身体を癒やし、弱々しく燃えていた瞳に力を宿し、空っぽだった体力をも回復させる。
いや、それだけではない。
レオンとティナに、さらなる力を与えていた。
光はどんどんと大きくなり、最も恐れる存在へと変貌していく。
黒き少女は思わず奥歯を噛む。
自分の邪魔をしたライドウを蹴り飛ばし、姿を変えていく二人へ目を向けた。
『少し遊びすぎたわね』
忌々しげに言葉を吐き出す。
その間に生まれる一つの幻想。
妖精の羽を持ち、騎士の身体を持つそれは、敵対者へ白く輝く瞳を向けた。
レオンが持つタクティクスを右手に。
何もない左手には揺らめく剣を携えると、その身体は緋色へと染まる。
黒き少女は知っている。その幻想から生まれし騎士の王の名を。
『緋王〈桜花〉』
忌々しい姿だ。
あの時と変わらないその姿に、思わず眉間にシワが寄ってしまう。
『また私の邪魔をする気か、オマエ!』
黒き少女が吐いた言葉。それは何を意味するだろうか。
緋王〈桜花〉は考えることなく、地を蹴った。
反射的に黒き少女は身構える。だがそれよりも早く、身体が左へと飛んだ。
『うぁっ?』
起きた出来事に、黒き少女は理解できないでいた。
確かに防御はした。
だが、この桜花はそれすらを無視してぶっ飛ばした。
何かの魔法による効果か、と考えてしまう。
しかし黒き少女は気づいた。
この桜花は、以前のものよりも強い。そして自分が、その時よりも弱いんだと。
『役立たずめ!』
媒体にしている身体。元は歳を取ったピエールのものだ。
もはや若くなく、死が違いそれでは十分な力を発揮できない。
黒き少女は思わずピエールを恨んだ。だがどんなに恨んでも、返事はない。
それが少女の心を震わせる。
『舐めた真似を!』
なりふりなど構っていられない。
だから黒き少女は持てる力を振り絞った。
その身体はさらに黒く染まり、幻想的で美しいドレスは鎧へと変わった。
噴き出す闇は何を求めているだろうか。途端にダンジョンは萎え、腐った。
『食ってやる。オマエなんて、食い殺してやる!』
握られる剣。それもまた禍々しく黒い。
もしあんなもので斬られてしまえば、どうなるだろうか。
しかし、桜花は、レオン達は恐れずに飛びかかった。
『グゥゥッ』
押される。圧倒的な力を誇った黒き少女が、どうすることもできずに押されていく。
考えたくもない現象に、黒き少女は叫んでいた。
なぜ、こんな奴に。
なぜ、こんなことに。
何度も何度も、問いかけが襲いかかってくる。
しかしどんなに払っても、それは最悪な答えを求めた。
『ダァァァァァ!!!』
認められない。認めてたまるか。
そんな思いで、黒き少女は桜花を弾き返す。
だが桜花の猛攻は止まらない。弾き飛ばされたにもかかわらず、一つの魔法を発動させた。
「クリムゾン・ランス」
魔法陣が、黒き少女を取り囲むようにいくつも展開されていく。
黒き少女は思いもしない数に驚き、反応が遅れた。
赤く輝く魔法陣。それは桜花が着地すると同時に、牙を向いた。
『クソが!』
黒き少女は全ての力を防御へと回した。
迫る灼熱の刃。その全てをまとった闇で食らいつくしていった。
だが、持てる力を防御に回したということはどういう意味か。
黒き少女はわかっているからこそ、仕掛けた桜花を睨みつけた。
「〈幻想は魔法〉〈魔法は幻想〉」
動きが止まったこの瞬間。
最大威力をぶち込むことができるこの一瞬。
ずっと、桜花は、レオン達は狙っていた。
「〈我、幻を持って現を制する〉」
レオン達はこの冒険を通して学んだ。
どんなに強くても、一人では動けなくなってしまう。
だが二人でなら、どんなに恐ろしい相手でも立ち向かうことができる。
「〈幻想より生まれし神フォルティアよ〉〈絶対なる力を与え給え〉」
全てが偶然だったかもしれない。
だけど、この想いだけは違う。
ティナと一緒に、冒険をしたいという想いは――
「押し通せ――フォルティ・ウェポン!」
その光は、タクティクスに集まっていく。
まとう光は白い刃へと変わり、どこまでも伸びていく。
徐々に、徐々に刃が緋色へと染まる中で、桜花は剣を振り上げた。
『受けて立つわよ。そんなもので、私は死なない!』
黒き少女は叫ぶ。
その手にドス黒い剣を生み出し、力を込めた。
こんな所で、あんな奴に、千載一遇のチャンスを潰される訳にはいかない。
『無駄だよ』
だが、その想いを嘲笑う者がいた。
『今のアンタには、あの桜花に勝てない。どんなことをしてもね』
耳障りな声だった。だから黒き少女は歯軋りをする。
言葉に耳を傾けてはいけない。相手のペースに乗せられる。
だからこそ黒き少女は無視をした。
しかしフォルティアは、それでも敢えて言い放つ。
『ホントバカね。もう一人の私』
振り下ろされる緋色の刃。
ドス黒い刃も全くの同じタイミングで振るわれる。
ぶつかり合う剣は、激しい音を立てた。
だが次第に緋色の光が、禍々しく黒ずんだ闇を飲み込む。
そして、その剣を断ち切った。
『っ――』
何を求め、何を成そうとしていたのか。
それはレオン達にはわからない。
だからこそ駆ける。
自分達が望むこと、成し遂げたいことを果たすために。
その漆黒の鎧に包まれた胸を、緋色に染まった剣で貫いた。




