第1話 愉快なるギルド〈銀翼の旅鴉〉
そこは、神秘的な美しさがあった。神聖なる白、と表現すればいいだろうか。黄金の鐘を持つ教会が、静かに佇んでいた。
白い二つの天使像は、目の前に立っているレオンに微笑みかける。レオンはそれを見て、思わず「わぁー」と目を輝かせていた。
「なんですか、これ!? すっごく綺麗じゃないですか!」
「歴史的な石像だからな。たまに手入れをしているが、今日は一段と輝いているな」
ティナはそう言って石像を見上げた。
優しく微笑む天使は、動くどころか何も反応を示さない。だがティナはとある部分を見て、少しだけ顔をムッとさせる。
「まだ及ばないか」
何気なく胸に手を当てる。それは何を意味しているのか本人しかわからない。
しかし、レオンはそんなティナの姿を見ていなかった。ただひたすらに置かれている石像や彫刻に目を輝かせるだけだ。
「これが、お爺ちゃんが言ってたもの。こんなにも早く見られるなんて最高だ!」
ただの石像に夢中になる。そんな姿を見て、ティナはちょっとだけ困ったような笑顔を浮かべた。
「さて、レオン君。そろそろ中に入るぞ」
「え? でもここはギルドじゃあ――」
「見た目は確かにギルドじゃないな。まあ騙されたと思ってついてきてくれ」
先頭となってティナは教会の中へと入っていく。遅れまいとレオンも背中を追いかけ、教会へと足を踏み入れた。
目に入ってきたのは、温もりを感じさせる木でできた空間だった。天井には簡素なシャンデリアが垂れ下がっており、壁には質素なランタンが飾られている。
一番奥にある十字架に人々が祈りを捧げる中、ティナは空間の隅へと足を運ばせていった。
「レオン君。これから君に一つの注意を言っておく」
そう言ってティナは一つの指輪を取り出した。その指輪にはダイヤが施されているが、少しだけ妙な輝きであった。
「これはギルドに入るための鍵だ。もしこの鍵を失くせば、君はここに立ち入る権利を失う。だから失くさないように大切にしてくれたまえ」
レオンは指輪を受け取る。それを固く握り、力強く頷いた。
ティナはその姿を見て、満足したかのように笑う。そのまま足元に広がっている魔法陣の上に立った。
「では、行こうか」
ティナが手を差し出す。レオンは若干躊躇いを見せたものの、その手をしっかりと握り締めた。
光が集まってくる。二人がその白い光に包まれていくと、ティナは一つの言葉を口にした。
「ようこそ、私達のギルド〈銀翼の旅鴉〉へ」
光が弾け、景色が変わる。
強烈な光が消え、目が慣れてきた時にレオンはその荘厳な光景に身体を震わせた。
広がるのは、一面の本棚。びっしりと詰め込まれた書籍には統一感がなく、背広も色合いもそろっていない。
山となっている書籍に、レオンはついつい口を開けてしまった。
「ったく、スレインの奴め」
ティナが呆れたように後ろ髪を掻く。仕方なく飛び上がり、本の山の頂点へと飛んでいった。
その頂点で埋もれている優男がいる。力尽きたのか、はたまた疲れているのか盛大ないびきをかいて眠っている様子だった。
「コラ、スレイン! 何寝ているんだ!」
ティナは埋もれている優男ことスレインに怒鳴る。だがスレインが起きる気配はない。
ティナはため息を吐きつつ、仕方なく脇に手を回した。そのまま飛び上がり身体を引きずり出すと、思いっきり右頬にビンタする。
「はぶぅっ」
そのまま左の頬も叩き、もう一度逆側も叩く。しかし、スレインは目を覚ます様子はない。仕方なしに往復ビンタを食らわせ、起きるまでやってやった。
「いたっ、ちょっ、起きた! 起きたからやめてっ!」
「本当に目を覚ましたか?」
「覚ましたから! そんなに怖い顔をしないで!」
こうしてどうにかスレインを起こしたティナ。レオンはその過程を見て、できるだけ逆らうことはやめようと思ったのだった。
「うぅ、ひどいよ。顔が真っ赤に腫れているよ」
「起きないから悪い」
「最初の一発で起きたよ! 何度も打って。親父にも打たれたことないのに」
「君に親はいるのかい?」
「もー、ティナはひどい! ひどすぎる! そんな奴とは絶交だ!」
「そうか。じゃあ一人で頑張って生きていくんだな」
「ティナ様がいないと僕ちんダメなんですよぉー。だからお願いしますぅー、じゃんじゃん働いてくださいぃー」
あまりにも奇妙な光景だった。心優しいティナが、楽しげに笑って優男を弄り倒している。
もしかするとこの人はたいしたことがないんじゃないか、と考えてしまった。
「おやん? この子はなんだい?」
「新しいメンバーだ。つまり新規加入の子だよ」
そんな中、優男はレオンに気づいた。ティナの説明を受け、「マジですか!」と叫び声を上げる。
「おおおおおっ。ついに、ついにこの時が来たんだね! 待っていたかいがあったよ!」
「感謝するんだな、スレイン。見つけるのに苦労したぞ」
「ありがとうございます! この御恩、一生忘れません!」
頭を床につくかと思うほど下げるスレイン。もはや人としての威厳なんてものはない。
レオンはその姿に戸惑いを抱き始める。そんなレオンにスレインは振り返り、手を差し出してきた。
「自己紹介が遅れたね。僕の名前はスレイン・ハーネット。ギルド〈銀翼の旅鴉〉でギルドマスターを務めさせてもらっているヒューマノイドさ」
「え? ギルドマスター?」
「そっ。一応一番偉い人かな。といっても、成り行きでそうなっちゃっただけなんだけどね」
不思議そうな顔をするレオン。スレインはそれを気にすることなく笑った。
ひとまず差し出された手を掴む。そのまま握手を交わし、レオンはスレインに挨拶をした。
「なるほど、レオン君か。これからの活躍、期待しているよ」
「あの、スレインさん?」
「なんだい?」
「スレインさんはヒューマノイドなんですよね? でも何というか、言動や感触がとても人間っぽい感じがして」
「ああ、それね。まあ簡単に説明すると、僕は高性能らしい。より人に見えるように作られたって話だ。でも、どうして作られたのかまではわからない」
「はぁ」
「それに、僕が生まれた時代は今で言う神話時代の頃だと聞くよ。でも僕は、その時のことはまったく覚えていないんだ」
「そうなんですか……」
「そんな暗い顔しないでくれよ。僕も期待に添えた答えは言えなかったけど」
スレインはティナに顔を向ける。ティナはスレインの目を見て、静かに頷いた。
「ま、そんな話は置いておいて。これから試験をやるよ!」
スレインはレオンの背中を叩く。まるで気にするな、とでも言っているかのようなものだった。
レオンはその言葉に答えるかのように、「はい」と返事をした。