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第26話 絶望の果てに昇る太陽〈蘇る神聖魔法〉

 燃える。身体が黒く燃え上がっていく。

 それはひどい拷問だ。もう燃えないにも関わらず、熱はまだ籠もっている。


「アルム――」


 それでも死が訪れる瞬間は近い。

 だからだろうか。過去の情景が思い浮かんでくる。

 まだ少年と呼ばれた時代。その頃から血みどろなことを生業としてやってきた。

 命令されれば動き、貶め、殺し、挙句の果てには泣きつかれる。

 そんな顔を見るのがウンザリし始めた時に、〈一番〉の存在を知った。


「オウカ――」


 始めは、興味本位だった。

 だがすぐに、〈一番〉は同じ存在にも関わらず全く違うものだと気づいた。

 そんな最中に出会った少女は、ひどく眩しかった。


「僕は――」


 何が願いだったのだろうか。

 何を望んでいたのだろうか。

 今となっては、断片的にしか思い出せない。

 だが、一つだけハッキリとしていることがある。


「一緒に――」


 なんで、僕を置いていったの?

 血みどろでも、苦しくても、それでもひどく眩しい二人がいたからピエールは笑えた。

 大きな信頼もあった。ケンカしたこともあった。泣かれたことも、怒られたこともあった。

 だから、ピエールは置いていかれたことにずっと悲しみを抱いていた。

 傷つけられたことよりも、置いていかれたことが悲しかったのだ。


『力が欲しい?』


 それは、語りかける。

 幻想神は違う地に落ちた漆黒が、ピエールの顔を覗いていた。

 ただただずっと覗いて、蔑んだ目で見下して笑っていた。


『欲しいでしょう、ピエール?』


 何をどう答えればいいかわからなかった。もしここで答えてしまえば、取り返しがつかない気がする。

 だが、だけど、それでも、このまま終わりたくないという想いが身体を突き動かす。


『ふふ、いい子』


 少女はピエールを抱きしめた。ただ優しく、その頭を撫でた。

 一度だけ微笑んだ後、ピエールの想いを飲み込んだ。


『ホント、あなたって愚かね』


 わかりきっている結末。そのはずなのに、ピエールは答えた。

 この結果に、黒い少女は朗らかに嘲笑う。


『さあ、始めましょうか。この朽ちかけた身体で、楽しく踊ることを』



 燃え上がる漆黒の炎。それに目をやりながら、レオンは膝をついていた。

 少し時間が立つと仰向けになって倒れてしまう。切れ切れになった息は、どんなに深呼吸をしても整いそうにない。

 だが、そんなレオンを覗き込む顔があった。


「よくやった」


 優しく微笑みかけながら、ティナは拳にした右手を突き出した。レオンはそれに嬉しさを感じつつ、同じように拳を突き出してぶつけた。


「どうにかなったな」

「うむ」


 戦いを見守っていたギッシュとライドウは、その姿を見て一安心する。

 これで自分達を襲ってくる不当な輩はいない。目当ての〈世界樹の果実〉も手に入った。ならば、ここに留まる理由はない。


「全員で帰るか」


 日の出まであと一時間ほど。十分に余裕はある。

 このまま全員でベイスの元へ帰れば、全てが解決するはずだ。


『帰る?』


 しかし、それを許さない存在がいた。

 燃え上がる漆黒の炎。月を飲み込むほど立ち上った火柱から、嫌な声が聞こえた。

 レオン、ティナ、ギッシュ、ライドウ。それぞれが息を止めた瞬間、炎は飛び散った。


『帰れると思うの』


 飛び散った漆黒の炎。それはダンジョンを覆う大きな葉に燃え移った。

 ギッシュはそれを見て、つい言葉を失う。ライドウもまた、こめかみから汗を垂れ流していた。


「嘘だろ……」

「ダンジョンが、燃えた……」


 どんな魔法を使っても、ダンジョンは基本壊れることはない。例え壊れたとしても、時間が経てば何事もなかったかのように元通りとなっている。それがダンジョンだ。

 しかし、目の前で飛び散った炎はその仕組みをいとも簡単に壊した。


『あははっ、面白い顔」


 燃える炎の中、それは笑っていた。悪意を持って、ギッシュ達を見下していた。

 ギッシュ達は直感的に知る。目の前にいるこいつは、とんでもなくヤバい。


「ギッシュ! お前は先に行け!」

「ハァッ? 何言って――」

「我がレオン達を助ける! お前は果たすべきことをしろ!」


 ライドウが叫んだ後、炎は二人へと迫った。

 ギッシュは咄嗟にライドウの腕を掴んだ。だが〈メモリーフロム〉を使おうとした寸前に、ライドウはその手を放った。


「くおっ」


 青白い光の軌跡を放って、ギッシュは飛び去っていく。

 ライドウは迫ってきた炎をどうにか躱す。そのはずだが、若干のヤケドを負ってしまった。

 ヒリヒリと痛む中、ライドウは体勢を立て直す。いつもより重みを感じる双剣を手に取る。

 するとそれは、ニィっと嫌な笑顔を浮かべた。


『へぇ、躱すの上手いじゃない』


 漆黒の炎の中から、何かが現れる。

 白いドレスと呼べばいいだろうか。揺れるスカートはどこか幻想的で、美しい。

 対象的に少女は褐色の肌だった。髪は黒く、瞳は琥珀色に輝いている。

 だがその顔は、今まで見たことがない悪意で染まっていた。


「お主、誰だ?」


 明らかにピエールと違う。

 姿も服装も、性別までも違う。

 もはや別人と呼べる少女に、ライドウは思わず訊ねてしまった。


『――――』


 少女が名前を告げた瞬間、ライドウは頭に衝撃が走った。

 まるで聞いてはいけないものを聞いてしまったかのような気分になる。

 船酔いに似た奇妙な気持ち悪さに襲われながらも、ライドウは少女を睨みつけた。


『ふーん、そこそこ強い子なのね』


 少女は半ば感心しつつ、一歩踏み出す。

 途端にライドウの胸が苦しくなった。

 心臓でも鷲掴みにされているような気分だ。

 また一歩、少女は踏み出す。

 するとその締め付けがさらに増した。

 あまりの苦しさに、ライドウは胸を抑えながら膝をついてしまった。


『ま、こんなものか』


 少女はレオンに目を向ける。

 最も意識しなければならない脅威。こいつさえ始末してしまえば、もはや怖いものはない。


「ライドウ、さん……!」


 レオンは立ち上がろうとしていた。

 しかし、ティナがそれを制止する。

 満身創痍のレオンを守るために、恐ろしい敵へ立ち向かおうとしていた。


『あら、死にたいようね』


 少女は楽しげに笑っていた。

 一歩踏み出す。途端にティナの胸に強烈な痛みが走った。

 それでもレオンを守るために、魔法を発動させようとする。


『目障りよ』


 また一歩。少女が力強く地を踏みつけた瞬間、魔法は強制解除された。

 直後に、ティナの口から血が噴き出る。

 思わず膝をついてしまうと、レオンは思わず叫んだ。


「ティナさん!」


 何をされているのかわからない。

 だが、確実にティナは死にかけている。

 逃げてほしいと思った。自分なんか置いて、あいつから逃げてくれと願った。

 だがそれは、ティナにはできない。


「絶対に守るからな」


 レオンは気づく。ここに来て、ヴァンを失った過去が尾を引いていることに。

 どうにかしなければ。

 どうにかしないと、ティナが死ぬ。

 だけど、どんなに心を奮い立たせても身体が動かない。


『うん?』


 少女がまた一歩踏み出そうとした瞬間だった。

 ライドウがその足首を掴む。それを見た少女は、思わず鋭い目で睨んでしまった。


『あら、意外としぶといじゃない。でも残念。これであなたの運命は決まったわ』


 少女は掴まれていない足を上げる。

 ゆっくりとゆっくりと上げ、一度だけレオンを見て笑った。


『死ね』



◆◇◆◇◆◇◆



 日が差し込み始めた暗い空。メメルはそれを見つめていていた。

 一体どのくらい寝ていたのかわからない。そもそも、どのあたりから眠っていたのかもわからなかった。


「メメル……」


 ケケルの声が聞こえた。振り向くとそこには、涙を流しているケケルの姿がある。

 あまりのグズグズな顔に、つい顔を綻ばせてしまった。


「メメルぅぅ」


 珍しいことにケケルは、メメルを抱きしめた。

 メメルは何があったのかわからないまま、その身体を優しく抱きしめる。

 泣いているケケルは、鼻水も垂らしていて汚い。

 だけどどれだけ自分が大切に思われていたのか、それがわかって嬉しかった。


「待て、その身体で行っては――」

「行かせてくれ、旦那! 行かなきゃレオン達が、ライドウが死ぬ!」


 ふと、声が聞こえた。

 目を向けるとそこには言い争っている男が二人いた。

 一体何事かと思い、耳を傾ける。するとこんな言葉が入ってきた。


「行かなきゃいけないんだ! 行かなきゃ、みんな死んじまう!」


 震えている身体。それでもなお、どこかに戻ろうとするギッシュを見て、メメルは不思議に感じた。

 ふと、ケケルが泣くのをやめた。代わりに、大きな覚悟でもしたかのような勇ましい顔になっていた。


「メメル、無理を言ってもいい?」

「う、うん。何?」

「今から神聖魔法を復活させる」

「え?」


 思わずどうして、と聞きそうになった。するとケケルは、質問される前に答えた。


「時間的にちょうどいい。それに、このタイミングで復活させれば、あいつらの助けになる。そう思えるんだ」


 ケケルは、メメルの答えを待つ。

 まるで拒絶されないと自信を持っているようだった。

 メメルは少しだけ考える。でも、大好きなケケルがそう言ったのだから拒む理由はない。


「いいよ、やろう」


 ケケルは笑った。力強く笑った。

 初めて見る笑顔に、メメルも嬉しくなった。

 だが、どんな時でも邪魔は存在する。


『待ってたよ、この時を』


 ケケルとメメルが動き出そうとした瞬間、ボス〈マッドプラント〉が這い出てきた。

 二人は一気に顔を引きつらせる。そんな顔を見て、マッドプラントは楽しげに笑みを浮かべた。


『なははははっ! そうだよ、その顔だよ! その顔が、ずっと見たかった!』


 マッドプラントはずっと機会を伺っていた。

 自分をひどい目に合わせたこいつらが、どんなことをされたら一番嫌か考えていた。

 そして気づいた。僅かに見えた希望が潰えて、絶望に変わった瞬間だということに。

 希望を潰すなら今。絶望に変えるなら今。

 まさに、このタイミングしかない。そう思って、ケケル達へ襲いかかる。


「メメル、戦うぞ!」

「えっ?」

「ここで、このタイミングで引き下がる訳にはいかないんだ!」


 ケケルは魔法を発動させようと意識を高める。

 遅れてメメルも、魔法を発動させようとする。

 しかし、マッドプラントのほうが早い。確実に二人を殺そうとツタを振り上げた。


「面白い話ですね」


 だが、全員が予期していないことが起きた。

 振り上げられたツタが、綺麗に断ち切られたのだ。

 マッドプラントは身体が震えた。まさかと思いつつ、それに目を向ける。


「本当に復活できるのか。この目で見届けてあげましょう」


 揺らめく金色の髪。

 煌めく銀の刃は、少女の美しさを引き立てる。


「ラフィル、アンタ――」

「抑えてあげますよ。それにこれはやらなければならない仕事。だからこそ、果たさせていだだきます」


 マッドプラントは叫んだ。

 このタイミングで、希望が見えたこの瞬間に、ラフィルが復活した。

 それはあまりにも絶望的なことだった。


「行きなさい。そして、成し遂げなさい」


 ラフィルは刃を振るう。

 ケケルとメメルは、その力強い言葉に押されて駆けた。


『行かせるか!』


 マッドプラントは、必死にケケル達を止めようとした。

 だが、その進行をラフィルが止める。


「まずは足」

『ひっ』


 鋭い痛みが走ると、途端に動けなくなる。

 マッドプラントは醜い悲鳴を上げた瞬間、最も恐れていたことが始まった。


「黒い御霊を壊せ!」


 ケケルとメメルは、大きな音を立てて黒い石碑を破壊し始めた。

 マッドプラントは空を仰ぎ見る。闇に包まれていたが、今は太陽が顔を出したのか空は暁に染まっていた。


『やめろぉぉぉぉぉっっっ』


 思わず叫ぶ。それがケケルに一つの確信を抱かせた。


「銀を雄々しく叫ばせろ!」


 メメルが、持っていたハンマーを使って銀の石碑を思いっきり叩く。

 途端に美しい音が響いた。

 黄金に染まる石碑。そこから一つの光が球体となって現れた。


『あぁ』


 それは何を意味しているのか。

 マッドプラントはわかっているからこそ、絶望する。


『あぁ』


 途端に、マッドプラントの身体が光の泡となって溶けていく。

 ラフィルはそれを見て、静かに祈りを捧げた。


『うあぁああぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!』


 マッドプラントは光となって消える。

 同時に、眠っていた一つの魔法が目覚めを告げた。



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