第24話 残酷な真実は試練となって〈巡り合う運命〉
薙ぎ倒された木々。小さな枝葉が散乱する中、ピエールは天を見上げていた。
口からは血と笑みが溢れ出す。苦しそうにしながらも、どこか楽しげにも見えた。
「愛を知らない、だと?」
身体に刻まれた傷に手をかざし、塞いでいく。そして胸に手を添えようとした瞬間、ピエールは息を止めた。
憎く、だけど一番愛していた存在に刻まれた傷。
大切な道具を奪い去り、どこかへ消えた存在が残した証。
そんなものを、消せるはずがない。
「クククッ、何バカなことを言っているのですか。ちゃーんと、知っていますよ」
そう、消せるはずがない。消してはいけないのだ。
自分が死ぬか、相手を殺すか。どちらかを成し遂げるまでは、これは消せない。
ピエールはゆっくりと立ち上がる。回復に体力を使ったためか、足元がふらつく。もし同等以上の傷を負えば、今度こそ死ぬだろうと考えていた。
それでもピエールは行かなければならない。自分が愛した唯一の存在、〈一番〉との決着をつけるために。
『おい、ピエール!』
すぐに追いかけようとしていた瞬間、妙な奴に声をかけられた。ピエールは若干面倒臭そうに唸りながらも、仕方なく振り返る。
するとそこには、奇妙な花が咲いていた。
「なんですか? 今忙しいんですけど」
『そっちにザコが行った! だから任せる!』
「ザコ? 待ってくださいよ。殲滅はあなたに――」
『うるさいうるさーい! 任せるったら任せるんだよ! じゃあな!』
花は吐き捨てるように言葉を残すと、すぐに地へと潜って消えていった。
全く、とついボヤいてしまう。思わずため息を吐き、頭を抑えてしまうとあることに気づいた。
「おや、仮面が――」
先ほどの戦いによってか、いつの間にか仮面がなくなっていた。おそらく最後の強力な攻撃を受けた時に、壊れてしまったのだろうと推測する。
どうするべきか、とピエールは考えた。だがすぐに、一つの結論を導く。
「面白いことになりそうですから、いいですか」
動き出す道化師。
過去との決着をつけるために、ただそれだけのために全てを嘲笑いに向かう。
◆◇◆◇◆◇◆
『またいじめられたのか、レオン?』
懐かしい顔があった。困ったように笑うシワクチャなその顔は、幼い頃の少年の頭を撫でていた。
『だって、お前は魔法が使えないんだろって』
『そんなの気にするな』
『でも――』
『成長すれば、いずれ嫌でも使えるようになるさ。それにな、人には才能より大切なことがある』
優しく、優しく、祖父は幼い少年を撫でて励ました。
そして少年のために説いて聞かせる。
『いいか、レオン。人ってのはな一人じゃ生きていけないんだ。まあいわゆる、仲間ってやつがいる。そいつらがいなきゃ何もできないんだ』
『どうして?』
『お前にもワシにも、できることは限れている。それにそれぞれには得意なことや苦手なことがある。仲間ってのは、そういうのをやってくれたり助けてくれたりするんだ。魔法が使えないお前の代わりに、仲間が魔法を使って何かをしてくれるようなものさ。
だがな、仲間ってもんはそれだけじゃない。一緒にいて楽しいんだ。もちろん辛いことや悲しいこと、時々ケンカしたりもする。だけどそれでも、楽しいんだ』
祖父の顔は、今までに見たことがないほど明るかった。
以前話してくれたお宝の時よりも、ずっと。
『どんなに才能があっても、それを誇示してはダメだ。才能があるなら、それは自分だけじゃなくみんなのためにも使わなきゃいけない。
レオンの才能はレオンのためのものであり、みんなのものでもあるんだ。もちろん、全部をみんなに使えとは言わん。だが少しでもいい、自分の力を貸せば、必然とみんなは協力してくれる。
才能がなくても、人が補ってくれる。一人じゃできないことがあって当たり前なんだ。だから、才能よりも仲間が大切だと、ワシは思うがな』
幼い少年にとって、その言葉の重さがどういう意味を表しているのかわからなかった。
だが、どこか懐かしみながらも悲しそうな顔をする祖父が、とても辛そうに見えたことを覚えている。
だから幼い少年は、祖父を励ますために叫んだ。
『おじいちゃん。僕、おじいちゃんの仲間になるっ』
それは意外な言葉だったのか、祖父は目を大きくしていた。しかしそれでも、少年は叫ぶ。
『おじいちゃんの仲間になって、一緒に〈絶景〉を見に行くの! 前に見たサクラよりも、もっとすごい〈絶景〉を見つけに行くの! だから、僕絶対に〈冒険者〉になる!』
祖父は言葉を失っていた。
だがすぐに笑顔を浮かべ、幼い少年の頭をポンポンと優しく叩いた。
『ハハハッ。そりゃ楽しみだ!』
幼い少年はちょっとだけむくれた。怒ろうかと考えた瞬間、祖父は涙を拭った。
嬉しかったからなのか、それとも違う感情からなのか。
どちらにしても、その姿を見て怒ることをやめた。
◆◇◆◇◆◇◆
「よぉ、起きたか?」
つんざく空気。若干の寒気を感じながらも、レオンは目を覚ました。
心地よい揺れの中で、レオンは顔を前に向ける。するとそこには、ギッシュの姿があった。
すぐに背負われていることに気づく。だが、思うように身体に力が入らず動けなかった。
「休んでな。もうすぐ着くからよ」
レオンは視線を右へ移す。そこにはライドウに背負われ、同じように眠っているティナの姿があった。
あれから一体何があったのか、よく覚えていない。ただティナを守りたいがために、声に無茶なお願いをしたことだけは覚えている。
どうやってあの中を切り抜けたのか。どんなに頭の中を探っても、思い出せなかった。
「見えた。頂上だ!」
ギッシュは駆けた。ライドウも同じように走っていく。
レオンは慌てて顔を前に向けると、一つの出入り口が目に入ってきた。そこを勢いのままに抜けると、一気に夜空が広がった。
目に入ってきたのは、雄々しく茂った葉と一面の夜空。そして月明かりを浴び、宝石のように輝きを放つ大きな赤い果実だった。
「これだ。これが〈世界樹の果実〉だ」
五十年に一度、実るかどうかと呼ばれる希少なアイテム。食べるだけでどんな状態異常も呪いも、一瞬にして回復すると言われるそれが確かにあった。
ギッシュはライドウに顔を向ける。ライドウはわかりきっているのか、ただ静かに頷いていた。
背負っていたレオンとティナをゆっくりと下ろし、二人は〈世界樹の果実〉がある場所へ登っていく。力が出ないレオンは、ただ静かに見守るしかできなかった。
だが同時に、もうすぐ終わるという安心感があった。これで全てが解決すると思っていた。
しかし、それをこの男が許さない。
「おやおや、まさかもうここまで来ていたとは」
それは、姿を現した。
レオンの思い出を踏みにじるようにして、悪意の満ちた笑みを浮かべている。
レオンもまた、その顔に息が止まった。
なぜならその顔は、大好きな祖父の顔と全く同じだったからだ。
「なっ」
何を発すればいいかわからなかった。
あまりの衝撃で、レオンの思考が止まってしまった。
そんなレオンを見て、ピエールは見下して笑う。
「そんなにショックですか? 我が愛しの〈一番〉よ」
悪意は、あまりにも大きい。
だがそれに怯んでいる場合じゃなかった。
力が入らない身体。それでも無理に立ち上がり、タクティクスを握る。
息が切れ切れでも、剣を持ち上げられなくても、ここで食い止めなければならない。
「そんな身体でやり合おうと? 愚かですね。本当、昔から変わらない」
ピエールの顔つきが険しくなる。途端に黒い光が溢れ出した。
放たれる殺意は、あまりにも狂っていた。だがそれでも、レオンは逃げずに睨みつける。
「褒めてあげましょう。愚かで仕方がない〈一番〉よ。本来ならばビジネスをしてもいいのですが、残念なことに私はあなたが嫌いだ」
戦いは避けられない。
このまま激突すれば、負けるのは目に見えている。
だけどどうにかしなければ、みんなが死ぬ。
ならばどうにかするしかない。
だがどうやって、とレオンの頭の中で思考が巡る。
勝機なんてものはない。
逆転の手立てもない。
相棒も疲れ果てて眠っている。
あるのは、やらなければならないという大きな絶望だ。
「さあさあ、始めようではありませんか。大昔から続くこの因縁の、フィナーレを!」
満身創痍のレオン。
狂った笑みを浮かべるピエールは、そんなレオンに襲いかかる。




