第23話 ただ守りたいという想い〈赤黒き幻想の鎧〉
生まれた幻想。そこには優しさなど全くなかった。
黒く包まれる赤は、異様な毒々しさを放っている。
まるで目の前にいるピエールに敵意を剥き出しにしているかのような、そんな雰囲気が空間を包み込んでいた。
「いいですねぇ、いいですねぇ!
これですよ、これ。このヒリヒリとした空気感! まさに、待ち望んでいたものですよ」
放たれる殺気。それはどんな死に方をするのか、簡単に想像ができてしまうほどのもの。
しかしピエールは、その死すらも楽しげに受け入れていた。
「コロス。オマエは、コロス!」
「やってみなさい。できたら褒めて差し上げましょう」
赤黒い戦士は、足に力を溜める。
ピエールも同じタイミングで、黒い魔力を解き放った。
片方はただ殺すためだけに。
片方は楽しみ弄び、殺すために。
持てる力を解き放つ。
「おっ?」
先に攻撃を仕掛けたのは、赤黒い戦士だった。
地を蹴ると同時に、姿が消える。
一瞬だけ見失うと、途端にピエールの身体が後ろへと飛んだ。
「おおおおおっ!?」
いや、違う。ピエールの身体が飛んだ訳ではない。
愚直な突撃によって、後ろへと押し出されているのだ。
一瞬だけ把握が遅れたピエールだが、すぐにその顔は笑顔に変わった。
想像以上のパワーとスピードだ。だが攻撃があまりにも単純。
だからこそ、対応もできる。
「爆ぜなさい」
ピエールは赤黒い戦士の顔に手を添えた。そして距離がないにも関わらず、お構いなしに爆発を起こす。
瞬時、赤黒い戦士は後ろへと転がっていった。
ピエールもまた勢いに押されて、身体が転がっていく。だがすぐに体勢を立て直した。
滑りつつも勢いを殺し、身構える。
しかし、攻撃は飛んでこない。
「ふむっ」
好機、と捉えればいいのだろうか。だがそれにしてはあまりにも不気味だった。
相手は最も厄介な幻想魔法を使う。ならば警戒を怠らないほうがいい。
それでも、次の先手を打つべきだ。
「ま、許可なく使うなと言われますが」
ピエールは一度呼吸を整える。そして黒い光を渦巻かせ、一つの詩を口にした。
「〈清浄なる蒼き炎よ〉〈彷徨う魂を天へ〉〈穢れし身体を地へ〉〈あるべき理ために全てを導け〉」
それはティナが火力を出すために扱う魔法〈レゾナンス・フレア〉と同じものだった。
だが、詠まれる詩はこれで終わらない。
「〈否、我は黒〉〈我は蛇〉〈全てを飲み込み、漆黒に染める者なり〉」
蒼く輝きを放とうとした炎が、一気に黒く染まっていく。
それはあまりにも禍々しく燃えていた。
ピエールは一度だけ目をやり、笑みを浮かべる。視線の先にいる赤黒い戦士に向け、強烈な一撃を放った。
「耐えられるかな?――レゾナンス・フレア」
真っ黒な火球が赤黒い戦士に迫る。
身体に触れた瞬間、小さな音が弾けた。
火球が壊れると共に、大きな火柱が立つ。
それはティナのものとは比べ物にならないほど、大きい。
天高くそびえる柱、と言い表すことができる代物だった。
「ふむ?」
ピエールは奇妙な感覚を抱いていた。
本来ならば、この攻撃に耐えることはできない。例え幻想魔法を使っていたとしても、まともに受ければ死ぬだろう。
では、なぜまともに攻撃を受けた。使用者が未熟だったからか、それとも避ける必要がなかったからか。
どちらにしても、納得ができる答えは出なかった。
それに相手は〈一番〉だ。こんな程度で簡単に死ぬはずがない。
何か企んでいるのか、それともすでに企みが成功しているのか。
『ご明答』
嫌な声が後ろから聞こえた。
咄嗟に振り返る。直後、大きな刃がピエールの左腕を抉った。
「おぉっ?」
一瞬だけ思考が止まる。するとすぐに、懐かしい痛みが走ってきた。
そのまま左腕が斬り飛ばされる。
ピエールは思わずよろめくと、赤黒い戦士はその手で首を跳ねようとした。
「何を焦っているのですか、バァカ」
しかし、ピエールはタダではやられない。
まとっていた黒い光で斬り飛ばされた腕を掴み取り、赤黒い戦士の後頭部へとぶつけた。
一瞬だけ動きが止まる。それを見計らい、ピエールは指を弾いて音を鳴らした。
直後、猛烈な光が弾けると共に強力な爆発が起きる。
『ぐぅっ』
不意打ちを受けたためか、あまりにも強力な一撃だったためか。
あるいはその両方だったためか、赤黒い戦士はよろめいた。
ピエールは生まれた僅かな隙を見て、一気に距離を取る。
すると赤黒い戦士は忌々しげに舌打ちをしていた。
「騙すのはあなたの十八番でしたね。いやはや、一本取られましたよ」
『黙って殺されていればいいものの』
「残念。私を殺していいのは〈一番〉だけ。そして〈一番〉を殺していいのは、私だけなんですよ」
『相変わらず気持ち悪いわね、あなた』
ピエールは右手を斬り飛ばされた左腕にかざす。
そしてゆっくりと元の形に沿って動かすと、腕は生えるかのように復活した。
赤黒い戦士はそれを見て忌々しげに唸る。
「うん、いい調子です」
何度も握り、手を開く。感覚も良好、とピエールは笑っていた。
気持ち悪い。赤黒い戦士が不機嫌に呟くと、ピエールはニヤリを微笑んだ。
「あなたは調子悪そうですね。もしや、余計なものを飲み込んだからでしょうか?」
『うるさいわね。さっさと死ね、クズ』
「おお、怖い怖い。まあ、それは無理な相談というものですよ」
ピエールは挑発的な笑みを浮かべた。
相手の状態がわかった。だからこそ、一つのビジネスができると。
「それにしても、先ほどは見事でしたよ。まさか偽者を用意して、私の注意を逸らすとは。あなたでなければできない芸当ですね、うん。
だから一つご相談です。もしよろしければ我々の元に戻ってきませんか、幻想神フォルティア? そうすれば、あなたの望みが叶えられるかもしれませんよ?」
敢えての問いだった。もし想定外のことが起きれば、それはそれでウマイ話となる。
だが答えなどわかっている。だからこそその答えを待った。
『ふふふ、あはははははっ』
赤黒い戦士は笑う。愚かなことだと気づきつつも、感情に任せて吐き出した。
ピエールが望む答えを。
『お断りよ』
ピエールは笑みを浮かべる。待ちに待った言葉だ。だからこそ遠慮する必要はない。
「それは残念」
従わないのであれば、従わせればいい。
例え心があったとしても、そうすることで力は得られる。
しかしそれでも、目の前にいるこいつはムカつく。
だから徹底的に、立ち上がろうと思えないほど追い込んで、打ちのめす。
「残念ですよ。ええもう、それは大いに残念ですよ、フォルティア!」
狂った笑顔。
嬉々とした言葉。
それがピエールという男を物語っていた。
赤黒い戦士、いやフォルティアも十分理解している。
だからこそこの男は、嫌いだ。
『言っておくわ。どんなに妬んでも、あなたの欲しいものは手に入らない』
だからこそ、ピエールが最も嫌う事実を口にする。
『愛を知らない子よ。あなたがどんなに求めても、私はあなたのものにはならない』
ピエールは叫んだ。
何を意味する言葉なのか知って、叫んだ。
わかりきっていること。だがそれでも、感情を抑えきれない。
手に入らないのならば殺すしかない。
愛してくれないのならば、殺すしかない。
なぜならピエールは、相手と殺し合うことでしか、愛を伝えられない。
「アハハハハハッッッッッ」
伝わらない。
伝えても拒まれる。
それでも伝える。
だけど、相手は答えてくれない。
駆け巡る愛は、ただ虚しい気持ちになるだけ。それでもピエールは、求める。
そしてその祈りを、赤黒い戦士は聞き届けた。
「――d、skwdk」
フォルティアの意思とは別に、身体が勝手に動いた。
まだ把握しきっていないのか、言葉が言葉になっていない。
それでも迫るピエールの攻撃を、防いだ。
『何?』
何が起きているのか。
まさかと思いつつ、フォルティアは自身の中へと目を向けた。
眠っているはずの愚かな少年。その少年に抱きしめられている少女が、僅かながらこの身体に血を巡らせ始めている。
『あり得ない。こんなこと、あっては――』
否定しようとした瞬間、フォルティアは意識が飛びそうになった。
なぜ、と問いかけた。
だがどんなに問いかけても、答えは返ってこない。
「bッtbッ」
フォルティアの意思とは関係なく、赤黒い戦士は動く。
幻想より生まれし剣を振り、ピエールの身体を真正面から突き刺した。
そのまま勢いに任せ、突き出す。
するとピエールは、どうすることもできずにどこかへと消えていった。
『く、そぉっ』
このままでは持っていかれる。
フォルティアは仕方なく魔法を解除した。
途端に赤黒い戦士は消え、その中にいたレオンとティナは静かに倒れる。
助かったのか、そうでないのか。
フォルティアは二人を忌々しげに睨みつけた後、静かに眠りへとついた。




