第22話 神と偽る道化師〈ピエール・ゼノクラウン〉
ギラギラと輝く赤。
本来ならば美しい青い輝きが特徴のミズタマホタル。しかしその毒々しい光によって、その面影は全くなかった。
そんな中を駆けるレオン。隣を飛ぶティナと共に、フロア6の最深部に向かっていた。
しかし、不穏な影がチラつく。レオンとティナは、それをどうしても無視することができなかった。
「レオン君、わかっていると思うが足を止めるな」
「はい」
何かが近づいてきている。それが何なのかわからないからこそ、警戒しなければならない。
足止めが目的か、それともレオン達を殺すのが目的か。
どちらにしても、追いつかれた時点で戦闘は避けられない。
「あれは――」
ふと、レオンの目に人影が入ってきた。
まさかこんな所に冒険者が、と疑問を抱いた瞬間にティナが叫ぶ。
「レオン君、回避だ!」
反射的にレオンは左へと転がった。直後、歪な岩が進路上に出現した。
岩の槍、と呼べばいいだろうか。あまりにも禍々しく歪な刃を見て、レオンは額から汗を垂れ流した。
「一体どこから……」
魔法が発動する前兆なんてものは、全くわからなかった。
まさか遠くから攻撃されたのか、と思考を巡らせる。
「オォオオォォォオオォォォォォッッッッ」
だが、そんな暇はない。
殴り込むように耳に入ってきた叫び声。
咄嗟に顔を向けると、そこには剣を大きく振り被って突撃してくる冒険者がいた。
一瞬だけ頭に花が咲いているのが目に入る。
だが、レオンはすぐにタクティクスを手にとって盾にした。
「グゥッ」
思った以上の衝撃が突き抜けた。
腕が痺れ、行動が遅れる。
襲いかかってきた冒険者はそれを狙い、すぐさまレオンの胸を蹴った。
レオンはよろめきながらも、どうにか体勢を整える。
だが襲撃者は、息をつかせない。
低い体勢で突撃して、レオンへと迫る。
思わず後ろへ下がろうとするが、その瞬間にティナが叫んだ。
「ダメだ、レオン君!」
レオンは気づく。足元にはすでに、歪な魔法陣があることに。
真っ黒な魔法陣はあまりにも不気味で、闇に溶けている。
だからこそ、その存在に気づくのが遅れた。
――ズジャン。
後ろから何かが、レオンの身体を斬り裂いた。
それは岩の刃だったかもしれない。だが、そんなことはティナにとってどうでもいいことだった。
「レオン君ッッッ!」
倒れていくレオン。途端に魔力同調が消え、ティナにかかっていた恩恵も消えてしまう。
だがそれでも、ティナは駆けた。
それを狙って、再び闇に紛れた魔法が発動しようとしていた。
「おっと、それはちょっと待ってください」
だが、一つの声がそれを止めた。途端にティナの背中を狙っていた魔法は消える。
「しっかりしろ、おい!」
ティナはそのことに気づくことなく、レオンの身体を持ち上げた。
レオンは何かを告げようとする。その途端に、口からどす黒い血を吐き出してしまった。
「しゃべるな。わかったから、死ぬな!」
すぐさま治療を始める。だがすぐに無駄だと気づいてしまった。
ティナが持つ技術では、もはや施しようがない傷。ポーションを使ったとしても、死への時間を引き伸ばすしかできないほどだった。
「くそ、なんで――」
それ以上は口にできなかった。
魔法には相性がある。それはまるで、冒険者が相棒と魔力同調を結ぶかのように。
魔法に長ける者からすれば当然の常識であり、否定も拒絶もできないこと。
だが、ティナは治癒魔法を使えない自分を恨んでいた。
刻々と時間は過ぎていく。レオンの命の灯火が、どんどんと弱くなっていた。
考えている時間はない。しかし、打つ手も見つからない。
「お困りのようですね」
そんな時だった。一人の男が声をかけてきたのが。
道化師の仮面を被ったそれは、怪しく口元を歪めている。
「お前……」
ティナはすぐにそれが、敵だと気づいた。
反射的に身構えると、その男はとあることを口にする。
「おっと、変なことを考えないでください。私は一つのビジネスをしに来たのですよ」
「ビジネス、だと?」
「そう。内容はもちろん、死にかけているその少年の命についてですよ」
道化師の仮面を被った男は、パチンと指を鳴らす。直後、ティナの目の前に一つの球体が現れた。
まぶたが開かれるように何がティナを見つめる。それはあまりにも不気味であり、どこか笑っているように見えた。
「あなたがもし、我々の仲間になるなら助けてあげましょう。あなたは珍しい魔力波長を持っていますからね。我々の仲間になっても、活躍できるでしょう。
ですがもし嫌なら、少年には死んでもらいます」
「裏切れ、というのか?」
「ええ、その通り。一応言っておきますが、その少年のことも裏切ってもらいますよ」
条件を飲んで受け入れるか。
敵の言葉を拒絶してレオンを見殺しにするか。
どちらを選んでも、ティナにとって最悪な選択肢であった。
「どうします? ティナ・グラノフさん」
道化師の仮面を被った男は、全てを知っているかのように笑う。
その挑発的な笑みに、ティナはどうすることもできずに奥歯を噛んだ。
何を選ぶべきか。考えなくても決まっている。
だが、ティナが越えてはいけない境界線の先へ行こうとした瞬間、レオンはその手首を掴んだ。
「――メッ、おれ、ティ、ナさん……、いっ……」
何を言いたいのか、わからなかった。
だがレオンが、懸命にティナを引き止めているのがわかった。
選ぶべきもの。それはレオンの命かもしれない。
だがレオンは、そんなものよりも大切なものを伝えた。
「悪いな。その話、断らせてもらう」
こんなところで、カッコ悪い姿を見せることはできない。
レオンが例えそれを望むなら、最後まで屈してはいけないのだ。
しかし、その答えを聞いた瞬間に道化師は笑った。
「それは残念。なら、一緒に死ね」
言葉が放たれると同時に、見守っていた襲撃者達が飛びかかってきた。
ティナは身構える。だが、魔力同調の恩恵を受けられなくなった現状では勝ち目がない。
逃げるにしても、耐えるにしても、今のティナでは不可能だった。
しかしそれでも、ティナは前を見る。
「レオン君、君と冒険ができてよかったよ」
何もかも諦めたような言葉に聞こえた。
倒れている自分のために、ティナは命を捨てようとしている。
そんなの嫌だ、とレオンは叫んだ。
こんな所で、あんな奴にやられるなんて嫌だ、とワガママを言った。
だがどんなに口を動かしても、声が出ない。
どれほど力を込めても、身体が動かない。
ちょっとだけでもいい。ティナを助けられる力が欲しい。
ティナを守れるなら、命をくれたっていい。
だから、だから――
『そんなに力が欲しいの?』
呆れたような声で、それは問いかける。
レオンはその声に対して、素直に答えた。
――欲しい。
『全く、なんでこんなにバカばっかなのかしら』
少女は呆れていた。だがすぐに笑い、レオンの身体を抱きしめる。
『いいよ。力をあげる。だから呼んで、私の〈名前〉を』
挑発的な笑みと共に、少女は求める。
優しさなんてどこにもない冷たい笑顔を見て、レオンは頷いた。
「〈幻想は魔法〉〈魔法は幻想〉〈我、幻を持って現を制する〉」
ただ一人の少女を守るために。
ただ大切な少女の夢を壊さないために。
愚かなる少年は口にはしていけない〈詩〉を詠む。
「〈幻想より生まれし神フォルティアよ〉〈絶対なる力を与え給え〉」
溢れ出す光。
それはラフィルとの戦いで見せた暖かな赤い光ではなかった。
「フォルティ・ウェポン!」
ミズタマホタル達が放つ赤。それよりも遥かに毒々しい輝きが、弾け飛んだ。
その光は飛びかかってきた襲撃者をぶっ飛ばし、ティナを優しく包み込む。
「ふふ、それでいいのですよ」
道化師は楽しげに笑みを浮かべる。
レオンから放たれた禍々しい輝きを見て、どこか勝ち誇っているかのようにも見えた。
「それでこそ〈一番〉だ。さあ、始めようではありませんか! 楽しいダンスを!」
ずっと待っていた。
ずっと待ち続けていた。
見逃されたあの時からずっと、この瞬間を待っていたのだ。
「オォオオォォォオオォォォォォ!!!」
毒々しい赤は、少しずつ形となっていく。
それは人と呼べばいいのか、それとも妖精と呼べばいいのかわからない姿だ。
揺らめく光は、ただ道化師に敵意を向ける。
道化師はその敵意を、楽しげな顔をして受け入れていた。
「一応初対面でしたから、名乗っておきましょう。
私の名前はピエール・ゼノクラウン。〈異端なる審判〉としてではなく、一個人としてあなた方を殺してあげましょう」
ピエールの口元が笑みで歪む。
毒々しい光を放つ戦士は、威嚇するように大きな雄叫びを放った。
●パーティーデータ
レオン・ブレイスフォード〈暴走〉
ティナ・グラノフ〈平常〉




