第21話 狂い咲き誇る花〈支配された犠牲者〉
ふんわりとした青い光を放つ〈ミズタマホタル〉が、漂うように飛んでいた。繁殖期ということもあり、それぞれが美しい光を放ってメスへアピールをする。
しかし、そんな求愛の場を荒らす者達がいた。一匹のミズタマホタルが突然、何かの口の中へと消えてしまう。
途端にミズタマホタルは赤い光を放つ。威嚇、警戒、危険、と仲間を守るために毒々しい光が放たれる中、それは楽しげに笑みを浮かべた。
「ウマイ」
グチャリ、グチャリ、と嫌な音が響く。口の中にいたミズタマホタルは、もうすでに跡形もない。
「もっと喰イタイ!」
しっかりと味わい、それは叫んだ。直後、危機感を感じたミズタマホタルは一気に飛び去っていく。
「逃げるな、ニゲルナ!」
かつて冒険者だった者は叫んでいた。ただ本能に従い、空腹感を満たすためだけに。
あまりにも愚かな姿に、頭に咲き誇った花が満面の笑みを浮かべて揺れていた。
◆◇◆◇◆◇◆
セロト噴水広場。
たくさんのミズタマホタルが漂うように舞う中、鈴と勘違いしてしまいそうな美しい虫の鳴き声が響き渡っていた。
夜が深くなってきたこともあってか、スライムやゴブリンといったモンスター達がおとなしい。中にはすっかり眠っている存在もおり、下手に刺激しなければ襲ってこない雰囲気だ。
そんな中を駆けるレオン達。一度モンスターが視線を向けるが、気にすることなくレオン達は突き抜けていった。
「妙に静かだな」
ギッシュはこの静かさに妙な違和感を覚える。本来ならば、夜行性で凶暴なモンスターが闊歩していてもおかしくない。しかし妙なことに眠っているモンスターがいる。
何気なくモンスターに目を向けてみる。するとその頭には、どこかで見覚えがある真っ赤な花が咲いていた。
「嫌な予感がするである」
「警戒は怠らないほうがいいな」
ライドウとティナがモンスターを横目に流し見ながら進んだ。レオンもしっかりと前方を警戒しながら、目的地まで突き進んでいく。
「それにしても、奇妙だぜ」
「エンカウントしても襲ってこない。まるで入ってこいと言っているように感じる」
「レオン君、そろそろ戦う準備をしたほうがいいかもしれない」
「いえ、たぶん今すぐやらないとダメです」
レオンは足を止めた。視線の先には、ボス〈マッドプラント〉がいる。
ラフィルに斬り落とされた花。しかしそれは全て元通りとなっている。ギッシュとライドウはその姿に、思わず息を止めてしまった。
だが、レオンは鋭い目つきのままタクティクスを握る。
「驚いている暇はありません。相手はボスです」
ダンジョンの頂点に君臨する存在。だからこそ、他のモンスターにはない何かを持っている。
ギッシュとライドウは改めてボスの恐ろしさを感じつつ、武器を手に取った。
「レオン、ティナの嬢ちゃん。言っておくが、真正面からぶつかろうとするな。さっきはお嬢がいたからどうにかできた。だけど今は逆だ。よくて全滅、下手すりゃベイスの旦那達にも手が及ぶ」
「左様。我々はここからショートカットすることが目的だ。断じてあやつを倒すことが目的ではない」
「わかっている。しかしどうする? おそらくあいつも、ショートカットのことを知っているぞ?」
まともに真正面からぶつかれば、確実に全滅する。しかし、陽動するにしても状況がよろしくない。
どうすればいいのか。頭を悩ませる一同に、レオンはあることを口にした。
「あいつの気を引けばいいんですよね?」
「まあな。だが、一人じゃあ確実に殺されるな。ましてや満身創痍な俺達じゃあ、束になっても厳しい」
「なら、みんなで気を引けばどうですか?」
「何を言っている、お主? 全員でやったら意味がない。それにいるということは何か罠を――」
ライドウがレオンの言葉にツッコミを入れていると、割って入るように「そうか」とティナが言葉を放った。
レオンの考える作戦。それはあまりにも無謀であり勝算がないものだ。しかし、まともに言っても勝算がないなら、やる価値はある。
「レオン君、一応言っておくが君の作戦は勝つか負けるかのどちらかだ。それはつまり、全員が生き残るか死ぬかというもの。それを理解しているな?」
「していなきゃ言いませんよ。それに、約束したんです。だから、絶対に勝ちますよ」
ティナは呆れたように息を吐いた。一度だけやれやれと頭を振った後、ギッシュとライドウに振り返る。
「まだ理解していないだろうから、私が説明する。いいな?」
レオンは頷く。
ギッシュとライドウも、緊張した面持ちで頷いた。
伝えられる作戦。それはあまりにも無謀で愚かで、だからこそ意表がつけるものだった。
「おいおい、マジかよ」
「だが、成功すればボスを出し抜くことができる」
「出し抜ければな。現状を考えれば、チャンスは一度きりだ」
「でも、要はショートカットを一人でもすれば俺達の勝ちなんです。だからこそ、これは有効的だと思います」
ハイリスクであり、ハイリターン。迫る時間制限と、レオン達の現状。
全てを鑑みて、ギッシュとライドウは腹を決める。
「しゃーねぇな。人肌脱いでやるよ」
「うむ、お前が一番適任だろう」
「あのな、俺の武器が壊れてんの。だから――」
「わかっている。背中は任せろ」
ライドウは双剣を手に取る。ギッシュはそんなライドウに顔を綻ばせながらも、折れた大剣を掴んだ。
覚悟はできた。
あとは運と、踏み出す勇気だけだ。
「行きましょう。あいつを出し抜いて、先へ」
それぞれが返事をする。
直後、ティナは呼吸を整えた。
作戦はすでに始まっている。だからこそ最初のファーストアタックが重要なのだ。
「〈清浄なる蒼き炎よ〉〈彷徨う魂を天へ〉〈穢れし身体を地へ〉〈あるべき理のために全てを導け〉」
ティナの身体が蒼く輝き始めると同時に、ミズタマホタル達が一斉に赤く染まった。
それに気づいてか、マッドプラントが顔を向ける。直後、ティナは持てる力を使い、最大火力を解き放った。
「レゾナンス・フレア!」
一つの青い輝きが、マッドプラントへ向かっていく。マッドプラントは思わず回避しようとするが、火球は右へと逸れていった。
ボッ、と小さな音が弾ける。
直後、爆発的な噴火が起きたかのように蒼い火柱が立ち上った。
『うぉわぁあぁああぁぁぁぁぁっっ』
熱気、爆風、圧倒的な迫力がマッドプラントに襲いかかる。
思わずたじろいでしまうと、直後に嫌な殺気が身体を突き抜けた。
反射的に視線を向けると、真っ先にレオンの姿が目に入ってきた。
マッドプラントは反応が遅れつつも、レオンに注意を向ける。
だが、その後ろに隠れていたギッシュが一気に懐へと入った。
折れた大剣の刀身。その側面でマッドプラントの頭を思いっきり叩きつける。
遅れてライドウがその面を力一杯に踏むと、マッドプラントは一瞬だけ意識が飛んだ。
「行け、お前ら!」
「我らは後から追いかける!」
みんなで作った僅かなチャンス。レオンとティナはマッドプラントの横を通り抜け、後ろにある噴水へと近づく。
中央に設置されていたクリスタルに触れると、途端に光がレオン達を包み込み、数秒後には弾け消えていった。
『うぅ、クソォ。よくもやったな!』
正気に戻ったマッドプラントは、忌々しげにギッシュ達を睨んだ。
ギッシュ、そしてライドウは勝ち誇った笑みを浮かべる。
やることはやった。だが、まだやらなければならないことがある。
「時間稼ぎするぞ、ライドウ」
「うむ。ほどほどに稼ぎ、追いかけよう」
レオン達を追わせないためにも。
ベイス達の元へ行かせないためにも。
ギッシュとライドウは、マッドプラントに挑む。
だが、そんな無謀な戦いを挑む者達を見て、マッドプラントは嘲笑った。
『バカな奴らだなぁ。そんなことしても、もう無駄なんだよ!』
マッドプラントが雄叫びを上げる。
途端に、おとなしかったモンスター達が騒ぎ始めた。
咲き誇った花が揺れる中、その目は真っ赤に染まる。
ギッシュとライドウは息を呑む。
その二人を取り囲んだ花咲かせたモンスター達は、不気味に笑っていた。
「おいおい、なんだよこりゃあ」
「あまり考えたくはないが、あやつの意思に従っているようだ」
マッドプラントは勝ち誇ったように笑う。
全ては万が一のために貯蔵していた食い溜め。まさかこんなタイミングで使うとは、思ってもいなかった。
だが、それも全て神聖魔法を復活させないため。そのためだけに、ギッシュとライドウに牙を向けさせる。
『クヒヒッ。お前らは、ミンチにして食ってやるよ!』
モンスター達が一斉に飛びかかる。
ギッシュとライドウが、覚悟を決めて剣を振るった。
仲間を守るために。
それだけのためだけに、地を蹴り飛ばす。




