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第19話 底知れない欲望〈希望を掻き消す種〉

 どくん、と何かが蠢いていた。

 光がほとんど差し込まない空間。その中で一定のリズムを刻む大きな蕾がいくつもある。

 時折、とても嫌な呻き声が響いた。それは聞き取りづらいが、「助けて」と叫んでいた。


『ハァ、ハァ、ハァ……』


 巨大な蕾が蠢き、絶望が木霊する空間の中心に、マッドプラントはいた。

 頭に生えていた毒々しい花は全て斬り裂かれたためか、奇妙な姿となっている。しかし当の本人は生き延びられたことに安堵してか、気にする様子はなかった。


『なんだよ、あいつ。なんで神聖魔法が使えるんだよ……』

「お答えしましょうか?」


 ボヤキながら、ボロボロになった身体を労ろうとした瞬間に嫌な声が響いた。反射的に振り返ると、そこにはピエールが立っている。


『お、お前ぇぇ!』

「そう怒らないでくださいな。助けてあげたでしょう?」

『頼んでないし! でも助かったし!』

「後で助太刀料をいただきますね」

『やっぱりぶっ殺す!』


 ギャーギャーと騒ぐマッドプラント。ピエールはそのタフさに感心する。

 普通のボスならば、回復に時間がかかるところだ。しかしマッドプラントは違う。


「さすがの回復力ですね。もう頭に蕾ができていますよ」

『え、そうなの?』


 だが、自分の身体を完全には把握していないようだった。

 どこか奇妙なマッドプラントに妙な面白さを感じつつ、ピエールは今後のことについて話を始めた。


「っで、どうするんですか? このままじゃあここの〈神聖魔法〉が復活しますよ?」

『フッフッフッ。お前はマッドンを何だと思っているんだっ?』

「奇妙な植物モンスターですね」

『ちがーう! 違わないけど、そんなこと言って欲しいんじゃなーい』


 荒ぶるマッドプラント。少々からかい過ぎたかな、と考えつつもピエールは訊ねた。


「手を打ったのですか?」

『そうだよバカ! もうお前なんて知らない!』

「それはよかった。それで、勝算はあるのですかマッドン?」

『うるさいうるさい! 何も教えてやらないもんね!』


 プンスカプンスカと、マッドプラントは怒っていた。若干の面倒臭さを覚えつつも、ピエールは先ほどの戦いを思い出す。

 もし、何か手を打っているならば青髪の冒険者に接触した時だろう。マッドプラントの様子を見る限り、形勢逆転できる一手だ。


「もしや」


 マッドプラントが何をしたのか。それに気づいたピエールの顔が満面の笑みで歪んだ。

 そんな笑顔を見たマッドプラントは、楽しそうに笑った。


『なぁんだ、気づいちゃったのか』


 辿り着いた答えは、当たっているようだった。ならば、冒険者達が取る行動は予測できる。


「面白いことをしますね。いいでしょう、無償で手伝ってあげますよ」

『へぇー、珍しいね。どんな風の吹き回し?』

「単なる酔狂ですよ。まあ、殲滅はあなたにお任せします」


 ピエールの顔は歪んだ笑顔で支配されていた。それはあまりにも素敵なものであり、どこか恐ろしい微笑みだった。


『任せとけ!』


 マッドプラントはただ元気に返事をした。ピエールがこの顔をするのは、いつものこと。だから気にする素振りすら見せなかった。


「では、お任せしますね」


 薄ら笑みを浮かべるピエールと、張り切るマッドプラント。

 二つの大きな闇が、再び動き出す。



◆◇◆◇◆◇◆



 日が暮れ、空が赤く染まり始める。差し込んでいた光も赤く焼け、一日の終わりが告げられていた。


「いやぁ、助かったぜ」

「さすがにこのダメージでは、動くのも辛かった。かたじけない」


 ギッシュとライドウは、治癒魔法をかけてくれたケケルにお礼を言っていた。

 ケケルは満更でもないのか、少し照れながらも「いいっていいって」と笑う。


「次は、っと。メメル、肩の傷を見せて」

「うん」


 ローブをずらし、左肩をはだけさせる。溢れ出す血と、剥き出しになった肉がどれだけ恐ろしいものだったのか物語っていた。

 ケケルの顔が若干曇る。そんな顔を見たメメルは、優しく笑い返した。


「大丈夫だよ」


 優しい言葉が心に突き刺さる。晴れない表情を浮かべながら、ケケルはその傷口に手をかざした。

 暖かな光が溢れる。徐々に塞がっていく様子を見て、ケケルはようやく胸を撫で下ろした。


「今日はこのまま、脱出したほうがいい」


 ケケルがメメルの治療をする最中、離れた場所でティナが一つの提案をしていた。


「もしまたさっきのようなことがあったら、今の私達ではひとたまりもない」

「そうだな。少年もあの二人も疲れているだろう。ラフィルなら今日一日起きることはない」

「でも、万が一にこの場所を占領されたらどうするんですか?」

「ボス以外ならどうにかなる。今は撤退して、休むべきだ」


 それに、とティナは言葉を紡いだ。

 何を口にするのか。何となく予測がつきながら、レオンは耳を傾ける。


「ボスの仲間が気になる。もしここでそいつに襲われれば、それこそどうしようもない」


 マッドプラントを救った存在。レオン達は姿どころか、声すら確認していない。

 もしここでそんな奴に襲われれば、壊滅する可能性がある。


「帰り道、すれ違いざまに攻撃してくる可能性もあるが、だからこそ今ダンジョンを脱出するべきだ。不意打ちだろうと真正面だろうと、それを跳ね返す力は残っていない」


 頷くしかなかった。レオンは悔しそうな顔をしながら、ティナの提案に納得する。


「では、このまま――」

「だ、誰か来てくれ!」


 ベイスが話のまとめに入ろうとした瞬間だった。

 ギッシュの慌てた声が響き渡る。一体何ごとかと思い、全員が一斉に振り返るとギッシュは叫んだ。


「メメルの嬢ちゃんが、ヤバいんだ!」


 ギッシュの言葉を聞き、レオン達はすぐにメメルの元へと向かった。

 一体何がヤバいのか。考えつつ辿り着くと、レオン達は思いもしない姿を目にしてしまう。


「これは――」


 ティナが絶句した。

 左肩から伸びる一つのツタ。そこにはいくつもの蕾があり、ドクドクと蠢いている。

 思わずレオンがツタを掴もうとした瞬間、それは暴れた。


「いたっ」


 右の手のひらが切れる。溢れ出てくる血が、何を意味しているのか教えてくれた。


「メメル、しっかりしろ!」


 ケケルが必死にメメルを呼びかける。しかしその甲斐なく、メメルは反応しない。ただ弱々しく呼吸をするだけだった。

 明らかに異常な光景だ。一体何があり、どうしてこうなったのかレオン達にはわからなかった。


「すまない、少し退いてくれ」


 ベイスはケケルを退かし、メメルの身体を眺めた。

 嫌がるようにツタがベイスに襲いかかる。だがベイスは、そのツタを掴み取り無理矢理黙らせた。

 見つめること数十秒。ベイスは険しい顔をして、口を開く。


「侵食されている」


 その言葉は何を意味しているのか、わからなかった。

 ベイスはツタを離し、ゆっくりとメメルを寝かせる。そして、メメルに何が起きているのか語った。


「奇妙な植物が、この子に寄生したんだ。このままいけば命が危ない」


 ベイスの言葉に、ケケルが息を止めた。

 それを見たギッシュが、助けを求めるように訊ねる。


「ど、どうにかなるんですよね?」

「方法はある。だが――」

「教えてください! このままじゃあこの子は死んじまう!」


 ベイスは躊躇っていた。それを見たティナが、一つの答えを導き出す。


「マッドプラントを倒さないといけないのか?」


 ベイスは押し黙った。しかしティナは続ける。


「タイムリミットはいつまでなんだ?」

「……日が上るまでだ」


 大きな絶望が包み込んだ。

 十分な戦力がない今、マッドプラントを倒す手立てはない。例え万全であったとしても、再びマッドプラントの仲間に邪魔されれば確実にメメルは死ぬ。


「ど、どうしようもないんですか?」

「あるにはある。だが、それも厳しい」

「教えてくれ、ベイス殿!」


 ベイスは迷う。そんなベイスを一同は強く見つめた。

 クエストのことを考えれば、最善を取らなければならない。しかし、ティナはそれを否定した。


「後悔はしたくない。それに可能性があるなら、捨ててはいけない。だから教えろ」


 重たい言葉だった。だからこそベイスは、仕方なく口を開く。


「〈世界樹の果実〉だ。それがあればどうにかなる」


 それは、思いもしない解決方法だった。だがそれでも、レオン達の意思は変わらない。


「日の出までに手に入れて、帰ってくればいいんですね」

「その通りだ。だが、その身体では――」

「大丈夫です。どんなことがあっても、手に入れて戻ります!」


 レオンが動き出す。続くようにティナが隣に立った。

 ギッシュとライドウも追いかけるように動き出す。

 ケケルもまた、一緒に行こうとした。だが、その瞬間にローブの袖を掴まれた。


「いかない、で」


 弱々しい力。ケケルはその手を、振りほどけなかった。

 遠くなっていくレオン達。ケケルはその背中を見つめながら、託すように叫んだ。


「必ず、帰ってこいよ!」


 レオン達は一度足を止める。振り返り、勇ましい笑顔を浮かべて返事した。


「うん!」



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