第17話 襲撃者は突然に〈荒れ狂うボス〉
「一応紹介してやる。こいつが妹のメメルだ」
「こんにちは、ロクでなし共。絶対にケケルは渡さないからねっ」
レオンとティナは、ちょっと困った笑顔を浮かべていた。
ケケルの双子の妹メメルが、あまりにも強烈なのだ。
「ま、まあ、こいつの言動は気にしないでくれ。あ、レオン。私が言ってた絵が上手い奴はこいつなんだけど、平気か?」
「え? ま、まあ、大丈夫だけど」
「何こいつ? もしかして、私の恋敵!? ケケル、もしかして浮気を――」
「とりあえず黙ってろ、お前っ」
レオンは困った。
何に困ったかというと、扱いに困った。
キャラが強烈なのもそうなのだが、普通に接しても頼みを聞いてくれそうにないのが一番困った。
「少年よ、お前の気持ちはわかる」
ベイスがなぜか同調した。隣にいるラフィルが、とても怪訝な顔をしていたが気にしないことにする。
「レオン君、こういう時は相手をよく観察するんだ」
「観察、ですか?」
「ああ。相手が何を好み、どう動くのか。その行動パターンを観察して動けばいい」
ティナのアドバイスを受け、レオンはケケルから離れようとしないメメルに目を向けた。
青い髪に白いローブ、翡翠色の魔法石がはめ込まれたロッドと、何もかもケケルの装備とおそろいである。
違うといえばケケルはツリ目で、メメルはタレ目ということぐらいだ。
「ホント、そっくりだ」
それほどまでにケケルが大好きなのかもしれない。何となくレオンはそう思った。
「ったく、仕事をほったらかして何してんだ?」
「我々のことも考えてもらいたいよ」
ケケルの頬をスリスリとしているメメルを眺めていると、誰かが声をかけてきた。
振り返るとそこにはボウズ頭の男と、グラサンをかけた男がいた。
「あら、あなた達の尻拭いをしていたのですよ? デコボコダメダメコンビ」
ラフィルの顔が綻びる。途端に声をかけてきた二人は顔を曇らせた。
「あのな、お嬢。俺達には限界ってものがあんだ。アンタ方と違って、できる範囲は狭いの」
「左様である。あなた方が息を吸う程度のことでも、我らにとっては全力疾走しなければならないことばかり。特にギッシュは膝が笑っていた」
「んだと!? てめぇはへばって倒れてただろうが!!」
賑やかにケンカをする二人。それにラフィルは、レオン達に見せない笑顔を浮かべていた。
その笑顔はメディアでも見たこともない素敵なものだった。
「何か?」
「いや、アンタもそんな風に笑うんだなって思ってさ」
「いけませんか?」
「全然。そっちのほうがいいよ」
レオンは素直な感想を言って笑い返した。するとラフィルは途端につまらなそうな顔をして視線を逸らす。
その姿にベイスはやれやれと頭を振っていた。
「ところでお嬢。そいつらはなんだ?」
「外部から追加で入った協力者ですよ。あなた達が不甲斐ないからこうなりました」
「なんとっ! ならば腹を切らねば――」
「切るな。俺が困る」
奇妙な二人。レオンはそれに妙な面白さを感じ始めていた。
ラフィルはというと、慣れているのか特に触れることなく流して説明をし始める。
「まあ、そこでラブラブされている彼女たっての希望です。私としては不本意でありますが護衛対象が不満を言いましたからね、仕方ないです。
あーあ、なんでこんなヒヨッコがクエストに加わるのでしょうか? 原因はハッキリしています。あなた方があまりにも不甲斐なかったからです。
なんですか、たかが二十体のスライムとゴブリンを対処できないなんて。私達でほぼ殲滅したようなものですよ? なのにあなた方が倒したのは僅か四体。一体何をしていたのですか、ええ?」
さすがにモンスターが二十体もいたら大変だと思う。
レオンは思わず愉快な二人を庇いそうになった。しかし、理不尽な文句を叩きつけられた二人の反応は違った。
「す、すまねぇっ。俺達はこれでも頑張ったんだ。だけど、だけど! ガッツがどうしても足りなかったんだ!」
「面目ない! 我らが二人、仮眠中の急襲によって頭が覚めていなかった。ゆえに何もかもが半端な状態。さらにギッシュのガッツ不足により本来ある実力の半分も出せず撃沈した! やはり我らは腹を――」
「切らなくていいです。ですが、同じような失敗したら次はないと思いなさい」
愉快な二人は「はいっ」と元気よく返事をした。
その返事を聞いたラフィルは、どこか満足そうな顔をする。その顔もメディアでは見たことがない素敵なものだった。
「何これ?」
「まあ、気にするな」
ひとまず、レオンはティナと一緒に愉快な二人組に挨拶をした。
すると先ほどまで高いテンションだった二人は嘘のように冷静な顔つきとなり、丁寧に挨拶を返してくれた。
「レオンか。ああ、そっちの嬢ちゃんは知ってるよ。ギルドでも有名な妖精だからな」
「うむ。なんせお嬢様の義弟殿を籠絡――」
「うおぉぉぉっ! と、とにかく有名なんだよ!」
ティナがとても冷たい顔をする。一度だけラフィルを睨みつけるが、アクビを溢されるだけで相手にされなかった。
「ひ、ひとまず、自己紹介してなかったな! 俺はギッシュ。このバカはライドウだ!」
「うむ、バカが世話をかけている」
「悪い、バカだけどいい奴なんだ!」
「我をバカというなバカ」
「うるせぇ! バカと言うほうがバカなんだよ、バァーカ!」
いがみ合う二人。もはやどちらも同じではないか、と感じ始めてしまう。
レオンは仲良くケンカするギッシュとライドウに苦笑いしつつ、「よろしくお願いします」と挨拶をした。
「そういえば、ここに神聖魔法があるんですよね?」
「ん? ああ、まあな。解析しているんだが、なかなか上手く進んでねぇんだ」
「どうしてですか?」
「うーん。専門の分野じゃねぇからハッキリと言えねぇんだが、どうやら文字がよろしくないらしい」
「どういうことですか?」
レオンは何気なく訊ねる。するとライドウが助け舟を出すように口を開いた。
「少年よ。魔法の威力を高める時、詩を詠む必要があることは知っているだろう? 神聖魔法も同じように詩が存在する。だが、この遺跡にある詩は若干役割が違うらしい」
「まあ、詳しいことは専門家に聞いたほうがいい。ライドウはある程度は理解してるらしいが、俺はチンプンカンプンだ」
レオンはケケルに目を向ける。まだメメルに抱きつかれており、とても困っている顔をしていた。
だが、そんな中でもケケルはとあるものに目を向けていた。視線の先に目をやると、そこには銀色に輝く石碑があった。
「ケケル」
「ん、なんだ?」
「ギッシュから聞いたけど、上手く解析ができてないんだよね?」
「まあな。所々文字が掠れているってのもあるんだけど、それ以前に読めないんだ」
「読めない?」
「そっ。見てみるか?」
そう言ってケケルは一枚のスケッチブックを手渡した。
開くとそこには、本物と見間違えてしまいそうは絵があった。精巧に描かれたそこには、何やら文字が並べられている。
確かに所々掠れており、読もうとしても読めそうにない。だがそれ以前に、描かれている言葉が何を示しているのか全くわからなかった。
「あらゆる資料を元に、推測して記したんだ。だけど、どれもしっくりこない。まるでこの世界にない言葉に思えるんだ」
「この世界にないって、それじゃあ解析しようがないじゃないか」
「ホント、困っちゃうよ。今はギルドマスターが〈自由の平野〉の図書館で本の虫になっているけど、全く知らせがこない。こっちもヒントになるものがないかと探しているんだけど、それらしいものは見つからない」
「お手上げ状態だから、困っちゃうよ。ね、ケケル」
「認めたくはないけど、メメルの言う通りだな」
大きなため息を吐くケケル。
せっかく手に入れた千載一遇のチャンス。だがそれは、思いもしない壁によって阻まれていた。
『あら、懐かしいわね』
何も力になれそうにない。レオンがそう感じていると、少女の声が頭の中に響いた。
声はクスクスと笑いながら、『こんな所に眠っていたのね』と言葉を溢す。
『ま、ついでだから起こしてあげましょうか』
楽しげに、ただ無邪気に。
声はレオンの頭の中で文字を読む。
『〈天が暁を迎えし時〉〈黒き御霊を砕け〉』
それはとても澄んだ声だった。あまりの美しさに、レオンの意識は奪われる。
『〈緋色の銀が佇む最後〉〈眠りし神が目覚め給う〉』
気がつけば目の前に一人の少女がいた。少女はクスクスと笑いながら、レオンの前で舞う。
『〈青き空と共に清らかなる光が溢れ出す〉』
最後にはレオンの顔に迫り、口づけを交わす。あまりにも幻想的な少女に、レオンは思わず見惚れていた。
「レオン君」
ティナの声が響く。途端にレオンは顔を上げると、少女の姿は消えた。
『残念』
クスクスとした声が響く。しかし、それも次第に消えていった。
「大丈夫か?」
「は、はい。えっと、俺は何を――」
「何をって、お前覚えていないのか?」
「え?」
「詩だよ詩。さっき突然、詩を口にしただろ?」
まさか、と思いレオンは先ほど声が読んだ詩のことを思い出す。もし声が語った言葉が間違いのないものであれば、ケケル達にとって大きな進歩だ。
「ケケル、俺が口にした詩がどんなものだったか覚えてる?」
「えっと、確か――
〈天が暁を迎えし時〉〈黒き御霊を砕け〉
〈緋色の銀が佇む最後〉〈眠りし神が目覚め給う〉
〈青き空と共に清らかなる光が溢れ出す〉
だったかな」
詩を口にして、ケケルの顔つきが変わってくる。
その変化を見たレオンは、力強く頷いた。
「まさか、この文字を解析したのか!?」
「ちょっと違うけど、そんな感じみたいかな。詳しい説明は後にするよ」
「ああ、助かる。余計なことを考えないで済む!」
ケケルはメメルに「仕事をするぞ!」と声をかけた。
あまりの豹変ぶりにメメルは目を大きくする。しかし、すぐに元気よく返事をして石碑が建ち並ぶ場所へ駆けていった。
「何かわかったのか?」
「さあ。でも、これから何かがわかるかもしれません」
何かが動き出す。レオンとティナはそれを、静かに見守ることにした。
だが、それを許さない者がいる。
そう、それはこのダンジョンの頂点に君臨するモンスターだ。
「きゃあぁぁ!」
悲鳴が聞こえた。反射的にレオン達は目を向ける。
視線の先にいるもの。それは頭に四つの大きな赤い花を咲かせた奇妙なモンスターだった。
『お前らカぁぁァぁァっっッ!!!』
ギッシュとライドウは震えた。
そこにいるのは、セフィロトのボス〈マッドプラント〉だからだ。
ラフィルとベイスは、すぐに体勢を整える。
だがそれよりも早く、レオンとティナが駆けた。
捕まっているケケルとメメルを助けるために、迷うことなく地を蹴ったのだ。
「あのバカっ」
「無謀だ!」
ギッシュとライドウが慌てたかのように遅れて飛び込む。
しかしそれよりも早くラフィルが走った。
「いい判断ですね!」
突然起きた戦闘。捕まった護衛対象を助けるために、相手がどんな存在であろうと迷うことなく飛び込む。それはあまりにも愚かな選択であり、普通はできない勇敢な選択でもある。
だからこそ、震え上がったギッシュとライドウも動いた。
ラフィルはレオン達の行動に若干の妬みを抱きながらも、その戦いへと参加する。




